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君と歩いた、ぼくらの怪談 第2部  作者: tempp
第6章 小さいさんの贈り物
8/21

小さいさんと僕の友達

 その頃、新谷坂山の山頂からは幻想的な光景が広がっているのが見おろせた。

 新谷坂の町の中心に直立する緑色の巨大な大蔦の天頂にはそれにふさわしい大きな花が乗っていた。直径10メートルはゆうに越えるだろう。遠くからは一見薔薇や牡丹の花のようにもみえるが、その花弁の1枚1枚は多くの色をもった繊維の集合体である。さらにもしよく見ることができれば、その繊維の1つ1つが様々な色の人の腕が組み合わさって構成されていることがわかるだろう。それがまるで手をふるように揺れていた。

 そしてその花を構成する巨大な萼の1枚に坂崎安離が座って歌を歌っていた。

 あの遠くからも禍々しく聞こえていた木霊の呪歌をかき消すような、妙な歌。その歌は音という物理的な観点からは甚だ小さいものであっても、そこから広がる振動は空気を震わせながら新谷坂一帯に広く深く浸透していった。まるで残存している木霊の因子を全て枯らし尽くすかのように。


「サカザキは人間なのか?」


◇◇◇


 蔦の天辺はちょっと寒かった。

 ここはたくさん風がひゅうと吹いている。とても高いけどお空にはちょっと届かない。手を伸ばしてもだめだなぁ。雲ももうちょっと上の方。残念、届かなかった。

 またとても強い風が吹いた。

 蕾の端っこをしっかり持っていないとピュウって飛んでいってしまいそう。それはそれで面白そうだけど、やってみようかな。でもお花が咲くのを見ていたい。それに東矢君にお願いされてるしね。だから飛んでいくのはまた今度。

 これは神様のお花。だから咲くときっといいことがある。

 今、東矢君がお花にご飯をあげている。お腹がいっぱいになったらお花が全部咲く。楽しみ。


 ここはとても高いから結構遠くにちょっとだけ神津湾が見える。お日さまはまだ水平線の近くにいて、その海の底にある大きな影を照らしている。あの影もきっとこのくらい高くないとよく見えないんだろうな。はじめて見えた。場所もばっちりわかったぞ。竜宮城ってあんな感じなのかな。

 夏休みになったらハルくんと東矢君と一緒に海水浴に行こう。

 それで大きなタコを捕まえてたこ焼きを作ると楽しそう。

 その時、蕾からどくんどくんと振動が聞こえてきた。少しずつ蕾が膨らんできた。スマホから声が聞こえる。


「アンリ、そろそろ東矢が限界だ。まだなのか」

「うーん、そろそろ大丈夫、かな」


 そういうと、最後にぱふんと花が震えて時間が止まった。

 神様が咲く。ふくりと神気が満ちる。けれどもこれは真なる神様ではないから神気は途中で崩壊してしまう。もし本当に神様が咲いて花がここに固定されたらどうなってしまうんだろう?

 でも残念ながらこのお花は本物の神様じゃなくて本物の神様の端っこだったから、耐えきれずに咲いた瞬間から形が保てなくなって、花びらの端っこからパラパラとちぎれて飛んでいく。たくさんのピンク色の人の欠片。それがふわふわ細かくちぎれて、たんぽぽの綿毛みたいに風にのって飛んでいく。

 風に乗ってすぐ近くの新谷坂山やその西にある緑色の籠屋山を超えて、それからくるくると舞った欠片は北の神津を超えてその北隣の県に、反対側に散った欠片は山脈に沿って南の石燕市の方にも流れていく。ピンク色に染まった風が線を描くようでとてもきれい。


「東矢君、ありがとう。お花が今咲いてるよ。すっごくきれい」


 でもこの欠片は落ちたところで新しく芽が出る可能性があるみたいなの。東矢くんはそれが嫌なんだって。

 だから全部集めないと。


『かやのひめさま、くさのおやかやのひめさま、そちらにまいりますくくのちのかたはれはこのあらやにねむるべきもの。まよいおちましたらふいておかえしくださいますよう』


 崩壊のスピードが早まっていく。大きくばふんと花が割れる。

 ピンク色の人の形をした花弁は空気に触れたそばからハラハラと風にとけて四方に舞い散っていく。ピンク色の風はやがて朝の光に溶けて雲になって、とってもきれい。東矢君ありがとう。

 そのうち花びらは全部散り去って、最後に実のもとができた。茶色くて、中に赤ちゃんが入っている。でもこれが発芽したらハルくんと東矢君と遊べなくなるんだって。だからおうちに帰ってね。


「ねえ、小さなくくのち。私と東矢君はあなたにたくさんご飯を上げたの。だから私に、いいことがありますように。ちゃんとお礼してちょうだいね」


 その瞬間、私の声に答えるように実はうっすらと透明になって私に何かが入ってきた。それをそのまま東矢君から預かった細いたくさんの糸の束に引き渡す。これでこのくくのちの力は東矢君を伝わって新谷坂の中に帰るはず。

 えへん、一件落着!

