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12月26日のサンタクロース

作者: 純良

クリスマスと同窓会シーズンにこんなことがあったら・・・そんなファンタジーです。


 クリスマスも終わり、吐息が白くなるような冷え込みの厳しい日曜の朝、赤い雪は何の前触れもなく降り始めた。

 電気毛布から離れるのは辛かったが、年内最後のG1レース有馬記念の予想を読みたかったので何とかベッドから抜け出し、新聞を取りに外へ出た。玄関のドアを開け、外に一歩踏み出した瞬間、体が冷気に包まれ突然くらくらと眩暈がした。眩暈が治まりほっとして目を開けた瞬間、赤い綿帽子のような塊が次々と現れ、私の体を包んでいった。手のひらをかざしてみると冷たい赤い雪だった。見上げると真っ青な空に赤い雪が燦燦と輝いている。

「赤い雪」そのとき、ふと遠い昔の想い出が脳裏によみがえった。


 祖母は、長崎出身の敬虔なクリスチャンだった。祖父とも横浜の教会で知り合ったらしい。そんな祖父母に連れられて週末には教会の日曜学校に通っていた。日曜学校ではミサの後にスタンプをもらったり、復活祭の日には綺麗な卵が配られたり、私の記憶には楽しい思い出が残っていた。クリスマスイブの夜には、教会の聖歌隊が自宅を訪れ、凍える夜に鳴り響く讃美歌に近所の人たちは驚いたものだった。

 ある日曜日、ミサの後に子供たちは神父様からにこんな話を聞いた。

「クリスマスの後、とても寒い朝に赤い雪が降ることがあります。赤い雪を見た人は、その日ひとつだけ願いごとが叶います。赤い雪は誰にでも見えるわけではなく、神様に選ばれた人だけが見ることができるのです。でもそのことを決して誰にも言ってはいけません」


「赤い雪を見るとひとつの願いが叶う」偶然かもしれないが、その日、私の心の中には有馬記念の勝馬投票券が的中するよりも、ずっと強い願いがあった。


 前夜は小学校のクラス同窓会だった。

 会場のレストランに着くと、入口には、平和小学校昭和48年度卒業6年3組同窓会の立看板があり、緊張した面持ちで受付に進んで行った。

「こんにちは。佐伯達也です」と言って会費を渡そうとすると、見覚えがある女性がいた。

「あっ、佐伯君、久しぶり。矢崎恵美子です」

「あー、矢崎さんか、懐かしいな」

「とりあえず会費六千円いただきます。あとでいろいろ話聞かせてね」

「了解。じゃあ後で」と言ってパーティルームに入ると、すでにいくつかのグループで話が弾んでいた。

「佐伯達也です。久しぶり」と中年男子たちの輪の中に入っていった。

「えっ、佐伯?おまえ昔はもっとぷくぷくしてたよな。すっきりしたなー」

「達也は、動物好きでほんわか優しい印象だったよな」

「よく覚えてるな、そう言われてみて40年ぶりに思い出したよ」と少しずつ小学生の頃の自分の姿が記憶によみがえってきた。段々と女子も話の輪に加わり、初恋の話へと盛り上がっていった。

「達也、おまえは誰のこと好きだったの?」

「もう時効だから言うけど、佳津ちゃんだよ。今日いるかな……」と会場を見回してみた。

 その時、矢崎恵美子が小声でささやいた。

「知ってる? 佳津子ビデオに出てたんだよ。だからこういう場にはちょっと来にくいかも」

 恵美子の話に、聞き耳を立てていた男子たちも近づいてきた。

「えっ、ビデオってまさかAVのこと?」

「そうなのよ」

「いつ頃のこと?」と私はおもわず尋ねてしまった。

「何言ってんのよ、ずっと昔に決まってるじゃない」と恵美子はくすくすと笑った。

 佳津ちゃんがAVに! 私はショックだった。僕の佳津ちゃんがAV女優だったなんて。そしてそのビデオを見逃してしまったなんて。

「佳津ちゃんのビデオが見たい!」

 赤い雪は、そんな願いも叶えてくれるのだろうか?


