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元皇帝の転生令嬢は敵国の王に溺愛される  作者: せい


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4/22

4話

 道中は思ったよりも遥かに安全でのんびりとした旅になってしまった。でもそれも今日で終わり。目の前にはラディカル国の王都。その王都を囲む防壁と、門がある。


(いよいよね…)


 この先に、頭の可笑しい王子…もとい、面白そうな王がいる。その王との初めての対面がもうすぐかと思うと笑みがこぼれてくる。


「と、止まりなさい」


 門番の兵が制止を求めてくる。その声が震えていることに内心可笑しく思いつつも、当たり前かと大人しくそれに応じる。


「武器を携行して入門するならば許可証が必要だ。許可証を見せてもらおう」

「あら、そんなのは無いわ」

「…なら、こちらで武器を預からせてもらう」

「それもイ・ヤ」


 許可証なんてそんなものはないし、だからといって武器を預けるなんて論外。ここは私にとっては『元』敵国じゃない。れっきとした『現』敵国。


「…なら、ここを通すことはできない。帰ってもらおう」

「それも困るのよねぇ」


 なにせ、王妃としてこの国に来たのだから。とはいえ、まさかこんな恰好で、しかもたった一人で来るとはだれも思わないでしょう。門番も、まさか目の前にいるのは王妃とは知らされていないでしょうし。

 そこで、ちょっとした悪戯心が湧いた。ので、揶揄ってみましょう。


「『黄金の死神の鎌』が来た。そう、国王に伝えなさい」

「…はっ、えっ?…おう、ごん…?」

「ええ、『黄金の死神の鎌』。ご存じないかしら?」


 唖然とする門番に、証拠とばかりにハルバードを一振り。その一振りが木に激突。ハルバードの刃が幹をえぐり取り、支えを半分以上無くした木はゆっくりと倒れていった。

 木の倒れ伏した音があたりに響く。私の相手をしていた門番も、他の門番も、遠巻きに来ていた商人と思わしき人たちも、全員が唖然としている。そんな人たちへ、微笑み一つ。


(おかしいわね…私の異名はそんなに伝わってないのかしら?)


 泣く子も黙る名と聞いたときは驚き半分ショック半分だったのに、その効果が今更そんなに無かったとかイヤよ?そう思っていると、ようやく正気に戻った門番が、震えながら私を見上げる。


「…ほ、ほほほ本、物…?」

「あら、この国には偽物がいるの?是非ともお手合わせ願いたいわね。どちらが上かしら?」


 くすりと笑いつつ、木をへし折ったハルバードをブンブン振り回すパフォーマンス付き。轟々と武器の奏でる響きに、門番の小さな悲鳴が聞こえた気がしたわ。


「い、いいいえ偽物などおりません!すぐさま伝えます!」


 そう言って、門番は脱兎のごとく中へと駆けていった。


(ちょっと揶揄い過ぎたかしら?)


 少しだけ悪い事したかしらと気の毒に思いつつ、そのまま迎えが来るのを待つことにした。




 待つこと数分。脇を通り過ぎる人々が、いつ自分があのハルバードで首を斬り飛ばされるのか、そんな恐怖に慄く姿を無視。すると中から現れたのは、黒を基調とし金の細工を施した服を纏う騎士と思われる人物が数名。その中に見知った顔もあった。


「…確かに本物だ。私が証言する」

「バーツ、生きて帰れてたのね」


 1年前、間者として出会ったバーツ。その姿がそこにあった。見知った顔がそこにあるとわかると、ちょっとだけほっとした。…やっぱり、自分で言い出したこととはいえ、一人で来たのは少し心細かったし。


「はい、リリス…様のおかげで無事に戻れました。感謝いたします」

「良かったわ、あなたが何もせずに帰ってくれて。でないと、今ここであなたの首を刎ねなくちゃいけなかったかもしれなかったしね」


 にっこり微笑んで告げれば顔を引きつらせるバーツ。私の言葉が決して冗談でも比喩でもなく、文字通りそうするつもりなのを彼は知っている。無意識なのか、バーツの手が自分の首をさすっていた。もう首に痕は無さそうね。


