12話
処理が中途半端な毛皮は、獣臭がした。
香水を付けて周囲にはごまかしてはいるけど、身に着けている当人にとってはたまったものじゃないわ。
パフォーマンスとはいえ、二度とこんなことはしたくないわね。
心の中でそう愚痴りながら、今度は貴族たちと挨拶をかわしていく。
さっきの演舞が効いているのか、どの貴族も私に対してかなり引け気味。
それはそうよね。
挨拶が済むと、今度はダンス。
もちろん一番最初に踊るのは国王であるアルディと私。
アルディはさらっとマントを侍従に渡した。
アルディから差し出された手に私の手を載せ、会場の中心へと進んでいく。
楽団の奏でる音に合わせて、ステップを踏んでいく。
さすがは国王といったところかしら。アルディのリードは見事ね。
「お上手ですね」
よどみなくステップを踏む私に、アルディはそんな声を掛けてきた。
その表情は笑みを浮かべており、満足そうだ。
「お忘れかしら?これでも辺境伯令嬢でしてよ」
「先ほどの演舞が素晴らしかったものですから」
「あら、刃を振りまわす才しか無いと思われていたのかしら?」
「いえいえ、多才で羨ましい限りです」
そのまま1曲を踊り終えた私たちは、会場の中心から壇上へと戻っていく。
のどを潤す一杯を…そう思っていたところに声を掛けてくる男がいた。
「素晴らしいダンスでした。演舞も見事なものですな」
年のころは60くらいかしら?
見事な白髪を後ろになでつけ、一部の隙も無いほどに黒いスーツを着こなしている。
眼力は鋭く、エメラルド色の瞳は太陽に照らされているかのように美しい。
そしてなによりその体躯。
見上げるほどの長身で、筋骨隆々な様がスーツの上からでも見て取れるほどにすさまじい。
さて、このおじいさまはどなたかしら?
「失礼。挨拶が遅れましたな。ウェイン・ギルバート、公爵の位を陛下より賜っております」
そういって膝をつき、私の手を取るとそっと口づけをした。
しかし、片膝をついてもその見事すぎる長身のおかげで、私はまだ少し見上げるほど。
「丁寧なごあいさつ、痛み入りますわ」
「やぁウェイン、久しぶりだね。元気そうだ」
アルディがそう声をかけると、ギルバート公爵は立ち上がり、アルディへと体を向けた。
「陛下におかれましても、ご健勝でなにより。そう、何分久しぶりでございますな。わたくしめをお使いいただける機会はいつなのかと、首を長くしておりますぞ」
「はははっ、ウェインはもう歳だろう。老骨に鞭を打つ気はないんだ」
「何をおっしゃる。まだまだ若い者には負けませんぞ」
「ふふふっ、相変わらずだね、ウェインは」
「陛下も」
ハハハと笑い合う二人。
その様子はなんとも白々しいこと。
今の会話からだけでも、ギルバート公爵はなんらかの場面で働く気があるけれど、アルディは働かせる気は無いみたい。
ドリンクを受けとり、のどを潤しながら二人の会話を流し聞いていたら、不意にアルディがこちらに話を向けてきた。
「そうそう、リリス」
「はい?」
「今回の魔獣退治の褒賞、『約束した通り素晴らしいものを用意した』から、楽しみにしておいてね」
そう言ってアルディは私にウインクした。
一瞬、思考が固まった。
けど、その固まりを悟られないよう、私はあえて無邪気に声を上げた。
「まぁアルディ、もう用意できたの!?ああもう、楽しみだわ!」
「ええ。きっと君の望み通りの物だと思いますよ。君からのお願いですからね」
「嬉しいわ、アルディ」
そう言って私はアルディに寄り添った。
…それで、この茶番は一体何なのかしらね?
褒賞?
約束?
お願い?
どれ一つとっても記憶にない。
そんな話をしていないのだから当然なんだけど。
じゃあアルディからのこのフリは何なのか?
さすがにこの一瞬じゃそこまで思惑を読む余裕は無く、仕方なくアルディが望む姿を振る舞った。
どうやらその演技は合格点だったらしい。
アルディのいつもの黒い笑みがちらりと横目に映った。
はてさて、ギルバート公爵相手にどんな悪だくみを企んでいるのかしらね?
「リリス様は、宝石はお好きですかな?」
すると、ギルバート公爵もその話に乗っかるように話しかけてきた。
(う~ん…とりあえず、『贈り物好きのご令嬢』で通したほうが良さそうね)
おそらく、それがアルディが望んでいる今の私の像…なんだと思う。
はぁ、ほんとこの男の相手は疲れるわ。
ちょっとくらい話を通してくれてもいいんじゃないかしら。
あんまり面倒だと、その首へし折るわよ?
ついついこの場でアルディの首に手を伸ばしたくなったけど、それを我慢してギルバート公爵へと向きなおることにした。
「ええ。もちろん、大好きですわ」
「そうですか。我が家にも家宝とされる見事なアクセサリーがありましてな。此度の魔獣退治の褒賞、ぜひとも我が家から臣下を代表して贈らせていただきたい」
「まぁ!そんな素晴らしいものをくださるの?」
「もちろんですとも。リリス様は国の英雄ですからな」
本っ気でいらないんだけどね。
邪魔だし。
まぁしかたないわ、今の私は『贈り物好きのご令嬢』ですもの。
素直に喜んでいるように見せませんとね。
そしてしばらく談笑したあと、ウェイン公爵はその場を後にした。
壇上へと戻るアルディに私はついていきながら、そっとその首へと手を伸ばした。
はた目にはアルディの黒髪をなでるように、でもその実は…
「アルディ」
「なんですか、リリス?」
伸ばした手は、髪の中へと潜り込み、その下の首…さらにその中の骨を探るように動かす。
「あんまり無茶ぶりすると…」
そういって私は、骨にキュッと力を込めた。
アルディの笑みから一瞬余裕が消える。
「仕置き…しちゃうわよ?」
にっこりと微笑めば、アルディの顔から一筋の汗が流れた。
「…肝に銘じておきますね」