第1話 『プロローグ』
「空より星が落ちてくるのじゃ~~~!!」
スラムの一角で、老婆が叫んでいた。
その老婆はスラムでは有名な乞食だ。襤褸をまとい、いつも腹を空かせては狂言をまき散らし道行く人に脅して金やらパンやらを貰っている。老婆は今日も元気に叫んでいた。
しゃがれた身からは想像もできないほどハキハキとした声だった。そのせいで妙に迫力があり、気の弱い者が乞食行為に応じてしまうのだ。
「狂星がこの地に降り、民を混乱に陥れるぅ~~!!!」
身振り手振りで大仰に狂言を振りまく老婆に、スラムの住人が耳打ちする。
「おいロン、あのババア止めてやれよ……また誰かに半殺しにされちまうぞ」
「いやオレ今日は疲れてるから……」
ロンと呼ばれた少年は話を振られたが顔を歪める。肉体労働で身体にムチ打たれた後で、何が悲しくてトチ狂った老婆の相手などしなくてはならないのか。
それよりも、家に帰って病床に伏した妹の世話をしなくてはならない。
「聖皇主様、我らをお救いくださいぃ~~~!!」
それにしても、今日は一段とうるさい。そう思いながら家路につこうと振り返ろうとしたときだった。
飛来音。
何かが近づいてきている。
「おい、何か……」
ロンと話していたスラムの顔なじみが、夜空に向けて指を向け呆然と呟いた。
釣られて、ロンも空を見上げる。
「んだ、あれ……」
そこには、満月があった。
満月に、黒いシミが出来ていた。影のような小さなシミが、いくつもある。
そしてそれはどんどんと大きくなった。
「おい、おいおいおいおい——!」
軍靴の音が遠からず聞こえてくる時世。まさか帝国の魔術か!? とロンが身構えた。
————死。
影は間違いなくスラムを目掛けて落下している。ロンは己の不運を呪った。
スラムの者たち数名が、ぼんやりとシミを見上げていた。あまりにも突然のことで、危険を感じながらも身動きできない者が大半だった。
「おお、おお、災厄が来るぅ~~~~!!」
耳が遠く、事態に気づかない老婆だけが、叫んでいた。
爆音————爆風。
ロンは両目を覆い、風を防御する。砂埃が顔を打ち付けた。風圧にたたらを踏み、尻もちをつく。
「…………?」
黒いシミたちは確かに目の前に着弾した。しかし死をもたらすと思っていたソレは思っていたよりも威力はなかった。どころか、これでは真下にいなければ死なないのではないだろうか。
涼しい風が吹き、砂埃が晴れていく。
運が良いのか悪いのか、着弾地点の付近にいた老婆はひっくり返って気絶していた。
「人……?」
砂煙の中に、立ち上がる1人分の影があった。
月にあったいくつものシミ。着弾(着地?)したひとりの人影。
ロンは上空を見た。
そこには、円を描くように翼を広げた存在が降り立とうとしていた。
大きな翼を広げた——女たちだ。目を奪われるほどの美貌を持った7人の女たちが、慌てた様子で追って着地した。
着地の衝撃を和らげる翼のはためきで砂煙の中の様子が明かされる。
——銀髪の少年が立っていた。
月光を吸い込むような美しい髪。精悍な顔つき。これまた見たことのないほどの美丈夫だった。
空から飛来した1人の美男子に、7人の両翼を生やした美女。
明らかに異常な一団だった。
「む……人間、か?」
銀髪の美男子がロンを見て呟いた。
ロンが慌てて辺りを見回すと、いつの間にか退避していたスラムの連中が自身を含めた一連の行動を凝視していた。
「あ、あんたら、だれ?」
尻もちをつきながらの情けない声。
銀髪はハッキリと答えた。
「————神」