「…では、リリス様」


 バーツが手を差し出す。その手が何を意味するのか、理解して……それを拒否する。


「遠慮するわ」

「いえ、ですがそのままでは」

「私の味方はこの子だけ。わかるでしょう?」


 そう言って、シエルの鬣を撫でる。そうだと言わんばかりに軽く嘶く。もっともその軽くが、普通の馬の渾身の嘶きと同じくらいなのだけれど。


 彼らとて、私の事情を知らないはずはない。特にバーツは、私の想い人を聞きに来るという内密の…国策としてではなく私情としての任務を頼まれたほど、王に近い人物。なら、私がどういう扱いなのかは当然知っているはず。同様に、私がどう思っているかも。


「…わかりました。ではこのまま」

「ええ、理解していただけて嬉しいわ」


 その嬉しさのままを表情に出したのに、顔を青ざめさせたバーツは許されないわね。乙女の微笑みをなんだと思ってるのかしら。


「こちらへどうぞ」


 騎士たちの案内に従い、シエルにまたがったまま門をくぐる。馬上のままで騎士の案内を受ける私を、市民たちが遠巻きながらに見ている。私が誰なのかをもう知っている者たちは、その表情を怯えたものか敵意をむき出しかどちらか。

 軽く手を振れば、さっと顔を隠してしまった。残念。


「…まさか、本当におひとりで来られるとは思いませんでした」


 バーツから声を掛けられ、くすりと笑った。


「ええ。驚いたでしょう?」

「前代未聞ですよ。たった一人で輿入れに来た王妃など…」

「ええ、よくお父様には呆れられたものだわ」

「それは、まぁ……」

「バーツはもう結婚しているの?」

「ええ、妻と娘が」

「あら、いいわね。娘さんはいくつ?」

「もうすぐ1歳になります」

「まぁおめでとう。ところでバーツ?」

「はい、何でしょう?」


 私はさっきから気になっていたことを突っ込んでみた。


「言葉が違和感。あの時のあなたはそうじゃなかったじゃない?」


 1年前に会ったとき、彼の本性は少しぶっきらぼうな口調だった。なのに今は丁寧語。少し違和感だわ。


「…あの時とは状況が違いますので」

「あら残念だわ。なら二人っきりのときならいいのかしら?」


 私の言葉に彼はすっかり顔を青ざめさせた。また揶揄い過ぎたかしら?


「…お許しを。陛下と妻に殺されます」

「…そうね。新婚に亀裂を入れるのは私も気乗りしないわ」


 かくいう私も、これから一応新婚という扱いにはなるのかしら?


(ふむ……)


 新婚。そんな響きに少しだけ心ときめいた…気がする。幼少期からの自分の振る舞い(主に戦場)のせいで結婚とは無縁と思っていただけに、どんな形であれ新婚になったのは嬉しいと感じているかもしれない。

 と、そこでふとバーツの言葉が気に掛かった。妻にならともかく、陛下にも?


「ねぇバーツ、陛下って嫉妬深いかしら?」

「…それはもう、8年間の恋煩…あ」

「8年?それってどういう」

「き、聞かなかったことに…」

「陛下に直接聞くわ♪」

「………」


 この世の絶望が見たいといえば、今まさにバーツの顔がそうなっていた。…本当にこの男、口が軽いわね。こんなんで本当に大丈夫なのかしら…


 とはいえ、8年……8年も前に私と陛下…そのときは王子かしら…が知り合ったのかしら?8年前と言えば、私が初めて戦場に出た年……


「あ」


 そういえば思い出した。あの戦場で、確か護衛に囲まれた少年のことを。まさかあのときの少年が?