 そう思った瞬間、ぐらりと足下の萼がゆれた。

 おっとと、くくのちが全部消える前に急いで下におりないと落っこちちゃう!

 んしょんしょ。


◇◇◇


「ぐッう」


 キラリと一瞬上空が光って風が巻き起こり、大量のエネルギーが降ってきた。

 最初の一撃を胸に穿たれて一瞬僕の体が地面を跳ねたあと、それは光の矢のように次々と降り落ちてきてドガガと僕の体を地面に縫い止め、僕を通過して呪いの中に戻っていく。そのエネルギーはまるで流星群が僕に向かって降って来た。その勢いに隙間はない。

 精神的なものではないので痛みはない、だけど、その振動で何かが削られていくような、余波で体が細切れに、バラバラに刻まれていくような感覚。物理的なものではないので苦しくはない、けど、面制圧。滝に打たれているような、強い衝撃。あまりの衝撃で息ができない。そんな言葉が跳ね返る。縫い留められて身体はピクリとも動けない。


「大丈夫か!?」

「だい、じょ、ぶ」


 心配そうな藤友君になんとか答えを返す。


「動かしたほうがいいか?」

「こ、のま、ま、で」

「東矢君はここにいないとだめなんだよ」


 かすかに動く目線だけで確認すると、ほとんど透明になった蔦を伝って坂崎さんが天空から降りてきていた。ふわりとワンピースの裾が広がっている。よかった、スパッツ履いてた。そうじゃなくて。


「よ、と。はい、返すね」


 華麗に着地してそのまま坂崎さんは横たわって動けない僕の上に手を乗せる。坂崎さんに預けた糸が僕の手に戻ってきた。


「これで全部東矢君に帰るから」

「うん、あり、がと」


 どかどかと降ってくる光の矢の勢いが少しずつ衰えてきた。というか、エネルギーが戻ってくるとは聞いたけど重力が加わるとか聞いてないよ。エネルギーってなんなのさ?

 これは僕が木霊に供給した封印のエネルギー。それを坂崎さんが木霊から全部取り返したもの。僕を通って昇っていったときと同じように僕を通って封印に返す。

 そしてそれが矢のような流線型からパラパラとした光の粒になるころ、もう蔦はほとんど消え失せていて、ふわふわと茶色い何かが空からふってきた。それを坂崎さんがふわりと受け止める。


「坂崎さん、それ何?」

「実だよ~」

「えっ大丈夫なの?」

「大丈夫だよ~」


 僕は急いで起き上がろうとして、ふらついたのをすかさず藤友君が支えてくれた。


「大丈夫か?」


 心配そうな藤友君の肩をかりて何とか起き上がる。

 ちょっとまだくらくらするけど、大丈夫。体は筋肉痛以外は多分なんともない。僕は通過しただけだから。なんだか立ちくらみとか車酔いしたときみたいな気持ち悪さはあるけど。


「はい、どうぞ」

「えっあれ?」


 実を受け取る。持てた。なんで?


「俺が持とう」

「藤友君見えるの?」

「あ、ハルくんはだめ」

「なんでだ?」

「このこ神様だもん。ハルくん気持ち悪いでしょ」

「そうか」


 どゆこと?


「俺は不浄だから神社とか神様とかには嫌われるんだよ。神社入れなかっただろ」

「不浄なの?」

「そう、呪われてるから。深く考えるな。グループ分けみたいなもんだ。相性が悪い」

「で、僕、なんで実に触れるの?」

「実だからじゃないの?」


 よくわからない……。


「考えても仕方ないだろ。それより早くそれを封印しにいこう」

「そうだね。ありがとう。坂崎さんも」

「どういたしまして~。お花見れて嬉しかった、ありがと」


◇◇◇


 それから僕は実を抱きかかえて藤友君の漕ぐ自転車の後ろに乗せてもらって新谷坂の下まで行き、自転車を押す藤友くんと並んでぱんぱんの太ももでなんとか坂を登って寮に自転車をおいて一緒に山道に入った。

