13話
魔獣討伐の祝勝会を終えて数日後、いよいよ私とアルディとの婚礼の儀が執り行われることになった。
城内には、魔獣討伐の被害の補償も行うこの時期に行うのは不適切ではないかという意見もあったようだけど、『英雄』たる私を大々的に国民にお披露目したほうが民衆の士気は高まるというアルディ他重鎮の意見で決定した。
私としてもアルディたちの意見に賛成だわ。
国内の被害があるからこそ、漂う悲壮感を払拭させていく必要がある。そのバランスを見極めるのが為政者の役目というものだわ。
もっとも、私自身は何かすることも特にないけれど。ウェディングドレスの最終調整がほんの少し。
あとは仕留めた魔獣の素材の売り上げを、魔獣被害の補填に充てることを表明した…ということくらいかしらね。
魔獣の素材は色々と頑丈だから人気。皮はもちろん、骨も余すところなく使われる。肉はクセが強いけど、適切な処置をすれば食べられるわ。
それはさておき、婚礼の儀の前日の夜。自室でくつろぐ私の前にはジュードの姿があった。
「これが報告書だ」
「ありがと」
受け取った報告書とやらに目を通していく。
報告の内容はギルバート公爵について。アルディが一芝居打たせたわけだし、何かある御仁だろうと思ってジュードに調べさせてたのよね。
で、報告書の内容を読んで合点がいったわ。
「先代国王の支持派筆頭。前将軍で、アルディによる軍部の人事一新により退役。政治の舞台からはほぼ退いて現在は領地で半隠居生活だけど、水面下での軍備増強が懸念される…ね」
なるほど、アルディが動くわけだわ。武力侵攻を掲げる先王の支持派の人間だもの。そんな人間をそのまま放置するわけないわよね。
つまり、ウェイン公爵の中ではまだラディカル国をシリウス帝国へ侵略させたいという思惑がある…そう見ていいでしょうね。とはいえ相手は公爵。先王の支持派と言うだけではその力を削ぐことは難しい。
(…そこで、私の出番というわけね)
あの一芝居がどういう結果を生むのか。まだ分からないけど、あれで何かしらウェイン公爵が動くと踏んでいるんでしょう。とりあえず家宝だという宝石が届く予定だけれど、それが何か意味があるのかしら?
うーん…ほんと分からないわ。
「全く…あの腹黒はとことん人を利用してくれるわね」
「同感だ。あの国王はどこまで考えているのか、底が知れない」
ジュードもアルディについては同意見みたい。
ジュードを下がらせ、私はベッドにもぐりこんだ。
明日からは忙しくなる。アルディの思惑も気になるけど、しばらくは王妃として義務があれこれあるんだもの。そちらにばかり気を掛けてはいられないわ。
翌日。
婚礼の儀は大聖堂で厳かに執り行われた。
そこで行われた誓いのキスでは、ヴェールで見えないのをいいことになぜかアルディは頬へのキスで済ませた。
(どういうつもりかしら?)
なぜ頬に…と追及する間もなく、今度は大通りを大型のオープンタイプの馬車に乗り、民衆へと姿見せ。
民衆の反応がどんなものか、少しだけドキドキだったけど、おおむね好反応。やっぱり直前での魔獣退治が効いてるみたい。
でも、「魔獣殺しの英雄」はウェディングドレスに身を包んでる私に言う言葉じゃないと思うわよ?
夜になれば城の舞踏会会場で国内外の貴族へのお披露目。ラディカル国内の貴族はもちろん、祖国であるシリウス帝国からはお父様と外務大臣が来ていた。
「…聞いたぞ。早速やらかしてくれたようだな」
貴族たちの挨拶が終わり、少しだけ周囲から人が途切れると、早速お父様がこっそり話しかけてきた。その顔はずいぶんと怖い。シリウス帝国にも、災害級の魔獣討伐の報が届いていたみたいね。
「やらかすだなんて人聞きが悪いですわ。私はただ民を守ったにすぎません」
「災害級に一人で立ち向かったなどと…王妃でなければ今すぐゲンコツで叱りつけるところだ」
ギュッと拳が握りしめられる音が響く。お父様なら人目が無ければ本気でやりそうだわ。痛いからイヤだけどね。
その表情のまま、隣にいるアルディに視線が向く。視線を受け止めたアルディは、眉をハの字にさせた。
「申し訳ありません…私ではリリスを止めることはできませんでした」
そう言ってアルディは周囲の人間には分からない程度に頭を下げた。
その様子にお父様は少し驚き、目を瞬かせていた。お父様の中では、もしかしたらアルディが指示して私に討伐させたと思っていたのかもしれない。それとも、娘のために頭を下げられる男だとは思わなかったのかしら。
「いえ…このじゃじゃ馬娘は、力づくで止めることは誰にもできませんから。陛下がお気になさることではありません」
「いいえ、今回は無事でしたが次も無事であるとは限りません。もし次があるようでしたら、私の命に懸けても止めてみせます」
…なんなの。これじゃ私がすっかり父親と夫を困らせる厄介妻みたいになってるじゃないの。なんだか不服だわ。
「何かと苦労されるかと思いますが、何卒娘を宜しくお願い致します」
「はい、私の生涯をかけてリリスを幸せにしてみます」
そして私を置いてけぼりにして2人で何か通じ合ったみたいで、怖い顔だったお父様も、申し訳なさそうな顔だったアルディも、今はにこやかに握手を交わしていた。
なんなのよ、もう……私、いじけてやろうかしら。
夜も更け、私とアルディはこっそり会場を抜け出していた。
私はウェディングドレスを脱ぎ、改めて身を清める。これからどうするのか、もちろん決まっている。
(初夜…か)
清められた体に香油を塗り、薄手のネグリジェだけを纏う。そして、初めて二人の共有の寝室にてベッドに腰かけて待っていた。
初夜。
別に行為そのものはとっくに分かり切っている。ただ、記憶にある行為は全て男性視点のもので、これから行われるのはその逆。
全く不安が無いわけじゃない。体はまぁ…生娘だけど、心はそうでもないことがなんとも微妙な居心地の悪さを生み出していた。
(あまり平然としてるのは不自然かしら?でも、わざとらしいのも面倒よね。それに、アルディならそのくらい見抜いてきそうだし)
そんなことを考えながらアルディが来るのを待っているのだけれど、なかなか当人が来ない。
遠くに聞こえる舞踏会の喧騒が、少しずつ小さくなっている。それだけ夜も更けた証拠なのだけれど、遅い。遅すぎる。
(まさかアルディの身に何かあった?いえ、それなら報告が来るはずだし)
そこまで考えたとき、ふと寝室の扉の前に気配を感じた。その気配は、扉の前を行ったり来たりしている。
(多分…これ、アルディよね?)
