8話
「置いてって」
「ダメです」
…で。
その後、話は暗殺者に戻り、私は頑として暗殺者を譲らず。
アルディも決して引こうとしない。
おかげでいまや、暗殺者の引っ張り合いに発展していたのである。
私は暗殺者の首を、アルディ(の部下の騎士)は暗殺者の足をつかんでの引っ張り合い。
(もちろん、私がその辺の騎士相手に力負けするなんてことはありえないけどね)
おかげで今や暗殺者の足をひっぱる騎士は5人に増えていた。が、結果は変わらず。
(これじゃあ埒が明かないわねぇ)
仕方ない。
私は隠し持っていた(暗殺者の)ナイフを取り出すと、暗殺者のおなかに当てた。
その光景に周囲がギョッとする。
「じゃあこうしましょう。私は上半身、そちらは下半身をもっていってください。これで解決ですわ」
「ダメです」
アルディから冷静な突っ込みが入った。
「だめ?」
「ダメです」
可愛く言っても駄目だった。
…………
そして長いやり取りの末、ついにアルディが折れました。
「勝ちましたわ」
「……はいはい、負けましたよ」
床に寝かされたままの暗殺者を足蹴に、私はガッツポーズ。
それを見るアルディの表情は呆れやら苦笑いやら複雑そう。
ぞろぞろと騎士たちが出ていき、私はさて…と暗殺者に向き直った。
「…アルディもお帰りでよろしくてよ?」
「リリスがそれをどうするのか興味があってね」
騎士たちと一緒に出ていったと思っていたアルディはまだそこにいた。
しかも、部屋を出る気が無いのかそのままソファーに腰を下ろした。
いや邪魔ですわ。
「邪魔ですわ」
あらいやだ本音が。
私の言葉にメリッサがギョッとしてるも、当のアルディはニコニコしている。
これはてこでも動く気はなさそうね。
もっとも、私はてこより力があるけれど。
「リリスが暗殺者をどうするのか、興味がありますから」
「……う~ん」
正直、出ていってほしい。話がまとまればアルディに報告するつもりではあるけれど、まとまらなければそれまでだし。
「…まぁ、仕方ありませんね。いてくださっても結構です」
「ありがとう」
にこっと微笑まれました。
嫌味で言ったのに。いや、わかっててこの笑顔ね。ほんと黒いったらありゃしないわ。
思いっきりイヤそうな顔をしてあげたら満面の笑みで返された。ああもう無視。
「さて…」
寝転がったままの暗殺者に向き直る。
もちろん足蹴にしたまま。
「交渉よ」
「…俺とか?」
「ええ」
「…何をだ?」
口調に少し警戒が見られる。まぁ当然ね。でもきっとあなたにとっても悪くない交渉よ。
「選択肢は二つ。一つは今この場で私に服従して私の影になるか。もう一つはこの場で首を落とされるか。どっち?」
「尋問は無いのか?」
「私はしない。する意味ないもの。あなたの依頼人なんて、もうどうでもいいわ」
「私は知りたいんだけどなぁ」
アルディは無視。
私はそのまま言葉をつづけた。
「選択肢はこの二つ以外認めない。この二つ以外を提案したら首を落とされることをご所望とみなす。さぁどっち?」
「ヒッ」
隅にいたメリッサが小さく悲鳴を上げていた。
おかしな子ね。虫でも出たのかしら?
「リリス、すっごく怖い顔してるよ」
「あら、そう?」
顔を触ってみる。そんな怖い顔してたかしら?
「私もけっこう笑ってるのが怖いって言われるけど、君もたいがいだよ」
「あらそう。じゃあ私たちお似合いね」
アハハウフフ。
しらじらしい笑いが部屋に木霊する。
そこに暗殺者が割り込んできた。
「…しゃべっていいか」
「ええどうぞ」
さぁて、どきどきの暗殺者の答えは?
