19話
革新派貴族を掃討し、ラディカル国内のアルディの政治は盤石になりつつあった。
それから3カ月が経った。
相変わらずアルディとは文字通り一緒に寝るだけ…という状態が続いているけども、まだ私も16歳。焦る必要は無いからと、穏やかな日々を過ごしていた。
しかし、そんな穏やかな日々は唐突に破壊されることとなった。
「アルディからの呼び出し?」
「はい、至急軍議室に来てほしいと」
メリッサからの伝言に私は首を傾げた。
アルディが私に軍議室に来てほしいと。
色々と私を利用してくれるアルディだけれど、どれ一つとっても直接どうこう言ってきたことは一切ない。全て私の方で察して動いて来たことばかり。
だから疲れるんだけれども、そんなアルディが軍議室に直接呼び出している。
つまり、私に直接用件を伝えようとしている…はず。
「わかったわ、行きましょう」
「ではこちらへ」
メリッサの案内の元、後宮を出ると軍議室へと向かう。
しばし進むと、衛兵が構える扉の前で止まった。
「王妃様をお連れしました」
「入って」
中からの声に扉が開く。
中にはあまり広いとは言えない室内に重厚な長机と、それを取り囲むように配置された椅子。その椅子にはアルディを正面に、左右に軍や大臣たちが揃っている。
室内に入ると、メリッサに椅子を引かれ、その椅子に腰を下ろした。
メリッサが退室すると、軍議室の空気がピンと張り詰める。
どうやらただ事じゃないみたいね。
「さて、リリスに来てもらったのはほかでもない。シリウス帝国についてだ」
「シリウス帝国について?」
何かしら、今更何か聞きたいことでもできたとでも?
でも、あいにく祖国の内情をペラペラしゃべる気は無いけれどもね。
…いや、その線は無いわね。アルディなら私に聞かずとも、自分で調べてそうだわ。
(…だとしたら何かしら?)
目で先を促すと、アルディはゆっくりと口を開いた。
「シリウス帝国は今、他国の侵略を受けている」
「……へぇ」
伝えられた情報に、私は気のない声を上げる。
侵略は世の常だ。
今更驚くことでもない。
私の反応に不服なのか、他の者たちが目くばせし合っているけれど無視。
アルディは話を続ける。
「侵略しているのはオルランティス国。聞いたことは?」
「多少は。さして裕福でもない北国よね」
私の言葉に、アルディはうなずいた。
「そう、オルランティス国は資源に乏しく、実りも少ない。国力は低く、他国に侵略する力なんかない。……というのが、オルランティス国の認識だ。いや、『だった』と言うほうが正しいかな」
「だった…ね。その国に何かあったとでもいうかしら?」
「実は、オルランティス国はここ数年、稀に見る豊作でね。ずいぶんと食料に余裕があるそうだ」
「そうなのね」
実りに乏しく、飢餓の恐れもある国に訪れた豊作という幸運。
しかしそれだけなら、どうして侵略ということに繋がるのか。
大臣の一人が声を上げる。
「そこです。豊作だというのであれば、わざわざ侵略する必要などない。オルランティス国は何を考えているのだ」
「豊作だから……そうでしょう、アルディ?」
そう問えば、その通りだとアルディはうなずいた。
「そう、普通なら豊作でわざわざ侵略などする意味はない。だが、オルランティス国は決してそのような国ではない。いずれ、また飢餓の恐れが訪れる」
「だから、食糧に余裕がある今のうちに実り豊かな他国を取り込み、国力の安定を目指す…そんなところかしら」
「おそらくは。シリウス帝国は肥沃な大地を有する国。オルランティス国からすれば、喉から手が出るほど欲しい土地でしょう」
シリウス帝国は大地の恵みが豊富な国。それは兵糧という形になり、軍を動かす大事な要素になりうる。そして、食料に余裕があるから、軍備を整える余裕もある。
だから、シリウス帝国は戦争に強い。
「でも、オルランティス国にそれほどの兵力があったかしら?」
生きることすらままならぬ土地の国。そんな国に兵に割く余裕はなかったはずだけど…
ブリア将軍が手元の資料を読み上げた。
「多く見積もっても、1万いくかどうか。はっきり言えば、そんな兵力で侵略を仕掛けようなど、正気とは思えませんな」
「たった1万ね…」
その程度なら、簡単に撃退できるはず。
だけど、アルディから続いて告げられた事実に、私は驚きを隠せなかった。
「だけど、今のシリウス帝国にはろくな戦力が無い。情報では国軍は5千にも満たないとか」
「5千!?嘘でしょう!」
私は驚きの余り、つい立ち上がってしまった。
視線が私に集まり、動揺した自分を恥じつつ、椅子に戻る。
「嘘ではないんです。シリウス帝国はここ数年、急激に軍備を縮小している。どうやら皇帝の肝の政策のようですが」
「………」
何その話、聞いたことがないんだけど。
思い返しても、お父様もそんな話は一言もしゃべったことはない。
…本当にその情報は、信じられるのかしら?
