グルメ
眼を開くとそこには新しい世界が広がっていた。
私はこの世界のちょうど人がたくさんいる街に出てきた。
お昼時なのだろうか。どこからともなくとても美味しそうな匂いがする。
少し食事でもしようか。そんなことを考えたが、金がなかった。
「やあ、君はあまり見ない顔だけど、どこから来たんだい?」
声の主は僕より少し年下の女の子だった。
金髪で目が少し大きな、それでいて鼻のあたりに少しそばかすがあった。
グー...
お腹が鳴った。はっ恥ずかしい...。
女の子はにやりと笑うと、
「うちはレストランやってるんだ。皿洗いしてくれるなら、ご馳走するよ!」
おお、なんとありがたい!棚ぼたとはこのことだ。
「本当かい?ぜひ行かせてもらうよ。」
僕は彼女についていった。
レストランにつくと、まずは腹ごしらえをさせてくれた。
出てくる料理はほっぺが落ちるどころか、目玉が飛び出るほどおいしかった。
前菜は3種のオードブルだった。塩気のきいたクリームを挟んだメロンのマカロンに、オニオンとオリーブのペーストのタルト、それとミニトマトのキャラメリーゼであった。一口サイズのタルトには、トリュフの風味が利いた塩がかかっていた。
次に、濃厚で甘味の強いコーンのポタージュが、
そしてパスタ料理としてはラディッキオを使ったラザニアが出てきた。
口直しには竹のシャーベットが、これはとても意外性のある味で、ほろ苦さの中に優しい甘みを感じた。
メインはラタトゥイユで、濃厚な野菜のうまみが口いっぱいに、滝のように流れた。
最後のデザートはフルーツの盛り合わせだった。
どれもこれも素晴らしい味で、食事で心が躍る体験を私は初めてした。
ただ一つ気になったのが、全て野菜や果物、パスタばかりで、肉が全く使われていないことだ。メインに関しては、肉料理を期待していただけに少し物足りない感じもしたが、それを含めたとしても素晴らしい食事だった。
私は食事を終えると、皿洗いをしに厨房へと向かった。
そこには僕を連れてきた女の子と、男が料理を作っていた。
「ごちそうさまでした。本当においしかったです。今まで食べてきた中でも一番おいしい食事でした!」
本心からそう思った。これほど料理人を愛おしいと思ったことがこれまであっただろうか。
女の子はこっちを見て、にっと笑った。
「本当?それはよかった。でも、ここらへんじゃ普通の店なのよ。こんなレベルじゃまだまだお客さんはたくさん入らないわ。」
そんなにここの世界の人はみんな口が肥えているのか。もう少しこの世界で色々食べていこうか。そんなことを考えながら私は食器洗いを始めた。
「そういえば...」
僕は手を動かしながら聞いた。
「その男の人がここのシェフかい?」
「ええ、私のお父さんなの。私もいつかお父さんと同じ料理人になって、お父さんよりもっとおいしい料理を作れるようになりたいの!」
彼女は楽しそうに言った。笑顔がかわいい。
料理ができる女の子って素敵だな。もし結婚するならこんな子がいいな...
なんてことをかんがえていた。
「もう今日はいいわよ。皿洗いありがとね。」
彼女が声をかけてきた。
気が付くと窓の外は暗くなっている。どうやらこの世界はちゃんと昼夜があるようだ。
「あなた、行く場所がないならうちに泊まっていいわよ。お父さんもいいって言ってたし。」
これまた私はラッキーだ。まあ、寝る場所ぐらいならどうとでもなるが、かわいい女の子が誘ってるんだ。私もやぶさかではない。
「本当にいいのかい?なんだかそこまでしてもらうのは悪いなー。」
「いいのよ。ただ、できれば聞いてほしいお願いがあるんだけど...」
何だろう。彼女のためなら何でもやってやろう!私は男だ!
「明日のお祭りでお店はたぶんすごい混むから、また明日も手伝ってもらえないかな。人手が足りなくて。」
『お祭り』が何か気になったが、別にそこまで興味があるわけでもないので私は快諾した。まあ、本心を言えば、彼女と店を抜け出してその祭りとやらに行きたかったのだが...
お言葉に甘えて彼女の家に行った。
その日店で使い切らなかった野菜を使って彼女は少し遅めの夕食を作りだした。
「お料理の練習で、夕食はいつも私が作ってるの!」
無邪気に笑う彼女を見て、頬が熱くなった。
もちろん夕食は素晴らしくおいしく、私は幸せな気分で完食した。
「ところで...」
私はずっと疑問に思っていることを聞いた。
「なぜ肉を食べないんだい?いや、そもそも肉ってわかるかい?」
どうなんだろうか。この世界には肉を食べるという考えはないのだろうか。
女の子は悪戯っぽい笑みを浮かべ、
「もう、君って本当に食いしん坊なんだね。明日のお祭りで食べられるじゃない!」
あ、普通に肉も食べるのか。こんなにおいしい料理が食べられるところなんだ。きっと肉料理は最高なんだろう。
「へー。そのお祭り以外では肉は食べないの?」
僕の問いに彼女はきょとんとした。
「へっ?そんなに食べてたら大変なことになっちゃうわ。」
何が大変なのだろう。でも、そんなことよりも彼女のきょとんとした顔がかわいかった。
「ねえ、起きて!もう朝よ。お祭りが始まるわよ!」
寝ぼけた眼をこすっていると、彼女の顔が近かった。
「うぉ!お、おはよう。」
心拍数が一気に倍ぐらいに増えたような感じがした。
「さあ、早く支度して!祭りに行くわよ!料理の下準備はもう済んでるから、とりあえず祭りに行きましょう。」
私は神なんて人が作った虚像だと思っていたが、今日ばかりは神に感謝した。楽しいデートをありがとう神様!
