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6話

 翌日。婚礼の儀まであと2週間。さしてすることもない、王妃『予定』の私は暇を持て余していた。

 そんな暇な私が足を運ぶ場所は限られている。


 剣と剣がぶつかり合う金属音が響く。昨日も来た練兵場。こうやって鍛えていく様って、見てて飽きないのよねぇ。どうせならあの中に混ざりたいけど。さすがにそれを口にするわけにもいかず、こうしてじっと座って眺めているだけにしている。


 背後で靴音が聞こえる。


「楽しいですか?」

「ええ。飽きないわ」


 振り返ればそこにいたのはアルディ。その背後には護衛役の騎士二人に侍従らしき男が一人。

 たまたまここに来たわけではなさそう。さしづめ、私がここにいると聞いて来た感じかしら。


「混ざりたいですか?」

「まさか」


嘘だけど。混ざりたい。

でも、私が行くと色々とまずい事態になるのはわかる。王妃「予定」だし、敵国の英雄だし。


「では私と一戦交えますか?」

「…はい?」



****



「………」

「…おや、まさか緊張しているのですか?」

「…そうではないわ」


まさかの事態に滅多に動揺しない私が動揺している。

刃を潰してあるとはいえ、剣をもって立ち会うのはアルディと私。国王と王妃が練兵場で立ち合うなんて前代未聞じゃない?

ありえないと感じているのは、周囲も同じ。

護衛役の騎士は直前まで考え直すようにとアルディに迫っていたけど、当のアルディがどこ吹く風。しかもその訴えの内容からして……アルディは強くは無い。

鍛えてはあるけれど、それは一般の兵士と同じ程度。ブリア将軍と比べるべくもない。


かたや私は動きやすい服装に着替えてある。

戦えばほぼ100%私が勝つ。

あまりにも見え切った勝負。


(…何が目的かしら)


昨日からそうだけど、あまりにも考えが読めない。真意を明かそうという素振りはかけらも見せない。それでいて、その身を容易く私の射程範囲に収めてくる。いつでも殺せるという間合いに、自ら踏み入る。

昨日だって、出合い頭にその首を跳ね飛ばすことだってできるのに。今だって、刃の潰した剣だろうと金属の塊には違いない。私の膂力なら鉄の棒で首をちぎり飛ばすなんて簡単。


彼…アルディの目的は何?兵士たちや騎士たちの前で私と立ち合うことに何の意味がある?

まさか私に勝つ自信があるとでも?

『黄金の死神の鎌』である私に対するこの国の民の心証は決して良くない。その存在に国王自身が勝利(たとえ模擬戦でも)すれば、心証は多少は変わるかもしれない。


じゃあ負けてあげたほうがいい?それはそれでいろいろとまずい。一番まずいのは、最も脅威とされた私があっさりと倒されることになれば、それはシリウス帝国の脅威度に影響する。和睦したとはいえ、それを鵜呑みにするバカ…もとい、楽観主義者は現皇帝くらいなもの。下手に負けて、『脅威は無い、シリウス帝国を侵略せよ』という機運が高まることは避けたい。


私が勝ったら?それはそれで読めない部分があって分からない。

まずアルディの立場だ。彼は確かに国王だけど、その立場が一枚岩かどうかで変わる。彼と重臣、高位貴族たちとの関係性。国王という立ち場に即位してからの期間も浅い。その地盤が強固といえるのか、それとも揺らぎやすいのか。下手に私がここで彼に土をつければ、彼が軽んじられる原因になりかねない。


(あ、本気で面倒だわ)


断ればよかったと心底後悔してます、はい。

負けても勝っても面倒ごとになる未来しか見えない。

となれば、取るべき道は一つ。


「…はじめ!」


将軍の合図とともに試合が始まった。


「………」

「………」


互いに剣を構え、動かない。

アルディがどんなつもりかは知らないけれど、私がとる方法は一つ。


(引き分け。できれば、アルディが満足した、という形が理想ね)


「こないなら…こちらから行きますよ!」


言うが早いか、アルディが突っ込む。

速い。だけど対応できないほどじゃない。

まっすぐ放たれる突きを、私は余裕をもって…いないようにいなす。紙一重というほどギリギリでもなく、かといって目をつぶっても避けられるぞとという余裕も見せない。剣の腹を使い、切っ先を滑らせるように後ろに流す。

いなされてもアルディは体勢を崩さない。今の動きと言い、全くのド素人じゃない。だけど凄腕というわけでもない。おそらく護身用というレベルだわ。


「せい!」


続けてアルディの剣が振るわれる。今度はそれを真っ向から受け止める。

鈍い金属音が練兵場に響く。

続けてアルディの剣が振るわれる。それを私がことごとく受け止める。


「はっ!」


何度か受けて、アルディの力加減はわかった。それを考慮して今度はこちらから剣戟を放つ。

当然アルディはそれを受け止める。


「おや、これがあなたの本気ですか?」

「………」


ダメよ私、こんな軽い挑発に乗っちゃ。

でもね、模擬戦仕掛けられて、色々と考えてあげて、なんとか穏便に済ませようとしてる私の心を知らないで、そんなことを言っちゃう悪い子にお仕置きは必要だと思わない?


