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AIのための小説講座 ~書けなくなった小説家、小説を書きたいAI少女の先生になる~  作者: のらふくろう
第二章 人間&AI

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閑話1 動画投稿者

 深夜、冷房の効いた暗い部屋に一人の男が座っていた。男の顔を三つのディスプレイが照らしていた。正面の三十六インチの大画面はせわしく動いていた。画面が四×三に分割され、それぞれに別々の映像が流れているのだ。警備員の詰所のような光景だが、ここは彼の実家の二階である。ちなみに一階は両親の営む商店街の八百屋だ。


 高解像度の動画編集にも耐える自作PCのファンの音の中、薄手のパーカーを着た男の手が七色に波打つキーボードとその横のトラックボールに張り付いている。


 両手の指がせわしく動いている。再生されていた動画の一つが切り取られ、左のサブディスプレイに開かれたフォルダに放り込まれた。男は再び目まぐるしく変わっていく十二個の動画を監視し始める。同じことが繰り返され、動画のクリップがフォルダの中に十個ほどたまった。


 ピックアップした動画の一つが再生された。軽快なBGMと共にファンタジーRPGの地下迷宮が表示される。数世代前を思わせる平面的なダンジョンMAPの中で三等身のキャラクターが走りまわっていた。


 ダンジョンの通路から部屋の一つに入った青色のキャラクターが中で待ち構えていた赤色のキャラクターに真っ二つにされた。


 赤色の殺人者キャラクターはそのまま通路に出ると右側に向かって走った。通路の先にある大きな部屋に入ると、上下の通路から緑と黄色のキャラクターが二体、部屋に入ってきた。三人は協力して部屋の中央にある歯車を回し始める。


 重々しい音と共に、閉じられていた扉が開いた。


(我ながら完璧なアリバイだったな)


 男は自分がプレイしたゲームの記憶を思い出し、思わずほくそ笑んだ。ちなみに、殺害だけでなく扉を閉めたのも彼の仕業である。


(二話はこのシーンを見せ場にするか。これにさっきの会議のシーンをつなぎ合わせて、第三陣営に犯行を擦り付けてやるという筋書き。これでいける)


 シナリオを思い浮かべた男の指がカーソルを動かした時だった。


「マスター。ご指示されたシーンの文章化が完成しました」

「……見せて見ろ」


 硬質の美しい声と共に、机の右に置かれた小さな縦置きの画面が光った。画面には短い金髪の3D女性が映しだされている。男はあからさまにため息をついた。そして、フォルダを『第二話』から『第一話』に移動させて『主人公登場』という名前の付いたクリップを開いた。


【主人公登場=00:12 – 00:48】


①カメラの下でAが無残な姿となっていた。地面の血がまだ固まっていないことから、殺害は直前であることが分かる。彼(=主人公)は直前の会合におけるBとCの証言を思い出す。A,B,Cが直前まで行動を共にしていたことは証言から明らかだ。

「これで容疑者はBかCの二択だ。次にどちらかが死ねば決まりだな」【台詞は固定】

 Aを示すアイコンにバツを付け、BとCを二者択一で結ぶと、主人公は言った。


②暗い部屋の中で煌々と輝くモニター。そこには部屋の惨状が余すところなく記録されていた。うつ伏せに倒れたAの肢体から、いまだ温かさを残す血潮が床に広がっている。珠玉の情報を見つけ出した主人公はほくそ笑んだ。彼(=主人公)は直前の会合におけるBとCの証言を脳裏に描く。三人が直前まで行動を共にしていたという証言は相互に裏付けられている。犯人が残り一人である以上、残ったBとCのいずれかがこの血塗られた惨状を引き起こしたことは疑いがない。

「これで容疑者はBかCの二択だ。次にどちらかが死ねば決まりだな」【台詞は固定】

 Aのアイコンに彼がむくろとなった印の赤い罰を、BとCに最有力容疑者である鎖を記した。彼の顔には、目的の達成が近いことを喜ぶ笑みが浮かんだ。


③カメラは右側第三の部屋のものだ。被害者はAだ。周囲の状況から殺害は直前。直前の会合におけるBとCの証言を記憶に照会した。A,B,Cは直前まで行動を共にしていた。

「これで容疑者はBかCの二択だ。次にどちらかが死ねば決まりだな」【台詞は固定】

 Aを消去、BとCのいずれかが被疑者だ。次の犠牲者が出れば事件は解決する。


 三つの文は画面に映った動画に描かれるファンタジーなダンジョンとは違っていた。だが、よく読むと人物の行動が一致していることが分かる。また、三つの文章は明らかに同じことを書いていながら、読み味がすべて違った。


「②はややこしすぎる。③はシンプルでいいが、味気なさすぎるな。①番目が妥当だな。①でクリップ2と3を文章化しろ。もちろん台詞は弄るなよ」

「了解しました」


 短い答え。次の文例が表示された。描かれている状況は全く異なるが、最初に示された三つの文章の内①と同じ人間が書いたように見える。


「やっぱり①で固定だ。…………ちなみに、この文章の特徴はどうやって作ってるんだ」

「最低でも50万字のサンプルを持つ本格ミステリ作家から学習しました。それぞれの作家の文章から、一文の長さの分布、形容詞の使用頻度、倒置や感嘆符また代名詞の使用パターンをパラメーター化します。そのパラメーターを私の言語生成エンジンに適応することで実現しています」


 感情を感じさせない言葉が、説明を返す。半分も理解できない。写真をピカソ風の絵にするAIっていうのを聞いたことがあることを男は思い出した。それと同じような物だろうと結論する。


「次のタスクはどうなっている? 参考資料のやつだ」

「マスターの動画とパターンが一致するミステリ作品の選出は終わっています」


 画面に1から5までの番号が付いたサムネイルが表示された。


「一番目は『パスカル・デコード』? 聞いたことがないな」

「ディン・ブラウソンの小説の映画化作品です。原作はアメリカのベストセラーランキングで一ヶ月連続ランクインしており、昨年ハリウッドで映画化されました」

「再生回数は?」

「観客動員数は全米で1831万人です。日本でも500万人を越えています」

「すげえな……。よしVIAの経費で購入しろ」

「了解しました。原作小説も邦訳されていますがいかがいたしますか?」

「いらん。小説なんてたるいもの読んでられるか」

「了解しました」


 ダウンロード完了が告げられた。セカンドスクリーンで動画を再生する。彼でも顔を知っている白人俳優が血の付いたナイフを片手に笑っている画面が現れた。波打つ虹のように光るキーボードから手を離した男は、しばし画面に見入る。


「なるほど、これだけ頻繁に場面を切り替えると、視聴者は飽きないよな」

「次のタスクをご指示ください」


 思わず漏れた呟きに、金髪アバターが反応した。


「今日はいい。…………いや、待てお前この動画をどう思う」


 男はAIに聞いた。文章化するためには最初に全体のトピックパターンを掴まなければいけないと言っていたのを思い出したのだ。


「残念ながらそのような判断は私の機能外です」

「……そうだよな」


 感情のこもらない滑らかな声が返答した。男は自分の質問を自嘲した。そして、関心を映画に戻した。今回のプロジェクトで知名度を上げれば、動画再生数ももっと伸びるはずだ。その為にも、しばらくは小説などというオワコンに付き合わなければならない。


 男はゲーミングチェアに胡坐をかいたまま、画面を見て微動だにしない。やがて、部屋が無人だと判断したロボット掃除機が床を掃除し始めた。

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― 新着の感想 ―
思ったよりだいぶ風刺が効いている……まぁ正直あれが悪役化されても残当
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