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インターワールド  作者: 龍岡
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体験主義

眼を開くとそこには新しい世界が広がっていた。

空は暗く、しかし空へそびえたつ建物の光で世界は煌々と輝いていた。

車のようなものが頭の上を規則的に飛び回っていた。

そこら中にアトラクティブなホログラムの広告が流れている。

人々は足早に歩き続け、声をかけようとしても人は次々と私の横をすり抜けていく。こんなにたくさん人がいるというのに、私は少し孤独を感じた。

特に何かやることがあるわけでもないので、私は大通りに沿って歩き始めた。

見たことのない装置を売っている店や、先鋭的なデザインの服が彩るショウウィンドウ、ロボットが給仕しているカフェが並び、ハイランクな雰囲気をまとっていた。

しかし少し路地に入っていくと、ペストマスクを被った者がトカゲだろうか、爬虫類を串焼きにしたものを屋台で売っていたり、何やら怪しげなものを取引していたり、鮮やかな朱や蒼のメイクをした官能的な女性がタバコをふかしながら男を誘っていたりした。路上でグロッキーになって倒れこんでいる人もちらほらいた。大通りの整然とした様子に比べて、こっちはまさにカオスだった。

この混沌のなかを歩いていると、目の端に人影が映った。建物と建物の間の狭い空間の先、そこで男が女を刺殺した。私は目を奪われた。その後男は女の頭に機械を差し込み、引き抜くと走って逃げていった。

女のもとに駆け寄っていくと、女の額には直径3cmほどの穴が開いていて、中がえぐれていた。いったいなぜ男は頭にこんな穴をあけたのだろうか。

私は男を追うことにした。


男が逃げ込んだ建物の前についた。探し出すのはそう難しいことではなかった。時間を引き戻したり、止めたりして、走る彼を歩きながら私は追いかけた。

彼の逃げ込んだのは安っぽいモーテルで、閑散としていた。

彼の部屋は2階の218号室だ。私は扉をノックした。

しかし返事がない。

もう一度扉を、今度は思いっきりノックした。


「んなんだこのヤロウ!うるせーぞ!」


中から男の叫び声がした。が、開けてはくれなかった。

しょうがない。私は扉の中の空間、すなわち彼の部屋の中に移動した。いや、君たちの表現では転移とでもいえるだろうか。

男は部屋の奥でパソコンに向かっていた。


「ごきげんよう!殺人犯くん!」


私は彼の背後まで忍び寄り、思いっきり叫んだ。

男は固まった。さっきまでカタカタ何かを打ち込んでいた手も静止した。


「お前、どこから入った。いや、俺に何の用だ。」


かなり動揺していたが、それでも冷静さはあるようだ。私は彼の手がゆっくりと懐へと移動していくのを見逃さなかった。


「そんなに身構えないでくれよ。私は別に君をどうこうしようってわけじゃないんだ。さっき女性を刺殺しただろ?そのあと何かを頭に差し込んで、君は逃げ出した。いったい何をしてたんだい?」


「そんなことを知ってどうするんだ?お前に何の関係がある。」


彼は手を宙ぶらりんにしたまま、しかし、私を警戒していた。


「私はいろいろなところを旅しているんだ。それぞれの世界には驚くべきことやショッキングなものが多い。様々な不思議なことを私は知りたいんだ。」


はっ...

男は鼻で笑った。


「なんだ、ただのサイコヤロウか。いやいや、サツじゃなくてよかった。お前みたいなクレイジージャンキーは俺と同類だ!」


何かすごい侮辱を受けている気がするが、まあ、少なくとも警戒は解けてきたようだ。


「お前、あれを見て何やってんのかわからないってことはアウトサイダーか?」


アウトサイダー?なんだそれ?


「いや、違うと思うけど。」


「まあいいや。あれは脳のチップを取り出したんだ。」


「チップ?」


「ああ、そうだよな。そこからだよな。」


彼は話し始めた。

彼によると今この世界では、チップを脳内に埋め込むことで人をモニタリングしており、必要に応じて、体内に注入されているナノマシンを用いて体調管理を行っている。さらにチップを介して外部装置と接続することで学習を行ったり、自分の記憶を外部に記録したりできるようだ。例えば、CGで再現された過去にこの町で行われたニューイヤーコンサートを何度でも最前列で楽しむことだってできるそうだ。