(…あれはない。いくらなんでもあれはない)


 自分で思って自分で否定。初めてリリスとして出陣した戦場だけによく覚えている。彼と対面したときの自分の姿。返り血に濡れた金髪、血まみれのハルバード、肉食のように見える馬。そのどれを考えても恋に発展する要素がまるで見当たらない。


(…やっぱり直接聞くのが正解ね)


 バーツには悪いけれど、やっぱり陛下には直接問いただすとしましょう。…まぁ、そんなことは一切なく、単なる敵戦力の私の引き抜きだけを考えてかもしれないけれど。



 バーツたちに引き連れられてついに王城前の門までたどり着いた。王都を守る門よりは小さいけれどその分堅牢さはこちらが上に見える。見た目の装飾よりも実用性を重視したデザインは好感が持てる。


(いやねぇ…そんなところで好感をもっても)


 そんな感想を持った自分に内心苦笑しているとその城門が開き、いよいよ王とのご対面。開いた先にはすでに出迎えの準備が整っており、赤い絨毯がひかれ、その両脇には王城に仕える兵士侍従侍女が並んでいる。

 そしてその絨毯の先には明らかに雰囲気の異なる人物が一人。

 白を基調としたデザインに金の装飾の服を纏い、黒く長い髪が風に優しくたなびいている。背は高く、けれど線は細い。整った顔立ちにたれ目がちな青い瞳。剣を帯びてはおらず、丸腰。けれど、こちらを見る眼にはまるで敵対心というものが見えず、むしろ慈しみすら感じる。


(へぇ…)


 さすがは一国の王。大した余裕だわ。

 その王を前に、私はシエルから降りず、そのままで一歩を踏み出した。シエルの蹄が絨毯を踏む。その光景に周囲はざわめく。まあ当然ね。普通なら馬から降りるのが常識。けど、そんな当たり前の事なんてしない。ここは敵国。その意思でもって私はここに来た。


(さぁ、どうでるかしら?)



そして、冒頭に戻る。


***



 完全に周囲を置いてけぼりにした出会いの後、私は後宮に案内され、今後世話になるという侍女たちの紹介を受けた。王妃の世話役ともなる彼女らは一般の侍女とは違う。中には侯爵家の令嬢も含まれていた。他国の令嬢とはいえ、家格が下の令嬢に仕えることになる彼女らの心境は如何に。


(ああ、楽しみだわ)


 …と思っていたのだけれど、顔合わせの際では屈辱や妬みと言った感情は見て取れなかった。むしろ、やっぱりというか…


(恐がってるわよねぇ)


 一目見て分かるほどの怯え具合。それもそうか。もしこれが純粋に他国の令嬢なら、不慣れな異国の地に戸惑い、頼れるものは夫しかいない状況下で堂々とした振る舞いなど到底できない。そこに付け入る隙があるというもの。

 では私はといえば、運び込ませたハルバードが部屋の壁を占領し、不慣れな異国の地に戸惑うなど一切ない。堂々たる入城と、明確な武を見せつければ如何に女の世界と言えど恐れ慄く以外に術はない。むしろ、下手なちょっかいをかけようものなら物理的に首が飛ぶ、主に私の手によって……と考えているところでしょう。

 かつて戦場では、雑兵のみならず隊長、果ては将軍の首も飛ばしたこともある。その将軍がこの国の貴族…それも伯爵や、侯爵がいたこともあった。それもあってか、私にとって家格とは手出しを許さない絶対の上下関係…などということはない。彼女らの持つ肩書…どこどこの家の令嬢であることなど、身を守る壁にすらならない。


 そんな、怯えながら私と目を合わせず、目を付けられないようにとおどおどする様を見せつけられると、どうにも悪戯心が湧くのは誰の血か。


「ねぇ、そこのあなた」


 ソファーに座ったまま、一人の侍女を指す。確かこの中では一番家格が高い、つまり本来ではもっとも国内において王妃に相応しいはずの娘。年も陛下の相手としては申し分ないし、こうしてみる限り器量もいい。侯爵家の娘だとかで、世が世ながら王妃にでもなれただろうに、ぽっと出の私にその席を奪われて内心さぞ悔しい想いをしているでしょう。


