表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIのための小説講座 ~書けなくなった小説家、小説を書きたいAI少女の先生になる~  作者: のらふくろう
第三章 舞台の中心

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/96

第7話 課題図書

 WldGnrtの取材から二日後、俺はメタグラフのオフィスに入った。『アリスの読書会』に問題がなかったと九重女史に聞いてからバーチャルルームに向かった。


 途中で仮眠カプセルから出てきた男とすれ違った。自己管理が出来ないとはなっていないな。締め切り前の作家、いや不渡りを出しそうな経営者じゃあるまいし。そう考えてどちらにしても縁起が悪すぎることに気が付いた。




「いくつか参考になりそうなファンタジー小説を選んできた。今日はこれを教材に小説の舞台について読み解いていこうと思う」

「少し驚きました。普通の授業のようです」

「授業というのは本来こういうものだ。小説みたいに劇的なイベントは続かない」


 不思議そうな顔をしたアリスに俺は言った。


 才能ある新人作家(きょうてき)と戦ったり、巨大ゲーム企業に取材せんにゅうしたり、そんな波乱万丈な授業が現実にあるわけがない。なんならAIに小説を教えるだけでもSFのコンセプトとして成り立つだろう。一昔前ならだが。


 とにかくカリキュラムに従い、教えられることを教える。これが俺の仕事だ。


「じゃあ一冊目だが。っと……なんでさっき言わないんだ?」


 目の前にさっきすれ違った男からの呼び出しが表示された。どうやら現実も停滞を許してくれないらしい。そう言えばここは生き馬の目を抜くシリコンバレーの系譜だったな。




「さて、困ったことになりましたね」

「そういうことはもう少し意外そうな顔で言ってくれ」


 CEOルームの鳴滝はいつもの顔になっていた。ちなみにいつもの顔とは、本人は平然としているつもりでも他人からは自信満々で前に進むことしか考えていない、ように見える顔のことを言う。


 鳴滝はそういう意味で満点だ。だが机に詰まれた分厚い紙束が解せない。タブレットを重箱重ねするような無意味な演出の方が違和感ないんだが。


 それはともかくこいつが手を回した後に困ったことにならない方が珍しい気がしてきた。小説の黒幕ならもう少しイベントにパターンを持たせるべきだ。登場人物が素直に驚いてやれなくなってくる。


 もちろんこんなことを考える余裕があるのはアリスに問題がないとわかっているからだ。事件はここではなく、幕張のバーチャルルームで起こったのだ。つまり、鳴滝がシオンのメンテナンスに失敗したということだが。


「ログを見ると起点は明らかです。海野先生とアリスの取材。正確に言えば午後のアリスとのやり取りが原因ですね」

「普通に取材は終わったはずだが」


 俺は反論した。シオンはむしろアリスを心配して切り上げを提案したくらいだし、あの時のアリスのように取り乱すような反応は一切なかった。


「先生の責任というわけではありません。もともとあちらのViCはアルゴリズム・クライシスの兆候が出ていましたから。最後の引き金を引いたのは海野先生の“手腕”だとしても」

「そのアルゴリズム・クライシスっていうのも初耳だぞ。以前アリスがなったアンビバレンツ・エラーと違うのか」

「延長線上にあるというべきでしょうね。仮にあの時のアリスが戻ってこれなければ、ACに進んだでしょう」

「…………つまりあの時のアリスよりも深刻ってことだな」

「そう理解していただいて結構です。『創世の魔法』のリリースが遅れる原因になっていたのがユーザーインターフェイスのエラー。そのブラックボックスを唯一管理できるシオンの離脱は梨園さんにとっては窮地でしょう」


 看板タイトルのリリースの延期、一日当たりどれくらいの損害になるんだろうか。


「あくまで一般論だが。経営者っていうのは危機が起こらないように管理するのが仕事じゃないのか」

「ええ、そういう意味では梨園さんは少々うかつでした」


 鳴滝は重々しく頷いて見せた。名詞の対象が片方しか伝わっていない。日本語に単数形と複数形の明確な区別がないことがあだになった。


 鳴滝は今回の取材でアリスに危険があると心配していなかった。トラブルが起こるとしたらシオンだと知っていたのではと邪推したくなる。


「念のために聞くが、アリスに問題はないんだな」

「アリス自身に問題はありません。パフォーマンスとしては素晴らしい状態です。海野先生の手腕には舌を巻くばかりだ。ただ海野先生とアリスはいかんせん力を見せすぎた、裏道を通るには目立ちすぎだったということです。ViCにとってあれが鬼門なことはよく知っているでしょうに」

「向こうはシオンの方がバージョンが高いし専門領域だからといっていたが」

「裁判ではぜひそう証言してください。冗談です。今回の件の前提として、メンテナンスが上手く行かなかった場合は梨園さんの次のViCの導入など便宜を図ることで補償する契約になっています。ただ、正直に言えば裏道のことはなるべく大きくしたくはないですね」


 鳴滝は皮肉っぽい笑みを浮かべた。


 いつもながら思わせぶりすぎる。ただ残念なことに俺は理解できてしまった。要するにアリスのあの質問はViCの弱点を直撃するたぐいだったということだ。アリスが取材後に言った、これ以上は問題があるという言葉、あれの対象はアリスではなかったのだろう。


「ViC社の技術顧問としてはこれからどうするんだ」

「問題解決のためにWldGnrtに私が出向きます」

「つまり、直接メンテナンスすれば何とかなるということか。あの時のアリスのように」

「私にもわかりません。やれるだけのことをやる必要があると思っています」


 俺には何もできないぞと言外に警戒線を張ったが、鳴滝はあっさりと自分が動くと言った。こちらとしては殊勝な話だが。


「人類征服の企みがばれそうなマッドサイエンティストの行動に見えるから不思議だ」

「小説の書きすぎでは? ちなみに私はやる意味がないことはしません」


 梨園社長を納得させるための形式ではないといいたいらしい。俺の知るこの男のキャラクター設定と矛盾はないが……。


「今の話だと俺が呼ばれた理由がないんだが」

「そうでした。では、これをどうぞ」


 鳴滝は机の紙の束を俺に向かって押し出した。新興テック企業CEOには似合わないと思ったら小説家用だったらしい。ロートル作家にはぴったりだ。だが、俺は手を伸ばすことなく聞く。


「これはなんだ?」

「梨園さんに言って取り寄せた『創世の魔法』最終章シナリオです。私は専門外ですから、専門家に任せようと思いまして。もちろん、追加で報酬はお支払いしますのでご安心を」

「安心できないな。以前メタグラフは働きに見合う報酬を支払うと言ったよな。俺の考えではコレの報酬はゼロになるんだが」

「CEOとして自分の判断に責任は持ちますのでご心配なく」


 鳴滝は平然と言った。この男に小説とゲームシナリオの区別がつかないことには驚かないが、何を考えているのかが全く分からない。大体、ユーザーインターフェイスのエラーにシナリオが関係するだろうか、仮に関係していたとしてもシナリオだけ見て分かるわけがない。


 つまり、この紙束シナリオはどう考えても俺の仕事ではない。


 だが、俺は文句を飲み込んで厚い紙束を手に取った。こいつが俺の仕事に関係する可能性があるからだ。

2023年5月10日:

次の投稿は来週の水曜日(5/17)になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! >才能ある新人作家と戦ったり、巨大ゲーム企業に取材したり、そんな波乱万丈な授業が現実にあるわけがない。 >なんならAIに小説を教えるだけでもSFのコンセプト…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