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AIのための小説講座 ~書けなくなった小説家、小説を書きたいAI少女の先生になる~  作者: のらふくろう
第二章 人間&AI

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第8話 連載開始

『次、赤井武範。黒山太郎が死亡した時刻に何をしていた』

「俺を疑ってるのか。ふざけんな!!!!!」


 法廷を模したと思われる半円形の空間に怒声が響いた。


 怒りをあらわにしているのは、鋲がついた革ジャンを着た大男だ。九つの被告席の一つで拳を振り上げる赤井に、残り七人のうち四人が身を竦め、ある一人は顔をしかめ、もう一人は肩を竦め、そして最後の一人は小さく首を振った。


 ちなみに赤井の怒りの矛先である、裁判長よろしく中央のモニターの向こうで足を組むシルクハットの男は、帽子のつばで目を隠したまま微動だにしなかった。


『客観的な事実のみを発言せよ。私の目的は犯人を見つけ出すことのみだ。君たちと利害が一致する。もちろん黒山太郎を殺害をした人間とその共犯者を除くが』


 『探偵』尼子飛鳥あまご・あすかは帽子を人差し指でくいと上げると八人の被告を睥睨した。人形ひとがたの駒を見ているような醒めた目に、流石の大男も思わず怯む。「残り六十秒だ」と被告席の左端の紫垣久恒しがきひさつねが冷静な声で告げた。紫垣はさきほど赤井の怒声に肩を竦めた男だ。


『今回の裁判では犯人は保留とする』

「待ってくれ、人が一人死んでるんだぞ。次の開廷までにまた犠牲者が出たら……」


 狼狽えたように言ったのは、赤井の怒りに身を震わせていた四人の中で唯一の男である青田吉雄だ。青ざめた彼は無人の被告席をおびえた目で見ている。最初に集められたときに黒山太郎が座っていた席だ。


『必要な証拠がそろわない限り推理は出来ない。適当に処刑するか? 八分の二、二十五パーセントで殺人者あるいは共犯者を排除できるが』


 説得というよりも脅迫に近い探偵のセリフに青田はただうなだれた。その時、閉廷を告げるブザーが鳴った。各自の背後にあるドアから、被告たちが出ていく。一人が立ち止まりモニターを振り返った。


 白矢勇しろやゆう、先ほど赤井の怒声に首を振った若者だ。


「我々が全滅あるいは総意に達したら君の安全も破れる、それは忘れないでくれ。君がもし本当に僕たちと利害を共にするというのなら」


 白矢がモニターの下を指さしてそういうと、踵を返して法廷をさった。そこには八つの鍵の穴があり。その内の一つが開いていた。犯人が黒山の持っていた鍵で開錠したのだ。



 船に乗り込んだ十人の内、一人が死んで残り九人になった。その内八人が集まっていた法廷の上に、完全に孤立した一つの個室があった。


 個室には三つのモニターが並び、その中心にゲーミングチェアが一つ置かれていた。そこに陣取るのはシルクハットの尼子だ。尼子は足元の冷蔵庫から取り出したゼリー飲料を口に、キーボードに指を走らせていた。


黒山(男) ×:死亡

赤井(男) ―:犯行を躊躇しないだろうが隠蔽する能力はない、犯人なら尻尾を出すので放置する。

桃井(女) ?:黒山の殺害時のアリバイあり

黄田(女) ?:黒山殺害時のアリバイあり*桃井との口裏合わせの可能性を考慮

緑岡(女) △:黒山殺害時にアリバイ無し

茶海(男) △:発言無し、アリバイ無し

青田(男) -:パニックに陥っている。一回目の裁判の招集者。貴重な権利を放棄した愚者。

紫垣(男) ?:タイムキーパー?

