14話
初夜から数日後。
夜こそ一緒に寝てはいても、行為に及ぶには至らないまま日にちだけが過ぎた。
まぁ焦ってもしょうがないことですし。とはいえ、あそこまで免疫が無いと焦らなくてもいいと高をくくっていたら年単位で時が過ぎていた…なんてことが起きかねない気もするわね。
何か手を打っておきたいところね…と思っていたところに、贈り物が届いたという報告が入った。
「ギルバート公爵からになります」
メリッサが持ってきたのは両手で持つのにちょうどいいサイズの木箱。
開けさせると、見事な宝石のネックレスが納められていた。
「そういえば家宝の宝石を贈ると言っていたわね。これはさすが…」
宝石に興味が無い私でも驚くほどに見事だった。ニワトリの卵ほどの大きさのエメラルドを中心に、その周囲をルビーやサファイアが取り囲んでいる。首にかけるチェーンは黄金製。
「なんて見事な…。ギルバート公爵はどうして王妃様に?」
「なんでも魔獣討伐の感謝の証らしいわ」
そうだ、ギルバート公爵の中では私は『贈り物好きのご令嬢』だったわね。メリッサがギルバート公爵とつながりがあるかどうかは知らないけど、うかつなことが伝わらないよう、メリッサの前でも贈り物好きを演じていたほうがいいかしら?
先日のジュードの報告で分かったことだけど、この国にはいわゆる穏健派と、先代国王を支持する武力による侵攻を是とする革新派の2つがある。ギルバート公爵は革新派筆頭。
穏健派は武力を使わず対話による解決を目指す派閥。アルディを支持している派閥はこっちね。
元々は革新派の方が大きかったけど、長年シリウス帝国に侵略を続けても成果が上がらなかったことで徐々に穏健派に鞍替えした貴族が増えたみたい。
もしメリッサが穏健派の貴族なら関係ないと思うけど、あとでジュードに調べてもらっておきましょ。
それはさておき…どうしようかしら、このネックレス。
どうせだからと手に取ってみた。やっぱりずっしりと重い。これを首にかけたら、すぐに肩こりに悩まされそうね。
贈り物好きなご令嬢なら、こういうときどうするのかしら?いつでも眺められるように、部屋に飾る?それとも、自分だけの宝石箱なんか用意して大事にしまっておく?
…ダメだわ、正解が分からない。う~ん…と悩んでいたら、
「ではこちらは王妃様の衣裳部屋に仕舞っておきますね」
そう言ってメリッサは箱に戻した宝石を手に、さっさと衣裳部屋へと行ってしまった。
…まぁいいわ。色々悩んだ私がバカみたいだけど。
その後、ギルバート公爵へお礼の手紙を出した。
すると、その後もギルバート公爵や貴族たちからの贈り物が相次いだ。
結婚のお祝い…ではなく、魔獣討伐のお礼として。
もちろん、それが誰からなのかをリストアップして、同時にジュードに調べさせた革新派の貴族のリストと照合。ええ、予想通り、贈り物をしてきた貴族はもれなく革新派。
穏健派もたまにいたけど、それは自領の一部を魔獣に荒らされた貴族だけ。まったく領地が関係ないのにも関わらず送ってきたのは革新派のみ。
これで見えてきたのは、革新派の貴族が私と接触したがっているということ。贈り物をしてきたことからも、何らかの見返りを期待しているとみていいでしょうね。
とはいえ、おおよその狙いはついている。革新派が武力侵攻を信条とする以上、狙いは私の武力。問題はその武力をどこに向けようとしているか、ね。
「ではこちらも仕舞っておきますね」
「ええ、お願い」
今日も届いた贈り物を確認した後、メリッサが衣裳部屋へと仕舞っていく。
ちなみにメリッサの生家は生粋の穏健派なので、革新派とのかかわりはないみたい。なので、贈り物を多少に雑に扱うところを見られたとしても問題無いでしょう。
…で、それよりも問題なのはこっちなのよね。
「ああ、リリス。やはりあなたに似合うと思って用意した甲斐がありました」
「…ええ、どうもありがとう」
引きつりそうになる表情を必死にこらえながら笑みを浮かべる。
そんな私に満面の笑顔を浮かべて新たに用意した指輪を、自らの手で甲斐甲斐しくはめてくるアルディ。
未だに初夜も済ませることもできず、ベッドの中でも微妙な距離感を保っている(彼曰く、夜着姿の私ですら刺激的だとか)くせに、こういうときは何の抵抗も感じさせずにさらっと手を取ってくる。
その違いに、こっちが混乱しそうになるわ。
そして、この指輪ももう3個目。彼もしっかりと、『贈り物好きの王妃』に貢いで溺愛している姿を周囲にアピールしている。
この男、まさか知らないのかしら?連日贈り物が届くせいで、私が国中の貴族の男に貢がせてるのではないか?という悪評が立ちつつあることに。
戦場の悪評は結構だけれど、そういう悪評は地味に堪えるからやめてほしいんだけど。
…いや、アルディが知らないわけ無いわね。むしろ知ってて後押ししててもおかしくない。
結局、革新派の動きも未だにつかめないし、その革新派をどうしたいのかアルディの動きも読めない。