 その間やたらクラスメイトに話しかけられたけど、藤友君が全部追い払った。藤友君がいないと誘惑に負けていたかもしれない。ああでもこれを封印したらまた友達は3人に戻るのか。ちょっと残念。

 山道を並んで歩いていると藤友君が遠くの籠屋山を眺めながらつぶやいた。


「お前はわきが甘すぎる」

「うう、反省してる」

「してない」

「うう」


 まぁ、うん。心当たりが多すぎる。どうしたらいいんだろう。わきが甘いっていわれても。


「あと、また薄くなった」

「そうかな」


 自分の胸に手を当てて封印の奥の僕を観察する。割合的には特に変わってはいない気はするんだけど。


「どういう状態なんだ」

「ええと、僕の半分ちょっとが封印の中にいるんだ」

「それは出せないのか」

「うん、出すと僕の場所がバレちゃって、封印から出た怪異が僕を殺しに来るらしい。出ちゃった怪異を封印できるのは僕だけだから」

「あっという間に死にそうだな」

「やっぱそう思う?」

「間違いない」


 そっか。やっぱり。困ったな。


「もとには戻らないのか?」

「僕を殺しにくる妖怪を全部封印すれば外に出ても大丈夫になる」

「どのくらいいるんだ」

「よくわかんない」

「あのネコはわからないのか」

「ニヤは何が外に出たかは把握してる。でもそれが隠れていたら、どこにいるかはわからないんだ。だからいつも新谷坂を探し回ってきてくれている」

「ふうん、難儀だな」


 藤友君は顎に手をあてて考え込んでいる。


「あのね、僕、このままだと薄くなってなくなっちゃうみたい」

「やっぱり」

「やっぱり?」

「ああ。だんだん薄くなってる気はする。少しずつだが」

「見てわかるものなの?」

「気配かな。見た目は普通。なんとかならないかな」

「心配してくれるの?」

「一応」


 嬉しいな。でも、どうしようもないんだ。

 逃げ出した怪異を全部捕まえる自信は正直ない。

 捕まえたいとは思っているんだけど。

 だからなんとなく、僕はそのうち消えてしまうんだろうっていう気がしている。


「東矢には覇気が足りない」

「覇気?」

「そう、俺も呪われていて油断すればすぐに死ぬ。だが俺は簡単に殺されるつもりはない。だから東矢ももう少し頑張れ」

「うん、わかった」


 覇気ってどうしたらいいんだろう。

 そんな話をしていると、神社の石段を登りきる。

 藤友君とはそこで別れて僕は封印のある神社の古井戸を降りる。実は先に井戸に落としたけど大丈夫だった。さすが神様、丈夫。

 井戸の底にある封印のふたの上でそっと実を落とすと、ぷくぷくとゆっくり静かに封印の水底に沈んでいった。


「これなる返還により、主との縁は解消された。今ここよりは我が封印にて守られる」


 ニヤが厳かに告げる。

 封印の底を覗くと僕が横たわっていた。

 ここに僕が半分以上いるから僕は無事。外に出たら殺される。

 でもこの状態のままだと僕は消える。あと3年弱の間には。

 一応、その前に僕の全てを封印するという選択肢もある。でもそうすると僕はずっと目覚めないかもしれないし、遠い先に目覚めるかもしれない。もし目覚めたとしても僕の知り合いはもう誰もいないだろう。ナナオさんも、藤友君も、坂崎さんも。


 井戸をよじ登って外に出る。足はパンパンだけどなんとか頑張る。上り下りを続けているから最近筋肉自体はついているような気はするんだけどどうなのかな。

 藤友君は鳥居のところで待っていてくれた。まだ時間はお昼。お腹がすいた。石段の上からはいつもと変わらない新谷坂町が見えた。よかった。きっともう、大丈夫。みんなの命は守られた。


「藤友君おなかすいた」

「じゃあなんか食いに行くか」

「うん、ラーメン食べたい」

「悪くないな。……それから東矢、妖怪集め手伝ってやる」

「えっほんと!?」

「だからお前も俺を手伝え」

「藤友君を?」


 正直僕は足手まといじゃないだろうか。


「俺は夏休みは毎回死にかける。付き合ってやるから付き合え。やばくなってたら助けろ」

「う、うん、僕でよければ」


 そして僕は藤友君と夏休みを過ごすことになった。

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