「お前に服従する」
「…意外ね。嬉しいけど」
てっきり死を選ぶかと思ったわ。なんか、そういうプライド高そうだし。
「騎士共に尋問される程度なら逃げる自信はあった。だが…お前は無理だ」
「賢明な判断ね。死ぬよりはマシってことかしら?」
「…死ぬ覚悟はある。だが、むざむざ死を選ぶことはしない」
「合格。私も、死にたがりの部下は要らないと思っていたところなの」
「それは助かったな」
ここにきてようやく暗殺者も笑った。
案外、いい男っぽいわね。
私はアルディに向き直った。
「というわけでアルディ。いいわよね?」
「ダメって言ったら?」
私はにっこり。視線をハルバードに向け、ゆっくり歩み寄るとハルバードに手を掛けた。
「城が半壊ってところかしら」
「ごめん分かった」
アルディは両手を上げてまいったのポーズをとった。
私は勝利の笑みを浮かべて、ハルバードから手を離した。
再び目を暗殺者に向ける。
「あなた、名前は?」
「ジュードだ」
「アルディ、ジュードは私の影にするわ」
「…いいよ、とは言いたくないんだけどなぁ」
苦笑を浮かべたアルディは、立ち上がるとジュードに近づいて行った。
近づくにつれその表情はまるでピエロの仮面のような、感情の無い笑みへと変わっていく。
「ジュード。君がリリスの影になることを認める。ただし、次にリリスに危害を加えたら君は殺す」
「分かっている」
「大丈夫よ。その時は私が処分するから」
私がそういうと、アルディは眉尻を下げた困ったような笑みをこちらに向けた。
「そういうことじゃないんだけどね。ま、君らしくていいけど」
その後、ジュードは正式に王家で雇うこととし、契約書を交わしに行った。
雇うとはいっても、ジュードは暗殺者だ。表立って雇ったことを公表はできない。
この件は内密に、ジュードの存在を知るのはごく限られたものだけとなった。
ジュードの給金は、王家で私に充てられている予算の一部で支払うこととなった。
「それで、俺は何をすればいい?」
戻ってきたジュードは開口一番そう尋ねてきた。
ソファーに座って紅茶を楽しんでいた私はゆっくり顔を上げた。
(そうね、頼みたいことはあるけれど、その前に確認したいことがあるわ)
「頼みごとの前に確認よ。次の暗殺者が仕向けられる予想は?」
「…ありうるだろうな」
「でしょうね」
たかが一度失敗した程度で私を殺すことを諦めるような輩がいるはずがない。ジュードが失敗したと分かれば次が放たれるのは当然よね。
「もう一つ。次に来るかもしれない暗殺者とあなた。実力はどっちが上?」
「俺だ」
あら即答。私ちょっとびっくり。
ジュードの表情は真顔のまま、揺らぎが無い。自信があるわけでも傲慢もない、単なる事実として答えた、といった感じだわ。
そういえばと、私は奪ったままのジュードのナイフを放り投げて返した。
危なげなく受け取ったジュードは、そのままホルダーに収めていく。
「次に来るであろう暗殺者が、あなたより弱いという確証は?」
「この国で、俺が最も優れているからだ」
「まぁ」
面白い。暗殺者としてそれほどまでに優れていると自負するなんて、やっぱりいい拾い物だったわ。殺さなくて正解だったわね。
嬉しくなっちゃうじゃない。こんな希少な人材を早々に得られるなんてね。
「ねぇ、もう一度真っ向から勝負してみない?」
その実力、もう一度確かめたいわ。そう思って問う。
「冗談はやめろ。おま…王妃様に敵わないのは分かっている」
「リリスでかまわないな。あなたの存在は秘匿。呼び方を咎める者はいないのだから」
「…わかった、そうさせてもらう」
あっさり断られてしまったわね。まぁジュードとしても雇い主相手に本気で戦えないか。
「で、俺はなにをしたらいい?」
「そうね…」
私の前に跪き、命令を待つジュード。
私はちらりと、この部屋にメリッサがいることも確認したうえでその命令を下す。
「アルディの動向を探って頂戴」
「国王の…だと?」
「ええ、そうよ」
ジュードの瞳に困惑が生まれた。まぁそりゃそうよね。自分の夫の動向を探れなんて命令、意味が分からないわよね。
「ジュードは知ってるでしょう?私がこの国出身ではないことを」
「無論だ」
そうよね、私のことを『黄金の死神の鎌』と呼んだんだもの。知ってるなら話は早いわ。
「シリウス帝国において英雄たる私を、この国に招くとなれば、どう読む?さんざん侵攻を繰り返したこのラディカル国が」
「英雄を殺し、再び攻め込む」
「はい、よくできました~パチパチ」
良くできた生徒を褒めるかのように振る舞う私に、ジュードの瞳が冷たい。
おかしいわね、せっかく褒めてあげたのに。
一方、メリッサはうつむいて表情は見えない。
彼女とて侯爵家の令嬢なら、その程度の考えがないはずがない。だからこそ、最初に『屈服』させたのだけれど。
「だからジュードにはアルディの動向を探ってほしいの。もしシリウス国に攻め込む計画を立てていたら…」
「始末するか?」
「いいえ、私が殺すわ」
息をのむ音が聞こえる。私でも、ジュードでもない。だけど、彼女は何も言えないだろう。
私とジュードの会話はあまりにも場違いすぎるから。
アルディがどんな愛の言葉を囁こうと、ほだされるつもりは毛頭ないの。
私の国はシリウス帝国ただ一つ。その国に危害を加えるというのならば…
ジュードの冷たい瞳に映る私の顔は、自分でも恐ろしいくらいにゆがんだ笑みを浮かべていた。
「私がアルディの首を手土産に、シリウス帝国に帰るのよ」