林檎
私の作品を見つけてくださってありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら幸いです。
ここに来てから何年経っただろうか。
ひんやりとした風が肌を撫で、賑やかな声が聞こえる。
今でも覚えている。
あの時の目を、あの人の声を。
もう一度出会えたなら、私は彼にこう言いたい。
「ありがとう」と。
…その日は冬の季節にしては日差しが温かく、風が心地いい所謂ピクニック日和だった。
しかしこの場所に来る者はみな同じような真剣な眼差しで、とてもピクニックに来ているようではない。
かくいう私もここにはそういった目的で来ている訳ではない。
自分の居場所を探しに来たのだ。
私は彼に連れてこられここにやってきた。
「ここがお前の新しい居場所だ」
そう、口にした彼は私に一杯の水をくれた。
私は当たりを見回して「悪くは無い場所だ」と感じた。
ここでなら幸せに生きていける気がすると思ったのだ。
翌日から彼は毎日私の様子を伺いに来た。
そして、沢山の話を聞かせてくれた。
この場所は彼の父が管理していた土地なのだそうだ。
その父は彼が19歳の時に他界しており、今この土地は彼が管理していると言う。
この土地を有効活用して自然豊かな憩いの場にしたいそうだ。
私は毎日彼に世話をされながら幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日彼は私の元に数人の子供を連れてきた。
何やら楽しげに話をしている。
きっとあの子供らにも理想を語っているのだろう。
彼は話を終えたあと私のところまで来て
「少し休憩させてもらうぞ」と言い、すぐ側に座り込み真っ赤な林檎を食べる。
子供らは元気にかけっこをしている。
いつもは彼と2人でのんびりした時間をすごしていたが、たまにはこう騒がしいのも悪くないなと思う。
しかし幾年か経ったある日を境に彼は私の元へは来なくなってしまった。
寂しくは思う、けれど辛くはなかった。
時間の流れとはそういうもので、仕方がないとさえ感じた。
それからの毎日は彼が話していた話を思い出してばかりいた。
「この場所は昔、笑顔溢れる公園だったんだ」
「また昔のようにみんなが楽しめる場所にしたい」
「この地域の人はみな離れてしまったがきっとみんな帰ってくる」
「これからはお前もここを見守って欲しい」
…私は彼のことが好きだった。
結局、そのことを伝えることは出来ないままだったが私はそれでも良かった。
毎日が楽しかったからだ。
そして彼がいなくなっても楽しい毎日をすごせている。
この景色を彼に見せたかった。
今この場所に来る者はみな楽しげな表情で、子供も大人もたくさんの人が笑っている。
ピクニックにかけっこ、読書に散歩。
きっとこれが彼が望み、私に残したものなのだろう。
私は真っ赤な林檎をたくさん実らせて、今日もこの場所を見守っている。
読んでいただきありがとうございました。
「私」の正体に気が付きましたか。