大臣の一人が口を開く。
「呆れた皇帝だ。『話し合えばどんな問題も解決できる』などと言って戦力を縮小するなど。それで民を守れると、本気で思っているのか」
「本気で思っているからでしょう、正気の沙汰ではない。だからフィールド家が…」
「フィールド家が、何ですって?」
大臣たちの会話に出てきたフィールド家。
大臣たちに目を向けると、言ってはならないことだったのか、咄嗟に口を押えていた。
アルディに向き直れば、ゆっくりと口を開いた。
「ここからが厄介な話だ。今、フィールド家の当主は王都に軟禁されている」
「軟禁……ですって」
怒りがわき上がる。知らず力が入り、机にひびが入る。そのことに誰かの「ヒッ」と言う声が聞こえたけど無視。
「原因はさっきも言った通り、軍備の縮小だ。それは国軍のみならず、領地を治める貴族たちにも命じたようだ。ただ、フィールド家は国防の観点から拒否した。だから、王都に召喚され、軟禁されている」
「………」
馬鹿げている。各領地を治める貴族には、民を守る義務がある。それをないがしろにして、ただ軍備を縮小しろなどと、どこまで愚かなのか。
そうか、だからお父様は私に知らせなかったんだ。私が知れば、民を危険にさらすようなそんな政策を黙って進ませることはさせないから。しかしそんなことをすれば、下手をすると王家とフィールド家の戦争になりかねない。
だから、お父様は自分だけでなんとかしようとしていたんだわ。
「これが今のシリウス帝国だ。国軍は極端に縮小され、国防の要ともされていたフィールド家は当主が軟禁され、動けないだろう。この状態では、オルランティス国の1万程度の兵力でも、シリウス帝国にとっては十分脅威になるはずだ」
アルディのまとめた内容に、どうしてアルディが私を呼んだのかが分かった。
アルディの目がこちらに向けられる。
「だが、シリウス帝国は我が国とは同盟というわけではない。シリウス帝国にオルランティス国を退ける力が無いとしても、我らには関係が無いことでしょう」
そう言うのはブリア将軍だ。
確かに彼の言う通り、シリウス帝国とラディカル国の間には何の契約も無い。
私が嫁いだ事実こそあれど、それに伴う契約は存在しない。
だから、ラディカル国がこの一件に介入する必要は無い。
「さて……リリス、あなたはどうしますか?」
そう問いかけてきた。
その口元には笑みが浮かんでいる。
(私がどうしたいか、ね…)
そんなのは決まっているわ。だって私はラディカル国の王妃だもの。私の一存でシリウス帝国を助けようとしても、ラディカル国の軍を動かすことはできない。そのようなわがままは許されない。だから…
「アルディ、私はしばらく散歩に出掛けるわ」
そう言って席を立つ。
しかし、それを待っていたかのように、アルディからすぐに声がかかる。
「それがいい。そうそう、散歩のお伴には『フェンリスヴォルフ』を付けましょう。大丈夫、あなたについていくだけの足はありますから」
「陛下、なりません!軍を動かせば国際問題に発展します。それでは…!」
ブリア将軍がアルディの提案に異を唱える。
『フェンリスヴォルフ』。それはラディカル国の有する最速の騎兵隊。私の乗るシエルほどではないにせよ、軍馬の中でも突出したものを選び、鍛え上げた馬たちで編成された部隊。
1,000人ほどの小規模であり、戦場においては遊撃隊としての任を任せられるほど機動力に優れている。
それを付けるとは、当然アルディは私の散歩の意味を…いや、この場にいる全員がそれを分かっている。
だからこそ、それに反対するわけで。
「領土侵犯…となるだろうね。だが、かまわない。貸しにできるかもしれないし、このまま大人しくシリウス帝国がオルランティス国に支配、あるいは蹂躙されるほうがこちらにとっては都合が悪い。そうだろう?」
「それは……」
「頭がお花畑の皇帝閣下は、難癖付けてくるかもしれないけどね。それこそ、『話し合い』で解決すればいいのだから」
そう言って笑うアルディ。
話し合い…ね。アルディ相手に、話し合いなんて無謀もいいとこだろうに。
それはともかく、やっぱりアルディは私はシリウス帝国の救援に向かうことは分かっていた。
そしてアルディも、それに反対する意思はなく、むしろ支援する方向で考えている。
それはありがたいこと…なんだけど。
(…今度は、何を狙ってるのかしら?)
どうしても、怪しむ気持ちが生まれてくる。
アルディは、タダで動く男じゃない。
おそらく、この一件でも何かしら狙っていることがあるはず。
(いいわ、今は気にしないでおきましょう)
何を狙っているのか、今は考えないようにする。
とにかく、侵略はすでに始まっているのなら、ことは一刻を争うのだから。