「は、はひぃ!」


 まさか声を掛けられると思ってなかったのか、ちょっと変な声が出てる。それがついおかしくなり笑うと、彼女はただでさえ青い顔をさらに青くした。…前言撤回。悔しい想いなんて微塵も無さそうね。


「ちょっとこっちにいらっしゃい」


 手招きすれば、まるで死刑台に乗せられる囚人のように震える脚で進んでくる。そして、私の前で傅いたところで、その顎に手を掛け顔を上げさせる。


「っ…!」


 上げた顔は、口元が震え目元には涙が浮かんでいる。…私って、サドの気が合ったのかしら?見れば、他の侍女たちもこの子がどうなってしまうのか固唾をのんで見守っている。どうもしないわよ…


「………」


 …予想以上に怖がられててなんだか調子が狂うわ。


「てい」


 彼女の額に軽いデコピン。本当に軽~くよ?


「あたっ!」


 額を弾かれた侍女は、何が起きたのかわからず唖然としている。私はふぅと息を吐き、ソファーから立ち上がると、一角に運び込まれたハルバードに向けて歩を進めた。


「お、お許しを!王妃様!そ、それだけは…!」


 何を勘違いしているのか、侍女が土下座して懇願してくる。…この子たちが私をどう見ているのか、よ~~~っく分かったわ。懇願が聞こえないふりをして、そのままハルバードを手に取る。いくら王妃として宛がわれた部屋といっても、この身の丈の倍にもなるハルバードを振り回せるほど広いわけじゃない。ただ、持ち上げただけ。

 その瞬間、部屋に一気に緊張が走る。誰もかれもが恐怖で顔を強張らせ、一歩も動けない。土下座した侍女は哀れになるほどに身体を震わせている。


「聞きなさい、あなたたち。そこの侍女も顔を上げなさい」


 凛と、覇気をもって声を飛ばす。その声に圧されて部屋の緊張が別の物に変わる。恐怖への緊張から、王を前にした畏怖の緊張に。私は今、リリスとしてではなく、かつての皇帝としての意を自らに宿す。


