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君と歩いた、ぼくらの怪談 第2部  作者: tempp
第6章 小さいさんの贈り物
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天まで登るこの緑

 ニヤと相談してわかったこと。

 木霊は花が咲いて暫くすれば実をつける。花が枯れて実を作る過程で根を張った事物のエネルギーを全て回収する。つまり根を張られた新谷坂の住民は全てのエネルギーが回収されて死んでしまう。僕にも少し根が張られていたけど、それは坂崎さんが引きちぎったらしい。あの封印と繋がる糸ごと。

 その後、坂崎さんは僕に木霊を帰した。けれどもそれ以降、僕はお礼を受け取っていないから新しい根は張られていないらしい。藤友君は変なものは断るから当然張られていない。そういう人は少数いて、生き残るそうだ。

 知らない間に僕は坂崎さんに助けられていた?


「お礼言ったほうがいいのかな」

「いらないし意味はない。アンリはそのほうが面白いと思って勝手にやっただけだ。そもそもこっちの礼なんぞ聞いちゃいないよ。そういう生き物だ」

「坂崎さんが何なのかよくわからないよ」

「気にしたら負けだ」


 ともかくあの木霊に触れるのは考えられる限り坂崎さんだけ。ニヤは接触はできるけれども木霊のほうが強いらしくて逆に木霊に取り込まれる恐れがあるらしい。それで封印のある神社に籠もるって言ってたのか。

 そうすると坂崎さんになんとかしてもらうしかないのかな。

 そんなことを話していたら、太陽が籠屋山(かごややま)に差し掛かって入道雲の下のほうが少しオレンジ色に染まってきた。新谷坂山のすぐ西の籠屋山は標高が高くて、早い時間に太陽がその後ろに隠れるから新谷坂の夕方は他より早い。けど今日みたいな晴れた日は明るさがしばらく残っていて、太陽は見えなくなるけど空が長い間幻想的なオレンジ色に染まっていることがある。ニヤは正面の石段の先、新谷坂町を指し示す。


『今なら見えるか?』

「俺にはさっぱりだな」


 僕はその時、新谷坂町の真ん中から立ち上る巨大な蔦が見えた。目を東に映すと見える、16階建ての辻切(つじき)ツインタワーより遥かに大きい。おそらく50メートルはゆうに超えている。町中の至るところから細い蔓が伸びて新谷坂町の中心で太く固く絡まり、雲までは届いていないけど、まるでジャックと豆の木のように天をつかもうとしている。そしてその天辺で蕾みたいなものが膨らんでいた。

 そのスケールに声が出ない。開いた口が塞がらない。

 ただただなんか、凄い。その大きな緑の蔦の右側は誰そ彼時のオレンジ色に照らされ、左半分は影になった不快緑色。そしてその蔦の影は長く辻切の近くまで伸びていた。その不思議なコントラストはこの世のものじゃないような。


『見えたか。この世界の色が変わる時間帯には様々なものが現れる』

「なんか、凄い。それから、やばそう」

『あれが咲いて実になれば連なるものは全てを吸われて死に絶える』


 僕に話しかけてくれた中原君も八木島君も下野絵さんも坂本さんも死んじゃう。木霊のせいで話ができたんだとしても、もう話しかけられないとしても、せっかくできた僕の大切な友達。死んじゃうなんて絶対ダメだ。拳を強く握っていたことにその痛みで気がついた。


「坂崎さんに土下座してでもなんとかしてもらう」

「アンリに土下座は意味ないぞ」


 うう……。本当にそうだよね。どうしたらいいんだろう。


「簡単だ。望みを叶えてやれ」

「望みを?」

「明日は丁度土曜日だ。アンリの予約を入れておいてやろう」


 そういって藤友くんは携帯でLIMEを開いた。


◇◇◇


 翌朝2時前。初夏とはいえまだまだ日の出は遠く真っ暗な時間帯。寝てたところに凄い勢いで寮の部屋のドアがノックされた。


「きたよー! あけてー!」

「ちょ、何? ちょっとまって!? 着替えるから、あと5分」

「えぇ~?」


 急いで着替えてドアをあける。そこには声の主、坂崎さんがいた。

 オレンジ色のTシャツの上に膝丈までのワッシャープリーツの白いワンピース。つばの大きめの白いストローハットに茶色のレースアップサンダル。夏っぽい。


「さ、行こ!」

「えっと、朝ごはんは?」

「え、食べるの?」

「寮の朝ごはんの時間はまだ先だよ?」

「おなかすいたら食べたらいいんじゃないのかな」


 それは、そうなんだけど。ええと、話が通じない。

 僕は有無を言わさず手を引っ張られて部屋を出る。

 そうだ思い出した。昨日藤友くんが言っていたこと。坂崎さんの手は絶対に離しちゃいけない。坂崎さんと手をつないでいる限り、僕の安全は絶対的に守られる。ちょっと半信半疑だけど、藤友君が言うならそうなんだろう。坂崎さんは完璧に幸運な運命に守られて、坂崎さんを傷つけるものは何もない。