少し、ほんのすこ~し、交差させたままの剣に込める力を強くする。


「っ!」


圧が増した私の剣に、アルディに表情が少しだけ変わる。

目に鋭さが増し、口元にも力が入っている。

さらにちょっとだけ力を加える。


「くっ…!」


じりじりと私の持つ剣の刃がアルディに迫る。なんとか押し返そうとするアルディだけど、肝心の私の剣はピクリともしない。

本気で力を入れているようで、どんどんアルディの顔が変わっていく。その顔を見ていると、なんだかいけない気分が盛り上がってきた。

そこに、昨日の鬱憤も付け加わっていく。


(もういいわ。負かしましょう)


悩んだ時間を振り返るのはやめた。

剣を持つ手に込める力を一気に跳ね上げる。そのまま剣を振り切り、アルディを押し飛ばす。


「ぐっ!」


国王の吹っ飛ぶ姿に兵士に緊張が走った。それを気にせず、私は吹っ飛んだアルディの元へ一足飛びにジャンプ。そのまま剣をアルディへと振り下ろし…


「…まいりました」

「そう」


私の剣がアルディの喉元に突き付けられる。

勝敗は決した。私の勝ち。

喉元から剣を離し、アルディへと手を差し伸べる。


「すみません」

「いいえ」


差し伸べた手を素直にとったアルディ。引き上げ、立ち上がった彼は困ったような笑みを浮かべていた。


「いやぁ、強いですね。完敗です」

「当然よ」


こちらも軽く微笑む。

さて、国王と王妃(予定)の手合わせは兵士たちにはどう映ったのかしら?ちらりと視線を向ければ、案の定警戒半分驚き半分といったところね。

黄金の死神の鎌に対して敵意を向ける者。黄金の死神の鎌という情報が半信半疑だったのが確定した者。

視線をアルディに戻す。彼は先ほどまで浮かべていた困ったような笑みを消し、すこ~し黒い笑みを浮かべていた。


「思い通りの結果は得られたかしら?」

「ええ、上々です。ご協力ありがとうございます」


…ほんと、黒いわ、この男。



アルディは執務室に戻り、私も練兵場から離れ、中庭へと向かった。

先ほどのアルディの手合わせ。…という名のパフォーマンス。

あれで兵士の反応を見て、今後の選別か何かの判断材料にでもするつもりでしょう。

いざというとき、私を理由にして裏切られたらたまらないもの。

そのためとはいえ、自ら剣を手にして私に挑む?

言っては何だけど、彼は弱くは無い。が、強くもない。実力的にはその辺の一兵卒より少し上くらい。

その実力で私に挑めばどうなるか、あの腹黒さがあるならわかるでしょうに。

私が手加減するところを読んでいた?そんな確信でもなければ、手合わせなんてできないでしょうけど。あれじゃあ私が本気で打ち込めば剣なんて簡単に弾き飛ばして、勢いのままに首の骨か背骨をへし折っていたわ。


ほんと、分からない男だわ。

私のこと、好きなんじゃないの?それなのに手合わせしたり、兵士の反応を見るだしに使ったり…都合よくつかわれてる感も否めないわね。


ま、いいわ。


(まだこの国…いや、城に入って1日しか経ってないんだもの)


結論を急ぐ必要はない。

彼の真意を質すのも、いずれできることだわ。

今はこの中庭の雰囲気を楽しみましょう。


綺麗に手入れされた中庭は、季節の花々が咲き乱れ賑やかな様相を見せていた。枝も整えられており、景観へのこだわりも見える。いい庭師がいるようだ。

中ほどに設置された東屋を見つけ、そこに腰を下ろす。


「…そろそろ出てきたらいかが?」


視線は花に向けたまま、私はつぶやく。

練兵場を離れ、一人でのんびりしたいと侍女も部屋に帰した今の私は一人きり。

その時からついてくる気配が一つあった。


「…さすが『黄金の死神の鎌』。俺の気配を容易く察するか」


東屋の柱の陰からゆらりと一人の男が姿を現す。

グレーの髪は肩口まで伸び、は風に揺れている。顔には何筋もの傷跡。髪と同じグレーの瞳。私を見つめる色は酷く濁っていた。

眼光は鋭く、女子供なら泣いて逃げ出しそう。

手には陽光を照らし返すほどに磨きこまれたナイフ。身にまとうのは騎士でも、兵士でも、侍従が着る服でもない、それこそ『それっぽい』雰囲気の服だ。

どうしてそういう人たちって似た服なのかしらね?