「このハルバードは、数多の敵兵の首を飛ばしてきた。首を、腕を、胴を、脚を。戦場で立ちはだかる敵の全てを薙ぎ払ってきた」


 そのままハルバードを頭上へと持ち上げる。丹念に磨き上げられた刃は、血の曇りは一点も無い。新品のような輝きだ。


「どんな敵も、私の後ろに回ることを許さなかった。何故なら…私の後ろには民がいるから」


 私の言葉に、侍女たちはハッとしたようだ。私はそのまま言葉を続けた。


「どんなに敵の血で髪が汚れようと、この身が血に塗れようと、武器が染まろうと……私は決して、民の血で大地が汚れるのは許さなかった」


 残念だが、敵は私にとって民じゃない。敵兵だって、敵国からすれば民の一人。それは分かっている。でも……私は、それを区別する。


「このハルバードは、敵を討つ刃であると同時に……大切な民を守る盾でもある」


 そこまで語り、私はハルバードを壁に戻した。そして、ゆっくりとソファーに座り直す。


「私が討つのは『敵』のみ。大切な民を脅かす敵だけよ」



 それだけ言って、侍女たちを下がらせた。侍女たちは何か言いたげに、でも命を受けて部屋を出ていった。今、部屋にいるのは私だけ。


「はぁ……」


 いっそのこと敵対してくれるくらいのほうが良かったかしら。ああまで怖がられると……本当に調子が狂う。

 侍女たちを下がらせてからしばらくして扉をノックする音が聞こえた。


「誰かしら?」

「私です」


 声は陛下だった。誰も部屋にいないので、自分で扉を開けに行く。


「あなた自ら出迎えてくれるとは…光栄ですね」

「一人でのんびりしたかったのよ」

「おや、ならお邪魔でしたか?」

「構わないわ」


 そう言って部屋に招き入れる。ベルを鳴らして下がらせた侍女を呼び、ティータイムの準備をしてもらう。

 ちなみに部屋に陛下が入ってきた際、護衛の騎士も一緒に入ろうとした。が、陛下が下がらせた。曰く、『王妃との楽しい語らいを邪魔されたくない』と。しぶしぶ引き下がった騎士だけど、その顔には不満がありありと浮かび上がっていた。さっきの侍女たちよりもこっちのほうが楽しそうね。


「失礼します」


 紅茶を淹れてくれたのは、さっき土下座した侍女だ。先ほどまであれほど震えていたのに、今では侍女としての顔になっている。切り替えた…というよりは、私を見る眼が変わった気がする。


「良い紅茶ね」

「この品種は我が国の特産品でね。生産数が少ないので、残念ながら国外にはあまり出回らないんです。お気に召していただけてなによりですよ」

「あら、そんな良い紅茶をいただいてよろしいのかしら?」

「もちろんです。あなたは王妃なのですから」


 なんというか、腰の低い男…という印象だ。けれど、一方であのありえない和睦条件を出したのもこの男。見た目の雰囲気だけで侮るのは少し……いや、かなり危険だと、前世の王の勘が告げているわ。

 だからこそ、早々に陛下の真意を質しておく必要がある。場合によっては……この首を刎ねることになろうとも。


「怖い顔をしていらっしゃいますよ。いかがしました?」

「ごめんなさい、元からなの」


 微笑めば、陛下も微笑みを返してくる。その様子は如何にも優男といった感じで王たる威厳はあまり感じられない。出会ったときからそうだけど、どこか王として頼りなさがある。


「そういえば先王はどちらに?ご挨拶をしておきたいわ」

「ああ、先王は少し城から離れておりまして。機会を見て場を設けますよ」

「…ええ、ありがとう」


(先王が城にいない?)


 それだけで、目の前の男の黒さが一気に増した。順当な王位継承なら、先代の国王が同じ城にいて隠居しているのが妥当だ。それが城から離れている?そもそも過去の侵略戦争において、その指揮をしていたのは紛れもなくその先王。その先王が、侵略を取りやめ和睦を結んだ…その状況を大人しく見ているとは思えない。


「先王はご健在かしら?」

「ええ。すこぶる元気です」


 微笑んだままのその表情からは真意が読み取れない。困ったわね、思った以上に難儀な相手だわ。これは、どう取り掛かっても流されるのがオチな気がするわね。

 …と、そこで、もしかしたらこの微笑みの鉄仮面を崩せるかもしれない。そんな案が思い浮かんだ。


「そういえば陛下」

「アルディ、とお呼びください。リリス」


 さらりと名前呼びを要求。大丈夫、この程度で会話の主導権は譲らないわ。


「アルディ、聞きたいことがあるのですがよろしいかしら?」

「ええ、なんでも」


 なんでも。その言質は取ったとつい笑みが浮かぶ。その笑みに、アルディの微笑みがほんの少しだけ強張った…気がした。


「では…私に8年も恋煩いをしていたというのは本当かしら?」

「………」


 部屋に緊張が走る。アルディのその微笑みが完全に固まった。やっぱり。こういう話題ならさすがに動揺するわね。バーツにはあとでご褒美をあげなくちゃ。…その前にアルディからお仕置きがあるかもしれないけど。


