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君と歩いた、ぼくらの怪談 第2部  作者: tempp
第6章 小さいさんの贈り物
7/21

神様のおなかの中

 夏とはいえ夜明け前。涼しい風が自転車を漕ぐ僕の頬を撫でていた。

 僕は親の転勤で転校続きで、でも引越し先はだいたい都市部だった。だからこれまでの夏の夜はコンクリートの放射熱で結構じりじり暑かった。でも新谷坂は住宅地だけど山や畑、川に囲まれていて夜はすうと温度が下がって心地いい。

 見上げると南西の方角から天の川がまっすぐあがり、そこにかかる夏の大三角形。今日なら彦星も川を渡れそう。この間、新谷坂山の上から見た時は大三角形は北東のほうにあったのに、いつのまにか山際に近づいている。夜空って不思議。


 それで僕らは新谷坂をぐるぐる回った。4時近くになったころには東の空の足下が少し白くなっていて、天の川はすっかり姿を消して大三角形がかすかに光るくらいになっていた。さすがに2時間も自転車をこいでたから僕はクタクタで、途中で栄養ドリンク買って飲んだけれどもう太ももとふくらはぎがぱんぱん。

 でも多分あと1時間まわれば新谷坂町の木霊は全部刈り取れそうな勢い。坂崎さんはフンフンと鼻歌を歌ってごきげんだ。でもお腹が空いたってことだから僕はコンビニに入って朝ごはんを買うことになった。自転車を駐車場に止めて、僕は目前となった木霊の木を見上げた。夕方の誰そ彼時と同様、明け方の彼は誰時にも僕はこの怪異の姿が見える。


 新谷坂山上から眺めた時もずいぶん大きかったけど、真下近くからの眺めはべらぼうだった。みちみちと茶色と緑色の蔦がきつく絡まり合い、天にずどんと伸びている。雲がない分遠近感がさっぱりわからない。

 見上げるほどに首は痛くなり、思わず後ろにひっくり返ってしまいそう。息を呑む。天辺はもはや霞んで見えない。ユグドラジル? そんな言葉が思い浮かぶ。ここから枝葉を伸ばすなら地平線の全てを覆ってしまいそうで、その先は別の世界に繋がっている予感すらする壮大さ。その向こうに感じる茫漠とした異なる空間の広がり。

 これ、本当に神様なんだ。伊邪那岐と伊邪那美が11番目に産んだ久久能智神。そして、この蔦の1本1本が新谷坂の町の人につながっていたんだ。その全てのエネルギーを吸い取るために。


 それから僕が感じた達成感。

 昨日の夕方、新谷坂山の上から見えた四方八方へ伸びていた蔦はそのほとんどが刈り取られ、残りは中心部だけになっていた。これ、倒れないよね? これ、倒れないよね? ちょっと不安になってきた。ジャックだと豆の木は倒れたんだっけ。

 そして後ろを向いてさらに混乱した。僕の自転車の後ろには坂崎さんが乗っていたはずなのに、代わりにでかい苔玉のようなものが載っていた。これが坂崎さんが刈り取った木霊の蔦。中から坂崎さんの声がする。


「えへん、東矢君、かわいいでしょ」


 これ、坂崎さんなの?

 坂崎さんは蔦で覆われてまんまるになっていた。蔦の表面に触ろうと思ったけど僕には触れずすり抜けた。

 コンビニでおにぎりとサンドウィッチを買って直径2メートルサイズの緑の巨大な苔玉と車止めに並んで座る。


「それにしても大きいね」

「お花も大きいよ」

「咲いたらどのくらいの大きさになるの?」

「このコンビニくらいかな」


 大きすぎるでしょ。

 手を伸ばすと蔦の内側にサンドウィッチが収納される。


「坂崎さんは花が咲いたらどうしたいの?」

「奇麗だよ?」

「見るだけ? 花が咲いたら何かあるとかじゃなくて?」

「奇麗でいいじゃない?」


 そっか。だから坂崎さんなのか。この巨大な木が見えてしかも単純にそんなことを思えるなんてすごい。

 だいぶん日も登ってすっかり明るい午前5時。

 30分くらいで残りを回り終えて最後に木霊が生えている公園にたどり着いた。僕が最初に男の子に話しかけた公園。


 ニヤは何も言わなかったけど、木霊を育て始めたのは僕だった。普通の人は木霊が見えないし触れない。だから普通の人の間で単純に何かを贈りあっても木霊にエネルギーがわたることはない。木霊に捧げる意思と木霊が受け取る意思が必要なんだ。

 でも僕が男の子を見つけてしまったから僕から男の子と男の子のお母さんに木霊が絡まった。木霊が絡まった僕に何かを贈ること。それは木霊に贈り物をするのと同じことで、飴玉と引き換えに2人に最初に根を張った。とても優しそうな親子だったのに、僕が木霊を植えてしまったんだ。