なんだか気が抜けちゃったわ。心配して損したし、どう振舞ったらいいのかなんて、全部どうでもよくなっちゃった。
ベッドから下りると、そのまま扉の前まで進む。扉に手を掛けると、一気に開いた。
「あっ……」
扉の前には案の定アルディの姿があった。
とっくに入浴は済ませていたようで、ガウンを身に纏っている。その状態で何をウロウロしてたのかしら…
「何よ、来ていたのなら早く入りなさい」
手を伸ばし、アルディの手を掴む。そのまま寝室に連れていき、強引にベッドに座らせた。その隣に私も腰を下ろす。
「全く…いつまで私を待たせるつもりかしら?」
「い、いやその……準備がね」
「何の準備かしら?扉の前で行ったり来たりすることが、かしら?」
「ば、バレてましたか…」
そう言葉を交わしている間も、アルディは私の方とは逆の方を見ている。ちょっと…私の方を見ないなんて、これから初夜だっていうのにあるまじき行為じゃないかしら?
「アルディ」
「は、はいなんで…」
「えいっ」
アルディの顎を掴むと、そのままグイっとこちらに顔を向けさせた。
アルディの顔は、ランプに照らされただけの少し薄暗い室内でも分かるくらいに真っ赤になっていた。
目は泳いでいて、何が何でもこちらを見ようとしない。
誰が見ても分かるくらいに動揺してる。そういえば、以前胸元に抱きしめただけで気絶してたわね、この男。
(えっ、これ、どうしたらいいのかしら?)
これは想定外だわ。いや、すっかり忘れてた私も悪いのかもしれないけど、女性に全然免疫が無いじゃない。あの程度で気絶してたら、これからのことなんて無理じゃないかしら。
今着てるネグリジェも、そういう雰囲気を出すためのものだけあってかなり薄手。お日様の下で着るなんて恥ずかしくて無理なほどだし、ランプの光だけでも透けてる。見えちゃいけないところが見えてしまうくらいにね。
裸になるよりも、こっちのほうが恥ずかしくなっちゃいそうだわ。
…まさか、昼の婚礼の儀で頬にキスをしたのもそのせい?しなかったのではなく、できなかった?
それはさておき。
アルディの顎を掴んだまま、見つめ合う私とアルディ。このままでいつまでいてもしょうがない。
「アルディ」
「は、はい」
アルディの顎を掴んでいた手を外し、私は指を一本アルディの顔の前に立てた。
「この指を見て」
「は…い?」
私の意図が分からず、ただ黙って指を見る。その指を、スッと下ろした。
指を追ってアルディの視線も下がり、その視線に先には…
「ッ!!!!」
視線の先にあるものを確認したアルディは、そのまま後ろに倒れてしまった。鼻から二筋の鼻血を出しながら。
「…やっぱりダメだったわね」
刺激が強すぎたみたい。もしかしたら…なんて思ったけど、そんなこと無かったわね。
やれやれと思いつつ気絶したアルディを抱き上げ、改めてベッドに寝かせた。
私はネグリジェを脱ぎ、普通の夜着に着替えてアルディの眠るベッドにもぐりこんだ。
ネグリジェのままでいたら、寝起きと同時に気絶させてしまいそうだからね。
「おやすみ、アルディ」
翌朝。目が覚めると、そこには今にも死にそうな表情を浮かべたアルディがいた。
「アルディ」
「!! り、リリス、お、おは…」
呂律が回らないほど動揺したアルディに私はそっと顔を寄せ、次の言葉を紡ごうとした唇に自分の唇を近づけた。
「っ!!」
「おはよ、アルディ」
そんな表情のアルディなんて、アルディらしくない。そう思って目覚めのキスをしたつもりだったんだけど…
「…また気絶してるわ」
でも、その表情は死にそうな表情じゃなくて、驚きの表情に変わってるから結果オーライね。
アルディの顔を見て、私は少しだけ笑ってしまった。
その後、寝室の片付けに来た侍女たちがベッドに赤い染みを見つけたんだけど、それが行為の証ではなくただのアルディの鼻血だということを理解してもらうことに骨が折れたわ。
アルディとの初夜は、しばらく無さそうね。