白矢(男) 〇:黒山殺害時にアリバイあり。犯人だった場合、そのリーダーシップから要注意。


「黒が落ち、赤と青が可能性としてはほぼ消えた。残り六人中の二人。一回目としては順調」


 競走馬の出走枠のように人名を並べた画面を見て探偵はいった。飲み終えたゼリー飲料をゴミ箱に放り込む。そして冷蔵庫から新しいパックを取り出すと、キャップを回す。


「次に黄か緑あるいは白が死んでくれれば推理は大分整理されるな」



―――『死のフローチャート』 第一話





「先生の予想通りの内容ですね」

「…………そうだな」


 俺の沈黙は、アリスの明るい声によって途切れた。俺は手元のペンを振って、ブラウザをバックさせた。


 バーチャルルームの仮想ホワイトボードがFTX本格ミステリコンペのメインページに戻った。映画のバナーに囲まれた中央に五つのタイトルが並んでいる。最上段の『死のフローチャート』を除く四作が予選通過作品だ。


 三番目には『毒と薬』がある。つまり、俺とアリスの小説は見事予選を突破してWeb連載権を獲得したわけだ。ちなみにここに入る前にすれ違った鳴滝からは「予定通りですね」という言葉を得ている。


 VIAてきのシナリオでは俺とアリスの配役は引き立て役だ。VIAリリーが白日の下にViCアリスを負かすのが最大の宣伝であり、法廷での争いのために必要ということ。本選選出はいわば出来レースというわけだ。


 ある程度は分かっていたことだ。こちらもコンペをアリスの実戦練習に使う魂胆だ。極端なことをいえばコンペが終わったときにアリスが小説を書けるようになっていれば勝敗関係なく目的達成だ。


 とはいえ、さすがにそれが可能だとは思っていないのでスポンサーの意向も無視できない。というわけで、宮本胡狼&リリーの小説『死のフローチャート』第一話を読んだわけだ。


 アリスの感想は「先生の想定通りの内容」。予想を的中させた俺の感想は一言でいって予想以上だ。


 『死のフローチャート』は確かに大枠で想定した内容だった。客船に閉じ込められた十人の中に紛れ込んだ二人の殺人犯を当てるという人狼系フーダニットだ。


 何で船に客だけ十人とか、殺人犯がなぜ紛れ込んだとか、探偵が偶然乗り合わせているのはおかしい的なことをいってはいけない。ちなみに一応は、全自動運転船の試験航海という説明があった。


 現実なら出航前に海上保安庁あるいは警察の捜査を受けるだろうが。この船は本格ミステリという海に浮かんでいる。この海では探偵の能力と事件の大きさは比例し、逆に警察の有能さとリアリティーは探偵の能力と反比例する。


 『死のフローチャート』が俺の予想を超えていたのは二点だ。


 一つは構造的なものだ。通常の人狼系ゲームと違い、探偵役が明確に決められており殺人が行われている閉鎖空間クローズド・サークルの外の個室にいる。つまり一人だけ安全地帯にいる。


 人狼で言う村人が全員殺されてしまったり、狼側に降伏したら探偵のいる安全地帯も破られるという仕掛けはちゃんと備わっているのがそつがない。また、人物の名前は色わけされた苗字と性格を現す名前で区別しやすくしている。


 多人数が絡む閉鎖空間の連続殺人ものという文章媒体で表現するのが困難な内容を、読者に理解させるための工夫が凝らされている。間違いなく胡狼にんげん側の経験を活かしているのだろう。


 もう一つは探偵のキャラクター造形の斬新さだ。連続殺人の場合、探偵が事件を解決しようとしている間にも次々と殺人が起こる。客観的にはそれらは推理のヒントにすぎない。だが建前上探偵は次の犠牲者を出さないように動く。


 だが、この尼子という探偵はそこが突き抜けている。事件解決のために次の殺人が起こることを望んでいるのだ。こちらの方がずっと重要だ。


「アリスはこの小説をどう感じた?」

「判断するには情報が足りないと考えています。ですが先生と私の『毒と薬』とは対照的な性質の作品だと考えられます。登場人物の多寡。一般的な開放空間と特殊な閉鎖空間。一つの事件と複数の事件。先生の予想通りですね」


 主犯の立てた犯罪計画プロットを完全と信じている共犯者しゅやくの瞳。思わず目が泳いだ。


「……文章についてだが、安定しているし読みやすいな。本当に小説を書いたことがないのか?」


 プロと素人の文章の違いは、美しさや技巧のまえに書かれている情報の扱い方でわかる。適切な情報量と句読点のリズム、緩急に乏しくはあるが引っかかるところはない。


「半分以上が一貫したアルゴリズムに基づいた生成と判定できます。おそらくVIAの生成した文章です」


 アリスは文章全体を表示した。それが赤と青の二色に色分けされる。


「青の方、地の文の大半がリリーというAIが作った文章ということか。海外小説の翻訳、いや人工合成音声の発音のようなこなれた文章だな。聞きやすいのに人工合成音声と分かる」