そんな中、一部でカルト的人気を誇る嗜好が生まれた。それが人生の追体験、及び死の追体験だ。

自分が体験していない他人の体験をわがものとし、さらにその人の死をも自分の体験としそこに没入すること。その後意識が現実に戻ると、圧倒的な愉悦を感じられるらしい。

そして彼は手ごろな人間を殺し、そのチップを抜き取り、データをサイトに投稿することを生業としているそうだ。


「お前はどうする、俺を警察に突き出すのか?」


一通り話し終えると彼は私に聞いてきた。

冗談っぽく聞いているが、眼光はいたってシリアスな鋭さを持っていた。


「まさか、僕はそんなことをしないよ。」


「そうか、まあ、いいや。さて、どうだ、腹ごしらえでもしないか。そろそろ飯時だ。」


たしかに私もお腹がすいてきたところだ。


「それはいいけど、私は金がないんだ。」


「いいぜ、夕食ぐらい奢ってやる。まあ、口止め料ってとこだ。今日のチップデータは高く売れたしな。」


彼と私はモーテルから出て、またあのごたごたした路地に入っていった。


「こっちだ。ここのヤンメンは最高にうまいぞ!」


なんだかぼろい屋台だが、確かにいい匂いがした。ヤンメンとは何だろう?


「へいらっしゃい。お、今日はダチと一緒か!」


顔や腕が切り傷だらけのこわもてのおっさんが立っていた。


「まあそうだ。おやじ、いつものを二つ!」


「あいよ!」


そう言うとおっさんは料理を始めた。


鷹の爪やホアジャオ、八角、山椒、陳皮、その他にも見たこともないスパイスを中華鍋でいためていた。そこに少し多めのごま油を加えると、スパイスの刺激的な香りとごま油の香ばしさが空間を独占した。

私はゴクリと唾をのんだ。

鍋を火にくべたまま、おっさんは寸胴に入った鶏がらスープを、チヂレ麵の入ったドンブリに注いだ。

すると今までとは違う、素朴で優し気な、それでいてしっかりとした淡白な匂いが鼻をくすぐった。

おっさんは颯爽と瓶に入った茶色いペーストを取り出した。

練りごまだ。さっきまでとは比べ物にならない芳醇な香りが強烈に嗅覚を刺激した。

そのペーストをたっぷりとスープに溶かすと、中華鍋の中身を静かにスープの上に注いでいった。


「へいおまちどう!ヤンメン2つ!」


これはうまそうだ。間違いない!


「さっ、食おうぜ!」


この言葉を最後に、私と彼は無言で麵をすすった。

うまい、悪魔的にうまい!

麺に絡みつく甘く香ばしいゴマと、舌をピリピリと焼く辛さが混ざりあい、口の中で絶妙にマッチした。この甘さと辛さが体にしみわたり、食欲をもりもり引き立ててくる。

あとからあとから箸が進む。クセになるうまさだ。

うまい!うますぎる!


プハー...

私はどんぶりをもって、スープを一気に飲み干した。


「いい食べっぷりだ!気に入ったぜ!いつでも来な。安くしとくぜ!」


たまになら食べにこの世界に来てもいいかもしれない。まあ、この世界の金を何とかしないといけなくはなるが。


「ありがとう。また来るよ。」


「ほら、おやじ、お代だ。」


彼は何もしていないが、おっさんはしばらく黙ったのち、


「毎度あり!」


そう言った。


「さ、帰るぞ。」


男は私の腕を引いた。


「金は払ったのかい?」


「ああ、チップを使えば決済できる。」


なるほど全く便利な世の中だ。

私は立ち上がった。


「どうだ?うまかっただろ?」


「ああ、本当にうまかった。何か本能に訴えかけてくるうまさだったよ。」


「そうだな。」


彼は笑った。



私と彼はモーテルへの道を歩いていた。


「俺ちょっと小便。お前はここで待ってな!」


彼はそういうと裏の細い路地に入っていった。

こんな近未来的な世界でもたちしょんの文化はあるんだな。

そんなことを思いながら私は建物に寄り掛かって待っていた。


おそい。もう10分ほどたった。まさか野糞までしてんのか?

そんなことを思いながら、男が入っていった路地裏に入っていくと、彼がうつ伏せに倒れていた。


「おい、どうしたんだ!」


彼を起こすと、白目をむきながら涎を垂らしていた。

胸には刺し傷が、額には3cmほどの穴が開いていた。


一瞬驚いたが、すぐに何が起きたのかを私は察した。

そう、彼も同じように標的にされたのだ。

彼の体験や死はネットの海をさまよった果てに一体誰に追体験されるのだろうか。

しかしあのヤンメンの客は増えそうだ。

私は冷静にもそんなことを考えてしまった。

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