支度が終わると、私は彼女と町の中心に向かった。いったい何の祭りなのだろうか。
まあ、どんな祭りでもいい。彼女と一緒ならルンルンルンだ。
しかし、街の中心につくとそんな気分は消し飛んだ。
そこには高台に立った10人ほどが見えた。全員、異様に震えている。
彼らの首からなんだかひものようなものが上に伸び、それが固定されていた。
不意に彼らの体が台から落ちた。が、地面に落下せず、宙ぶらりんに漂った。
もがく。もがき続ける。そして、しばらくすると、動かなくなった。
まさかこの処刑ショーが祭りとでもいうのだろうか...
「さあ、行くわよ!」
彼女が僕の手をつかんで、絞首台の方に歩いていく。
彼女に手を握られているのに、なぜか全くドキドキしなかった。いや、正確には握られる前からすでにドキドキしていたのだ。
絞首台の下にいる男に彼女は手に持った紙を見せながら言った。
「私はニーナ、父の代理できたわ。3番よ。」
「そうか。3番と言うとこいつとこいつか。うまく料理しろよ!」
そう言うと男は2つの死体を持ってきた。
「じゃあ、あなたはこっちを持ってくれる?」
彼女が片方の死体を渡してきた。
「え?ああ、うん。」
私は面食らって、何も考えられなかった。
レストランに帰ると、彼女の親父さんがいろんな道具を出して待っていた。
のこぎりにハンマーとノミ、それにメスのような刃物、特殊な形をしたハサミ、他にも物騒なものがたくさんあった。
「お前さんは火の番をしててくれないか?私とニーナはこれの解体をする。」
「わ、わかりました。」
そういうと私はそこから逃げるように火をくべた鍋の方に向かった。
後ろからはぐちゃぐちゃという音が響いてきた。
「よし、坊主!こっちに来てくれ」
親父さんに呼ばれた。
「お前、料理は?」
「で、できません。ごめんなさい!」
俺、なんで謝ってるんだ?
「そうか。じゃあ、配膳を頼めるか?」
「わかりました。」
私はただわかりましたとしか答えられなかった。
暫くすると、店中に美味しそうな匂いが満ちてきた。
客も続々と店に入ってきた。
誰もかれもがわくわくした面持ちで料理を待っている。
昨日と変わらない、おいしそうな料理を私は運び続けた。
前菜、スープ、パスタ、口直しのシャーベット...
そしてついにメインディッシュ。
厨房に行くと、鮮やかな褐色に輝くステーキがたくさんの皿にのっていた。
ステーキだけではない。皿によってはハーブの香りが付いたソーセージや、リブステーキ、ハンバーグもあった。中にはそこの深い皿に盛られた、内臓のトマト煮込みもあった。そして一番異様だったのが、オイルでソテーされた脳みそだった。
もう私も感覚がマヒしていた。ただ皿を客の前に運んでいった。
客が一通りはけたあと、私は店の椅子に座って休憩していた。
「お疲れ様。本当に今日はありがとうね。」
「いや、いいんだ...」
「どうしたの?元気ないね。まだお肉残ってるから食べる?」
彼女は優しく僕に語り掛けた。
「いや、いい。それにしてもなんで人なんて食べるんだい?」
僕は疲れすぎて、適切な質問の仕方が思いつかなかった。
もう直接聞いてしまおうと思った。
彼女は昨日と同じようにきょとんとし、
「なぜってあの人たちは選ばれたからよ。」
彼女は言った。
「選ばれた?」
「ええ。あなた、そんなことを聞くなんて本当に遠くから来たのね。私たちはおいしいものを求めているの。そして、おいしいものを作るには、食材をしっかりとこだわる必要がある。これは大丈夫かしら?」
まあその通りだろう。
「よいものを与えたものは、それだけいいものになる。このお店の野菜も、いい肥料、いい土、いい水で育てられているわ。」
なるほど、そのとおりだ。
「だからね、そんないいものを食べている人間は一番おいしい食材になるのよ。」
ん?
「それで、祭りの時に、それまでたくさん良いものを食べてきた人を料理して食べるの。いい食材に感謝しながら。」
彼女は屈託のない笑顔で笑った。
「だから一緒に食べましょう!おいしいお肉を!」