 同じように木霊は中原君や八木島君に渡っていった。それからどんどん広がって、町の全てに行き渡った。

 この怪異は僕のせい。だからこの怪異は僕が何とかしないといけない。なんとかするのは坂崎さんではあるんだけど。


「じゃあはじめようか」


 新谷坂の真ん中の小さな公園で藤友君が待っていた。まだ早朝で他に人はいない。そしてその公園は蔦の起点。遊具や木々を飲み込んで、敷地いっぱいに蔦が広がっている。


「それでアンリ、どうすればいいんだ?」

「とりあえずお花見てくるから東矢君はそこにいてー。ご飯もあげてくるから」

「見てくる?」

「登ってくる〜」


 止める間も無く坂崎さんは垂れた蔦の一つを引っ張って、太い蔦に足をかけてよいしょよいしょとよじ登っていく。木霊の木はたくさんの蔦が巻いてできてるから足場は多い。


「アンリが空を飛んでるぞ。今までで1番人間離れしてるな」

「僕にはくすだまが空を上ってる様にしか見えない」


 これが山林の気から生じるスダマなのかな。それから疫病を運ぶ精霊風、幸運を運ぶケサランパサラン。


「東矢、準備はいいのか?」

「そうだった」


 僕と藤友君は木霊の蔦の内側に入る。触れないから入れる。坂崎さんは触れるから入れない。必要十分な役割分担。木霊の中は毛糸の帽子のふちのように広がっていて、真ん中にぽっかりと空洞があった。蔦の影になって少し薄暗い空間。湿った緑の濃い香り。あれ? どうして僕は見えたままなんだ? 彼は誰時の魔法の時間は終わったはずなのに。そう思って見上げると、蔦で編まれた太いチューブの中にいるようで、どこまでも緑色の絡まる空洞が続きその果ては見えなかった。ここは神様のお腹の中だ。


 僕の半分は新谷坂の封印の中にいる。僕は新谷坂の封印にいる僕と封印の糸で繋がり、その僕につながった糸の先とこの木霊の中心が繋がっている。これを一直線に配置する。いま木霊はどこからも栄養を得られない状態、このまま放っておけば枯れるけどそれじゃ坂崎さんは協力してくれない。だから花だけ咲かせて回収する。そのエネルギーは新谷坂の町の人じゃなくて封印の力を使う。

 封印には怪異を封印するための力が満ちている。その力が少し減るけど、一時的なら影響は少ないらしい。コップのかさが目減りするけど、その部分は僕が春に封印に穴を開けた量くらいで、すでに今は何も封印されていないところだから問題はないらしい。そしてこれは封印の糸を紡ぐ僕だからできること。


 ニヤに聞いた話を思い出す。

 前に木霊を封印した鬼はもっと小さい時に刈り取ったって聞いた。ニヤはその鬼が嫌いなのかあまり詳しくは教えてくれなかったけど、その鬼はもういないのかな。鬼ってどのくらい生きるんだろう。もし今もどこかにいるなら僕も手伝ってもらえないかな。でも僕にも手伝ってくれる仲間がいる。藤友くんや坂崎さん?

 そんなことを考えていると、スピーカーにしていたグループ通話から声が聞こえた。


「東矢君、天辺まできたよ〜」

「うん、大丈夫、じゃあ始めるね」


 封印の底の僕とコンタクトを取る。

 封印の僕が周辺のエネルギーを集めて糸を通して力を送る。たゆたゆと温かい何かが僕に絡まる蔦を通って上に登っていく。そうすると、その近くにある蔦が薄い緑にぽぅと発光して、同じ用に光の筋がたわたわと上空高くに登っていく。その束が一本ずつ増えていき、木霊の内側は薄い緑色に発光した緑の光ファイバーに包まれたようになった。筋繊維の内側みたいだな。


「東矢君いい感じ〜」

「こっちはすげぇ嫌な感じだ。頭が痛ぇ」

「中からは外がどうなってるのか全然わからないよ。花が完全に咲く前に教えて、止めるから」

「その前に俺が止めそうだがな」

「大丈夫だよ、多分」

「お前の『多分』が大丈夫だったためしがない。今も顔色が悪い」


 うう、そう。僕は木霊にエネルギーを吸い取られている。僕の力じゃないけれどもその膨大な力は僕を通過してほわんっほわんと空に上っていく。でも僕としては、なんかだお腹いっぱいのところにご飯を詰め込まれてて吐き出しているような気持ち悪さ。その気持ち悪さは発光する蔦が増えるごとに倍加していって。ちょっともう気持ち悪くて動けない。

 僕が本当に無理そうになったら藤友君が担いで蔦の中から出す。それでエネルギーのラインは切れる。多分坂崎さんもキレる。でもおそらく坂崎さんは完璧な幸運を持ってるから、ギリギリ間に合いはするんだそうな。けれどもその時僕が動けなくなってる可能性はあるから、万一のために藤友君が待機してくれている。なんだかよくわからないけどありがとう。


「アンリ、そろそろ東矢が限界だ。まだなのか」

「うーん、そろそろ大丈夫、かな」

「東矢、大丈夫か」

「う、なんと、か」


 僕の合図で封印のエネルギー供給が消える。最後に蔦は僕のエネルギーのほとんど全てを吸い取って、僕の近くから上空にすっと最後の光の輪があがっていき、ぱっとまわりが暗くなった。

 もう、全然動けない。僕の体が地面に縫い付けられたよう。でも、多分しばらくすれば大丈夫、かな。


「東矢君、ありがとう。お花が今咲いてるよ。すっごくきれい」


 そう、よかった。実は、ちゃんと、お願いね。

 藤友君が僕の脈をとっている。大丈夫だから。


「東矢、まだだ、まだ起きてろ」

「う、ん」


 そう、僕は最後に実を封印に返さないと、いけない。

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