「…バーツ、ですね」


 この国で、彼自身のことを知り、その上で私と接した人物は数えるほどもいない。必然的に彼が上がるのは当然。


「アルディ、私の質問に答えていただけてないわよ?」


 にっこり。笑顔にはしっかりと『逃がさない』と書きつけて。


「…失礼、急用を思い出しまして」


 スッと立ち上がったアルディ。だが、当然逃がすつもりはない。この腹が見通せないほど黒い男の、唯一かもしれない光明を見逃す手はないのだから。


「あら、私との楽しい語らいよりも大切なことかしら?」


 がっしりと、逃げようとするアルディの手首を掴む。まるで別れを惜しむ恋人のように、だけどその手首を握る手の力は万力よりも強い。


「…ええ、それはそれは大切な」

「えい」


 それでも言い募ろうとするアルディを強引に引き寄せる。フィールド家の異能を持つ私の力にただ鍛えた程度の人間が敵うはずもなく、引き寄せ…いや、引っ張られた手首でバランスを崩したアルディがそのまま私の胸元に飛び込む形になる。その頭を、そのまま抱きしめる。一見すればそれは恋人同士の抱擁で……でもその実は絶対に逃がさない悪魔の檻。私の膂力から力づくで逃れられるのは誰一人としていない。ちなみに去年の話だけど、お父様との腕相撲で勝利したわ。


「り、リリス…!」


 顔は見えないけれど、声で動揺しているのがわかる。そんな声が聞けただけでも満足なのだけれど、せっかくだしやっぱりここははっきり聞いておきたい。無駄ですわよ、剥がそうとしても私に力では敵いませんわ。


「ねぇ、アルディ。教えていただけないの?」


 少し猫を被った、甘えるような囁き。それが耳に届いたアルディは「ぐぅ…」と何かを詰まらせたように呻いた。


「ア・ル・ディ?」


 ダメ押しとばかりに耳元に口を寄せ、囁く。…それが完全にとどめとなった。フッと抱きしめていた重みが急に増した。何が起きたのかと思い、抱き起すとアルディはそれはそれは安らかな寝顔をしていた。……鼻から一筋の血を流して。


「あら………まぁ」


 まさかの事態に私の方が唖然としてしまった。これってあれよね?……アルディには刺激が強かった、ということかしら?ちょっと胸元に抱きしめて、猫なで声で囁いただけで?

 どれほど腹が黒いのかと思われたアルディの、意外過ぎる純情さに私の方が驚愕。幸い、鼻血が私の服に着くことはなく、着替える必要がなかった。


「メリッサ」

「は、はい!」


 侯爵家の娘の土下座侍女…メリッサに声を掛ける。彼女もまた、意外過ぎる陛下の姿に驚いて動揺していた。


「扉の外に陛下付の騎士の方がいらっしゃるでしょうから、陛下の次のご予定が何時からなのか、確認してもらえるかしら?」

「はい、かしこまりました」

「お願いね」


 そうしてメリッサは扉へと向かい、外に出ていく。その間にアルディの頭が私の膝の上に乗るようにセット。鼻血はさっとハンカチで拭き取っておく。大した量ではなく、拭いたそばから垂れてくるということはなかった。


 メリッサが戻ってきて、アルディの次の予定までしばし時間があることを聞き、その時間までは寝かせてあげることにした。揶揄い過ぎたことへのちょっとしたお詫びも兼ねて、ね?


 しかし、である。


(鼻血を出して気絶って……)


 そんな話は聞いたことが無い。サラサラと滑らかな黒髪の指どおりを楽しみながら、幼子をあやすように頭を撫でていく。思えば、私も幼いころにこんな風に撫でてもらった記憶もある。尤もその頃はまだ憎しみを抱いていたころで、その愛を素直に受け止められていなかったころだけど。


(…変わったものね)


 しみじみとそう感じてしまう。罪を犯した者、違反したものの首を容赦なく刎ねたかつての私はどこに行ったのかだろうか、と。侵略などというただただ自国の利益だけを目的とした行為を犯す者など断じて許さない。その意思が残っていれば、今こうしてその国の王の呑気な寝姿を目にすれば、即座にその首を刎ねただろうに。



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