 簡単に朝食を済ませた後、午前中は翻訳の仕事を片付けることにした。約2時間、英文のドキュメントと格闘していると頭がぼーっとして、佳津ちゃんのことが想い浮かんできた。実はこの年になっても佳津ちゃんと一緒にいる夢を時々見ることがある。いつも同じ夢だった。

 草原の中に小さなお城があり、階段を登り終わると外には上空に向けて気球が繋がっていて、佳津ちゃんとその気球の中で楽しく話をしているのだった。


「ピンポーン」そんな夢想を打ち破るように玄関のチャイムが鳴った。

「佐川急便です。宅急便のお届けです」

「今行きます」と言って玄関の外で荷物を受け取った。荷物は白い小箱で、送り主は外国の住所になっている。Merry Christmas! のシールが貼ってあった。2日遅れのサンタクロースか?

 胸に小さなときめきを感じながら小箱を開封すると、梱包材に包まれたプラスチックケースの中にビデオが入っていた。ウテナ社のアダルトビデオ白衣の天使シリーズ。

”あなたに見て欲しいの! ナオミナースの赤裸々な告白” 

 白衣をまとった色黒のスレンダーな美女が艶めかしい姿で私のことを見つめている。

「佳津ちゃんだ!」間違いない。佳津ちゃんに再会できるぞ!

 幸いにもその晩は妻の緑も娘の沙織も家にはいないのだった。

 昨日の緑との会話では、今晩二人は神戸に泊まる予定になっていた。

「高校時代の友達が芦屋でレストランを経営していて、久しぶりにみんなで集まることにしたの」と明るいキャンディイェローのスーツと黒のエナメルベルトを身にまとった緑が言った。

「芦屋に行くなら阪神ファンにはぴったりの色合いだね」と言ったが、緑から反応はなかった。

「今晩は友達が手配してくれた芦屋のホテルに泊まって、明日は沙織と神戸観光してから三ノ宮で一泊して、月曜の午後に帰ります」と緑は言って、二人は出掛けて行った。


 その日、夕方からは小雨が降りだした。冷蔵庫にある食材でパスタとオムレツを作り、夕食を済ませると、居間のグラステーブルにオン・ザ・ロックのスコッチウィスキーを置いて、部屋の明かりを暗くしてからビデオレコーダの再生ボタンをオンにした。

 オープニング音楽の後、MC役の男がマイクに口元を近づけながら「今日は現役ナースのナオミさんが働く病院にお邪魔しています。これから中に入ってみましょう」と囁きながら病院に足を踏み入れた瞬間、突然外でものすごい雷鳴が鳴り響き、家の中が真っ暗になった。停電だ。落雷があったのかもしれない。暗闇の中をブレーカーのある場所まで進み、ブレーカーを上げてみたところ部屋の明かりが再び灯った。パソコン、冷蔵庫、テレビ、ビデオレコーダと電化製品のプラグをいったん抜いたのち、差し込むと冷蔵庫はうなりだし、テレビもパソコンの電源も入った。だが、ビデオレコーダはだめだった。電源スイッチを長押ししたり、ケーブルをいじってみたがうんともすんとも言わない。ダメだ。

 佳津ちゃんも雷とともに昇天してしまった。

 テーブルのスコッチウィスキーを飲み干し、しばらく茫然としたままラジオのスイッチを入れると山下達郎のクリスマスイブのメロディが流れてきた。歌詞のように外の雨も雪に変わるのだろうか。こらえていた涙が溢れ出て止まらない。そのままソファにうつ伏せになり微睡んでいたが、やがて睡魔に襲われ寝入ってしまった。


 その晩、また佳津ちゃんの夢を見た。

「達也、どこ行ってたの? 遅いじゃない」

「ごめん、うさぎに餌やってたんだ」

「すごい風よ、でも暖かいわ。南風かな~」と言って二人は気球の中で手を握った。

 いつもと同じ夢だった。

 でも今日の夢にはひとつだけ違いがあった。気球から草原を見下ろすと、一頭の大きな虎が私のことをじっと見つめているのだった。

 夜が明けるといつのまにか雨は上がっていた。

                                (了)






最後まで読んでいただきありがとうございました。感想などお聞かせいただければ嬉しいです。

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