(も~……私はこういうのは得意分野じゃないのよね。面倒だし、ジュードにサクッとやってもらおうかしら)
いけないいけない、それは最終手段だわ。まだ控えないと。
おそらくアルディは革新派を根こそぎ排除したいと考えている…はず。彼が穏健派である以上、革新派の存在は邪魔でしかない。しかし、その筆頭に公爵家がいて、それに連なる貴族も決して少ないわけじゃない。それを考えても、彼の政治は盤石とはいえない。一歩間違えばすぐにでも崩れ去る、砂上の楼閣に近い。
そのための私。……なんだろうけども、その件についてアルディは一切触れてこない。面白いけど、ちょっと面倒過ぎよ、この男。
「…で、どう思う?」
夜分遅く。もうあとは寝るだけということで侍女たちを下がらせ、あとは寝室に行くだけというところで自室にジュードを呼び出した。果たしてジュードはこの状況をどう見ているかしら。
「その件だが、どうやら革新派は現王を排除し、先代国王の復権を目指しているようだ」
「……やっぱり、そういうことになるわね」
ジュードの言葉に驚きはない。革新派が武力を是とする以上、対話をしたい王など邪魔。なら、排除に動くのは当然のことだ。
「ただし、まだ具体的な動きはない。バレれば国家転覆罪だからな。やつらも慎重だ」
「でしょうね。アルディもそのくらいのことは予想しているはず……ということは、革新派に尻尾を出させるつもりかしら?」
「だろうな、あんたを使って」
ふむ…そうなると私はこのまま贈り物をもらい続けて、有頂天になってる愚かな王妃を演じればいい…ということかしらね。
革新派…ギルバート公爵の中での私の人物像が気になるけど、あまり私を知らなかったのは確かのようね。そこにアルディが作った『贈り物好き』という人物像ががっちり固定されてるみたい。
つまり、ギルバート公爵が贈り物で私を懐柔し、言いなりになったところで私にアルディの首を取らせる。そして先代国王の復権…というシナリオ。
まぁシナリオとして悪くはない。…不満があるとすれば、私が贈り物だけで国王を殺すこともするような頭が軽い女に見られてることだけど。
「ねぇ、ジュード。今の私の評判は?」
「民の評判は変わらずだが、貴族どもの評判は落ち始めてる。魔獣退治も報酬目当てで、金さえもらえば自分の死すら顧みない守銭奴だとな」
「………はぁ」
やっぱり悪化してるじゃない!どおりで貴族のご夫人や令嬢からお茶会とかの誘いが無いと思ったわよ。貢がせから守銭奴にダウンしてるし。
ただでさえ『黄金の死神の鎌』と呼ばれてるっていうのに。もうこの国でまともに王妃やれるのかしら?
でも、それなら今の状態ではヘタに誘われないほうがいいかも。私の本来の人物像が広まって、『贈り物好きの王妃』という人物像が崩れると革新派の動きも変わりかねないし。
さすがに茶会でその人物像のまま演技するほどの演技力は無いわよ?劇団員でもないんだから。後宮にこもりっぱなしのおかげで、どんどん人物像が明後日の方向に行かないかだけが心配だわ。
それから数日後。その間も隙間なく贈り物が届いてちょっと辟易してきていたのだけれど、ようやく動きがあった。
「ギルバート公爵の奥方様からのお手紙が届いております」
「ありがとう」
やっと来たわね。封を開け、中の手紙を読むと案の定お茶会の誘いだった。
お茶会にはギルバート公爵の奥方以外にもご夫人が数名。確認すると、いずれも革新派貴族。
さて、どんなお茶会になるのか、楽しみね。
***
お茶会当日。
用意されたのは淡いブルーのドレスで、襟元にはフリルを付けて少しだけ露出は控えめ。身支度を整え、最後にギルバート公爵から送られたエメラルドのネックレスを首にかける。…やっぱり重いわね。
用意された馬車に乗り込み、向かうはギルバート公爵の屋敷。といっても王都内に別邸があるから向かうのはそっち。ネックレスの重さで肩こりになる前に着いたわ。
さすがは公爵家。別邸とはいえ、王都では王宮の次に目立つといっても過言ではないくらいに立派な屋敷だった。
屋敷の壁や石畳は見事に磨き上げられ、庭も広くいたるところに彫刻や、花や木々が植えられている。公爵家の財力をこれでもかと見せつける、豪勢な屋敷。これで別邸というのだから、本邸はどれほどのものなのかしらね。
(これはアルディが策を打つわけだわ。下手に刺激すれば何をしでかすか分からないもの)
財力がこれなら、領地に保有している兵力もそれなりなはず。年齢を理由に退役させて、今はブリア将軍がその地位にいるけど、そうとう悶着あったでしょうね。…元将軍ということは、今でも軍部に精通するということ。何かあれば内側から…考えただけでも、面倒なことは分かるわ。
(そんな面倒な輩が相手であっても、自分がこの国を治めると決めたんですものね、アルディは)
なら、アルディの敵は私の敵。この国を先代の手に戻し、武力でもってシリウス帝国に侵略するなら私の敵。
ギルバート公爵、あなたは私の敵。黄金の死神の鎌。その鎌の矛先は誰なのか、思い知らせてあげるわ。