「えっと、どこに行こう?」

「お花を咲かせるんでしょう? だから最初に根っこを切っていかないと」


 文の前と後ろが全然繋がってないけど、僕らがやるべきことは正しくそれ。

 藤友君が言うには坂崎さんは自分の目的に協力する範囲ならわりと言うことを聞くらしい。だから花を咲かせるのは必須。でも実は興味がない。で、藤友君は坂崎さんを脅した。


藤友晴希:学校がなくなったら俺も東矢もバラバラになるからアンリと遊べないぞ 19:23

アンリ♪:えぇ~、やだぁ 19:24


 そんな簡単なやり取りで藤友君は協力を取り付けた。だからまずは木霊とこの町の繋がりを切る。人や物からエネルギーをこれ以上吸い取れないように。


 本当は駄目だけど、自転車に二人乗りして、まだ真っ暗な夜に坂崎さんと飛び出す。明かりは道の両側を寂しく照らす街頭だけ。新谷坂の長い長い坂を一気に下る。ガタガタ軽く空を飛びながら。

 今はまだ夜中で誰もいないからぶつからない。そもそも坂崎さんが僕に捕まっている限りなにかにぶつかったり転んだりはしない。すごいスピードが出て大分怖いんだけど。僕の後ろで坂崎さんの楽しそうな声と白いスカートがふわりと揺れる。

 坂の終わりでスポーツクラブを左に曲がり、町の外周を巡る市道に入って片側2車線の車道の真ん中を滑るように走る。


「坂崎さん歌って!」

「らららー」


 適当だけど、言葉は多分何でもいい。坂崎さんが明確に木霊を刈り取る意思を持っていれば。


 あの、『小さいさんにいいことがありますように』という言葉。あれは木霊にエネルギーを引き渡す宣言文。ニヤの言っていた『歌』、祝詞。

 あの歌とともに譲り渡された贈り物と同じ価値のエネルギーを木霊は取得しそこに根を張り、歌とともに増えていく。

 坂崎さんは『貸して』という歌で僕から木霊を強引に刈り取った。だから僕は新谷坂の町を一周して、同じように坂崎さんにすべての木霊を刈り取ってもらう。


 坂崎さんと木霊の関係はよくわからない。でも個々に株分けされた木霊1体1体と比べると、坂崎さんのほうが強いらしい。坂崎さんは本当に人間なのかな。ニヤは人間だって言うんだけど。


 坂崎さんはきっととても楽しそうに千切れた木霊をかき集めているのだろう。市道の途中で新谷坂駅に向かう遊歩道に入り、ガタガタ揺れる敷石の上を弾みながら駅前に出て、住宅地を南に下ってまずは新谷坂町の外周を剪定。昨日夕方、新谷坂山から蔦の全周を確認した。今は僕には見えないけれど、蔦が伸びていたのはこの範囲だった。そのあとは1つずつ内側の道路に入って範囲を狭めていく。

 そうだ、坂崎さんは正しかった。人が動いていない間に始めないと、また人を通じて木霊が広がってしまう。


「坂崎さんは大きな木が見えるの?」

「見えるよー」

「蔦も全部見える?」

「見えるよー」

「僕は夕方とか明け方じゃないと蔦が見えないんだ。どのくらいの範囲で内側に入ればいいのか教えてくれるかな」

「んとねぇ、もう2本くらい内側の道でもいいかな」

「わかった、足りないようだったら広がるから言ってね」

「わかったー」


 新谷坂の町で木霊に汚染された地域は凹凸もあるけどだいたい6キロ×5キロの範囲に収まる。

 自転車で1番広い外周を回るのに1時間ちょっと。

 坂崎さんの話だと坂崎さんが刈り取れる範囲は最大で直径100メートルくらいのようだ。思ったより広い。夜明けは4時半。今日は土曜日だし人が動き出すのはもう少しあとじゃないかな。だから坂崎さんはあの時間に僕の部屋に来た。間に合うように。間に合うんだろうけど、僕の体力は保つのかな。

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