「はい。間違いないはずです」

「一方、台詞は全部赤、胡狼にんげんがつくっているか。なるほど、よく見ると所々で地の文と衝突しているな」


 例えば赤井が怒鳴っているシーンだ。セリフで怒鳴っていることが明白なのに、地の文でもわざわざ説明している。初登場だから、敢て重複させることでキャラクターの印象を強調するのは有効な技術だが、服装も粗暴さを象徴しているから省いた方がすっきりするだろう。


 欠点ともいえないレベルだ。本格ミステリという文脈を考えればそのナレーションのような文章は悪くない。いや、むしろ好適だ。というか、こうやってじっくり読まないと問題が見えないというのは問題ではない。


 少なくとも人間とAIの分業体制が上手く機能している。


 もちろん問題もある。如何に本格ミステリといえどもあまりにゲーム的に見える。もっと言えばアリスの言う通り一話だけで判断はできない。冒頭だけインパクトをもって書けばいいだけならなんとでもできる。奇抜さ、斬新さは飽きられやすくもあるし破綻しやすくもある。


 確かに予想以上だが、同時にお手並み拝見という気持ちがあるのも事実だ。


「先生。私たちの第二話はどうなるのでしょうか」

「そうだな。そちらの方がずっと重要だ」


 アリスの言葉に思考を切り替える。小説コンペで相手に対して出来ることなどない。そしてこのコンペでは結果を決めるのは最後まで読んだ読者の投票だ。


「第一話で山岸はんにんが恋人を殺した手段は“特別な薬物”であると読者に示している。第二話では山岸がそういった特別な薬物を入手できる環境に居て、実際に入手したことを示す。回想シーンだな」

「ということは真理亜は登場しないのですね」

「第三話は真理亜の話だ。大学の研究室で友人の死因について考えている話だな。そしてこの二つのシーンを踏まえて第四話で二人が会う。場所は一話と同じカフェだ」


 俺は二話から四話までの構成をホワイトボードに書いた。


 ポイントは第一話と第四話で真理亜と山岸の関係に微妙な変化がでること。つまり、真理亜が山岸をわずかに疑い始めるという感じで一幕を引きたい。二幕は薬物の探究に焦点を当てて被害者……ええっとそう芽衣子だったな、の死因との関係を掘り下げていく。ミステリの本体はここだ。


「大枠ではこんな感じだ。構成は教科書的な三幕構成だな。アリスは何か意見があるか」

「いえ。明確に理解できました。最後を決めないまま第一話が公開されたことに大きな不確定要素を感じていましたが、先生にはやはりしっかりとした計画があったことを確認できました」

「まあ最初に言った通り小学校、中学校、高校的な節目はわかる」


 普通の小説なら高校中退でもしてくれた方が面白い人生さくひんになるがこれは本格ミステリだから、そこまでの無茶は出来ないし、するべきではない。第一


「こうやって枠をしっかり決めることで肝心の探偵vs犯人をアドリブに任せることが出来るってことだ。というわけでアリスは探偵として好きなように暴れてくれていいぞ。山岸をイジメ倒すんだ」

「前言を撤回します。綱渡りの綱の上でダンスを踊るように要求された気分です」

「いい比喩だな。まさにそれを期待している」


 「いつもの先生でした」と恨めし気な目を向けるアリスに、俺は笑って見せた。


 そう、本当にこれで大丈夫かと悩み続けるのは作家にとっては当たり前だ。中にはそういう気分にならないと書いてる気にならないと豪語する作家すらいる。


 さすがに本格ミステリ屋からは聞いたことがないが。







***************

参考資料

作中作『死のフローチャート』はAmoung Us(InnerSloth)というゲームの実況プレイ動画のコラボ集団である『なのそん』で考案された『探偵アモアス』ルールを参考にしています。詳しくは下の紹介動画と実況動画をどうぞ。


【Among us】探偵アモングアス!茜ちゃんの宇宙日記10【VOICEROID実況プレイ】【なのそん】https://www.nicovideo.jp/watch/sm39332230


探偵アモアス-ずんだもん【Among Us】

https://www.nicovideo.jp/watch/sm39569664

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