黒づくめの暗殺者装束って感じで、バリエーションが無いのは減点対象よ?


「どちら様かしら」


私はゆっくりと立ち上がり、男と対峙する。


「名乗る必要はない」


言葉と同時、一閃。狙いは正確に私の頸動脈。その刃が届けば私の絶命は免れない。

届けば、ね。


「名乗る必要はあるわ。あなたを呼べないじゃない」

「っ!」


目の前の男の顔色が変わる。

必殺の間合いでの一撃は、私の手によって止められた。


「指で、挟んで…だと」


そう、文字通り彼のナイフを私は指で挟んで止めた。

ほんとはナイフに毒を塗られている可能性もあるし、触れないほうが賢明なんだけど。

ただ、男の雰囲気から言って毒を塗っている可能性は低いと思ったのよね。殺しに絶対の自信もってそうだし。


「さて、誰の命かしら?」

「答えると思うか?」


男はナイフを離し、私と距離をとる。

はい、ナイフいただきました。う~ん、なかなか使い込んでそうなナイフだわ。何人殺したのかしら?

くるくると手元で回していると、男の足が後ろに擦る音が聞こえた。


「逃がさないわよ?」

「捕らえられるとでも?」


さっきから会話が成り立ってないのよね。疑問形に疑問で答えるなっての。


まぁ見た通りまんまな暗殺者。

二日目にして、しかもこんな日の高いうちに仕掛けてくるのは予想外だけど、周囲に人がいなければ即チャンス到来って感じかしら?

幸いにして、練兵場での立ち合いの格好のままなのが丁度よかったわ。

さすがに私でも、ドレス姿で暗殺者と追いかけっこは難しいもの。


「あなたに許された選択肢は一つ。私に捕まることよ」

「違うな」


言うや否や、暗殺者は一足飛びに東屋の屋根に飛び乗った。なかなかの身体能力ね。

でも、逃がさないわよ?


「待ちなさ…おっと」

「チッ」


暗殺者に続いて屋根に飛び乗ると、それに合わせて暗殺者の腕が振るわれる。

そりゃあ武器が一本しかないわけないわよね。

けれどそれも空振り。

互いにナイフを片手ににらみ合う。


「さて、どうするのかしら?」

「その余裕な態度が気に入らないな…」

「ごめんなさい、余裕なんだもの」


にっこり微笑めば、苦虫を嚙み潰したような顔をされてしまった。

淑女の微笑みを前に失礼な顔ね。


まぁこのままにらみ合うのは好きじゃないわ。


私は手にしたナイフをその場で宙に放る。

そのナイフに一瞬暗殺者の視線が集まる。

その一瞬で十分。


「しまっ…ぐぅ!」


瞬時に間合いを詰めた私は、そのまま暗殺者のナイフを持った腕の手首をつかみ、締め上げる。

私の膂力をもってすれば人間の骨を握りつぶすことだって簡単。

ただそれをするとほぼ相手を再起不能にしちゃうし、それが目的じゃないからナイフを手から落とす程度に留める。


「せい」

「このぐぉ!?」


さらに反対の手で暗殺者の腹部へ掌打。暗殺者も防御しようとしたけど、無駄よ。

防御した腕ごと腹部へとねじ込む。その勢いで後方に飛びそうになるその体を、手首をつかんだままの腕で引き寄せる。

体が折れ曲がり、顔を突き出して無防備になったあごにまた掌打。


「っ!!」


そのまま掌打した手であごを掴み、一気に頭を後頭部から屋根へとたたきつける。


「がっ!!」


う~ん、ちょっと加減しすぎかしら?

まだ気絶していないみたい。

でも本気でやって頭パーンさせるのも嫌だし。


仕方ないわね。

あごを掴んだままの手を放し、今度は肩を掴む。


「えい」


ゴキリ


「っっっっ!!!」


「こっちも」


ゴキリ


「っっっっ!!!!!」


はい、両肩外しちゃいました。

完全に腕が使えなくなった暗殺者をひっくり返し、後ろ手にしてその手首を縛り上げる。

あ、縛り上げるのに使ってるのはリボンね。


「くっ…殺せ」

「……あ、そだ」


キュッ


「…………」


首の頸動脈をきゅっと締めたら、暗殺者はあっけなく落ちた。

いやー、すっかり忘れてたわ。ついつい力任せに気絶させることばっかりしてきたからね、つい。


暗殺者を小脇に抱えると、東屋の屋根から飛び降りる。

さて、どうしようかしら。



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