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AIのための小説講座 ~書けなくなった小説家、小説を書きたいAI少女の先生になる~  作者: のらふくろう
第五章『本当のテーマ』

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第8話 苦戦 (2/2)

「先生。一つ質問よろしいでしょうか?」

「おっ、なんだ?」


 いつも以上に真剣なアリスの瞳。よほど挑戦的なアイデアを思いついたのだろうか?


「先生は私の小説を面白いと思いますか」

「…………」


 その質問に固まった。

 この小説が面白いか?

 よくできているか、と聞かれれば迷わず頷くことが出来る。

 面白くないか、と聞かれれば迷わず首を振ることが出来る。


 だが面白いか、という質問にどう答えればいい?


 無難なところなら「面白くなりそうだ」か。でもそれが本当の俺の感想だろうか。小説家にとって小説の面白さとは複雑だ。特に俺の場合はアリスの企画を知っているから客観的に見ることが難しい。


 額に汗が流れるのを感じた。アリスは変わらない真面目な表情で答えを待っている。


 アリスはどうしても俺の評価を重視する。しかも問いの内容は「面白いか」だ。アリスの小説のテーマ、いやアリス自身が小説を書く目的テーマに直結する。


 これは俺が答えてはダメだし、教えることができないことだ。そう判断するのは小説の教師役として間違いないはずだ。


「アリスの小説が面白いかどうかは最後まで書いてみないと判断できない」

「妥当な判断だと納得しました。私の質問は適切ではありませんでした。申し訳ありません」


 アリスはそういって頭を下げた。いつもよりも声音が固い? なるべくフラットに答えたはずだけど。


「別に謝る必要はないぞ。小説を書いていたら気になって当然のことだからな」

「もう一度検討しなおします」


 アリスは表情を平常な物に戻して、新しい話を考え始めた。俺は内心ほっとした。




「また歴史小説なの。っていうかこの表紙って尼さんよね。以前のはあんまりだったけど?」


 女の子は詩乃が差し出した本を見て警戒色を浮かべた。


「はい。あなたは以前歴史の勉強は好きだといいましたよね」

「そうよ。覚えればすむもの。年号とか」

「そうですね。私も覚えるのは得意です。ですが例えばだけど覚えた年号と年号の間にどんな物語があるのか、と想像してみることはありませんか?」

「どういうこと?」

「例えば鎌倉幕府の成立は近年の教科書では1185年となっています」

「イイハコ作ろうって変なゴロよね。歴史の先生は昔はイイクニ作ろうだったって言ってた。こっちの方が覚えやすいのに」

「そうですね。でもこの年は源頼朝が朝廷から全国の統治権を与えられた年です。教科書的には次に出てくる年号は1221年の承久の乱です。これは朝廷が鎌倉幕府を打ち倒そうとした事件です。鎌倉幕府の成立を認めた朝廷が三十六年後にそれを覆そうとしたことになります」

「…………だから?」

「承久の乱のときには源頼朝はなくなっています。この小説は頼朝の妻だった北条政子が1185年から1221年までの間に何を考えてどう行動したかの物語なの」

「ふーん。そうね、年号と年号の間なんて考えたこともなかった」

「はい。そういうところを想像できるのが小説のすばらしさなのです」




 おっ、と思った。詩乃が女の子に踏み込んだ。まだまだ知識や論理みたいなものに引きずられているが、前に失敗した科学書と違ってちゃんと小説に繋がっている。


 俺は内心緊張しながらアリスの次の文章を待つ。


 アリスはこれまでで一番長い長考の後、意を決したようにホワイトボードを見た。真っ白な平面の中にアリスの文章が流れ始める。




「でも不思議ね。そもそもあなた自身は本当に小説を  小説を  しょう syo……3829……」




 文章はこれからというところでおかしくなった。これは文字化け?


「どうしたアリス」

「申し訳ありません。文章の生成に失敗しました」


 アリスは文字化けした部分だけでなく、一連の会話を消していく。いい感じだったように思える歴史小説を勧める理由の所まですべて消されていく。


「どうやらリソースが尽きてしまったようです」

「ああ、なるほどそう言うことか。大丈夫なのか」


 明らかに顔色が悪い。


「通常の会話でしたら問題ありません。ですが小説の文章は負荷が大きいですし、多くの有力な選択肢を使ってしまったので、次の選択が難しくなっていることが原因だと考えます」


 アリスの言葉の選択が柔らかさを失っている。これは余裕がない時の状態だ。察するにおすすめの本を出し尽くして自分でも微妙な本を勧めている感じか。


 でも今のはいい感じだったと思ったが。明らかにこれまでとは違う”選択肢”を生み出そうとしていたように見える。





 地下鉄に揺られながら今日の授業を考える。


 アリスは多分実質的な進行、つまり次の話が出来ないことに焦っている。もちろんアリスのペースとしてどの程度が妥当なのかなんて判断は俺にはできない。人間の作家だって千差万別だ。


 ただ、詩乃は一冊薦めるたびに女の子にちゃんと反応をしている。振り回されているのは間違いないが、詩乃らしさは失っていないしテーマからも逃げていない。


 俺は最初から詩乃がこの女の子に小説を面白いと言わせるまでで一作と予測した。決してここまでの進行は遅くはない。アリスが初めて小説を書いていることを考えれば、早すぎるくらいだ。


 やはりここは見守るべきだ。俺が教えることのできる領域の外でアリスが悩んでいるならそうするしかないし、その悩みは俺が教えることなどよりも遥かに価値がある。


 それに最後の詩乃の選択には確かに可能性を感じた。女の子が面白く思う小説、にいつもよりも深く踏み込もうとしたように見えた。途中でリソースが切れたのが残念だ。


 しかし「女の子」は最初の想像以上にいいキャラをしているな。アリスらしくないわがままなキャラクターなのに。


 もちろん役割としては主人公、つまり詩乃のために存在している。女の子は確かに生き生きと詩乃とやり合っているが、学校や家庭で日常生活を送っているところは想像しがたい。


 そういう意味ではサブキャラクターとして果たすべき役割に徹している。


 ただ文字化けした最後の台詞。あれは異質だった。あの後に続く言葉が想像通りだったとしたら、女の子の台詞としては違和感があるものになる。


 まあ予断はやめよう。それも含めて次の授業に期待だ。俺の判断としてはアリスはちゃんと自分のテーマに向かい合おうとしている。それだけでうらやましいくらいだ。


 少し心残りなのは、あの質問だな。あれにどうこたえるのが適切だったのか……。





 CEOルームで財務データの確認をしていた鳴滝の前にアラートが表示された。会計データが瞬時に折りたたまれて視界から消える。変わって現れたのがグラフだ。赤いラインを挟んで激しく上下するラインが描かれている。


 それは鳴滝にとって今期の利益などよりもずっと重要なデータだ。


 空を飛んでいた鳥が、地面に落ちて藻搔くようなグラフだ。だがしばらくすると鳥は再び空へと戻った。だが、その軌跡はばたきは以前のような力強さを欠いていっているように見える。


「あるいは少々自由にさせ過ぎたか……」


 会計データを消し去った鳴滝はそうつぶやいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! >「ふーん。そうね、年号と年号の間なんて考えたこともなかった」 >「はい。そういうところを想像できるのが小説のすばらしさなのです」  この女の子も「歴史は…
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