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君と歩いた、ぼくらの怪談 第2部  作者: tempp
第6章 小さいさんの贈り物
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坂崎さんの欲しいもの

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 焦燥。昨日のニヤの言葉。この手首から伸びる細い糸の束は確かにこの町につながっていた。

 朝はやく起きて朝一で食堂で坂崎さんを待っていた。食堂は5時半から。朝練の人がこの時間に食べていくけど、今日はまだ誰もいない。

 早く坂崎さんを捕まえなきゃ。そう思ってたら藤友君がやってきた。


「あ、おはよう」

「おはよう。珍しい時間にいるな」

「うん、坂崎さんと話をしたくて。ちょっと相談があって」

「アンリとか? 話は通じないぞ。そもそもアンリはめったに朝飯は食わない」

「そうなの?」


 藤友君の微妙な表情。また何かやっただろって思われてる気がする。

 藤友くんはトレイに朝食をとって僕の前に腰をおろした。


「それで何やった」

「それが……」


 藤友くんはパンを齧りながら僕の話をじっと聞いていた。


「……アンリを説得するのか」

「無理かな」

「無理じゃないかなぁ」


 やっぱり。なんとなくそんな気分がした。坂崎さんは話が通じない。その理由は単純で、他人の話を全く聞いていないから。


「藤友君はいつもどうしてるの?」

「説得は無理だ。誘導でなんとかっていうところだな」

「誘導?」

「そう、餌で釣る。アンリが今興味を向けているものを鼻先に吊るす」

「なんか馬みたい」

「そのくらい話は通じないだろ」


 うん、まあ、そうかも。馬のほうが話しが通じるかも。

 藤友くんは口元に手を開けて少しだけ眉毛を寄せていた。


「坂崎さんは今何に興味持ってるかな」

「多分その木霊ってやつだろ。だから現時点で木霊を枯らす方向での話は無理な気がする」

「え……う、そうか。じゃあ僕がみんなに物をあげないように言ってまわる?」

「お前そもそも人に認識されないだろ」

「う……」

「末井を通じて広めるのも無理だろうな。物を渡すなっていうのはどの範囲かっていう定義がまず無理だろう。例えば値引きとかは含まれるのか?」

「わからない。でも余分にあげるのはよくないんだよ、多分」

「そもそも昨日の下野絵の様子からしても『あげる』行為をしていることに気が付いてないだろ。注意喚起はおそらくあまり意味はない」


 それは確かにそうかも。あのチケットはデートに行くための大事なものだったはず。それを何の抵抗もなく僕に渡そうとした。そこからまず普通じゃない。僕は気がつくべきだった。


「とりあえず1回坂崎さんに相談してみるよ。せめて木霊に何をしたのか知りたいし」

「まぁ、頑張れ。とりあえず一緒に話は聞いてやる。役に立つかはわからないが」

「ありがとう!」


 本当にめっちゃ心強い。坂崎さんは本当にわからない。

 寮の食堂のテレビからは熱中症で体調を崩す人が多いので気をつけるように、というニュースが流れていた。


◇◇◇


 そして熱い歩道を抜けて教室の扉をガラリと開けた時、エアコンの風とともに挨拶が降ってきた。


「東矢君おはよう! それ頂戴」


 坂崎さんはいきなり僕に絡まるたくさんの細い糸をつかもうとしたけど藤友くんが僕と坂崎さんの間を割って遮った。


「アンリ、勝手に人のもの持ってっちゃ駄目だっていつもいってるだろ?」

「えぇ~? 駄目っていわれてないよ」

「返事もらうまで待つんだ。それからとっとと教室に入れ。話はそれからだ」


 藤友君すごい。これが幼馴染の力か……。

 ざわめく教室をつっきり窓際の僕の席へ。

 坂崎さんは満面の笑みで僕の方に手を伸ばす。断られるとは全然思ってなさそう。


「それ頂戴」

「あの、えと」

「話を聞いてからだ。なんで欲しい」

「面白いんだもん」

「それは何だ。なにが面白い」

「大きなお花が咲くんだよ?」


 花。やっぱり坂崎さんは木霊が何をするか知っている。


「これが大きくなったら何をするか知ってるの?」

「お花が咲くんだよ? 大きなお花」

「それが咲いたらこの町のみんなが死んじゃうんだよ?」

「ハルくんと東矢君は死なないよ」

「東矢待て。アンリ、お前は花が咲けば満足なのか」

「そうそう」

「実はいらないんだな」

「食べられないよ?」

「最後、あとどのくらいで花が咲く?」

「週明けくらいかなぁ?」


 週明け。今日は金曜だからもう時間はない。絶望的だ。

 目の前が暗くなる。


「わかった。検討するから返事は後だ」

「えぇ〜」

「いいな」

「ちぇー」


 ちょうどチャイムがなって、坂崎さんは席に戻っていった。

 そこで朝の話し合いはおしまい。

 窓の外を眺めると、明るい空の向こうに僕の心の中にある不安みたいに、少し灰色がかった入道雲がもくもくと広がっていた。


◇◇◇


「ネコはいないのか」

「えっと、この件が終わるまで出てこないって」

「そうか。じゃあ相当やばいんだな」


 藤友君は学校の給水塔の上を眺めがらつぶやいた。ニヤの定位置。

 そうなの? そういえばニヤも藤友君がいると藤友君とばっかり話してる。ニヤと藤友君は何か通じ合っているのだろうか。通訳してる僕をスルーして。


「坂崎さんの言ってることがよくわからない」

「いつものことだ。考えても仕方がない。今回に限らずアンリは他人の命なんて何とも思ってない。今は俺と東矢以外は」

「僕もなの? なんで?」

「俺らは面白いらしい」


 僕、面白いのかな。そんなこと言われたことないけど、坂崎さんから以外。


「僕らが大丈夫っていう意味は?」

「俺は安易に物を受け取ったりしないし、お前は……さすがにもう受け取らないだろ?」

「まあ、さすがに。でもどうしたらいいんだろう」

「確認したいのはどの時点で人が死ぬかだ。花が咲いた時点か実が落ちた時点か」

「何か違うの?」

「花の時点じゃどうしようもない。だが花が咲くのと実が落ちる間にタイムラグが発生するのなら何とかできるかもしれない。まだ目がある可能性がある」

「どういうこと?」

「アンリが興味があるのは花の方だ。俺には見えないがアンリが欲しい物をお前は持ってるんだろ? 交渉の方法は情報が揃ってからだな」


 僕が持っている物。封印と木霊をつなぐたくさんの糸。

 屋上から眺める入道雲は教室から見たよりさらにもくもくと盛り上がっていて、太陽がその中に隠れてしまった。

 でも僕には見えてしまった。思わず息を飲んだ。太陽が雲間に隠れる瞬間、一瞬だけ。新谷坂町の真ん中に半透明の大きな木が見えた。木というより蔓。新谷坂のどの建物に比べても圧倒的に巨大。山の裾野にあるこの校舎からもその天辺を見下ろすことはできない。寧ろ見上げて天に届くかのように堂々とそびえ立つ。そんな影が一瞬見えて、僕に絡まる糸が確かにそこに繋がっていると感じた。

 モンスター。怪獣。もはやそれは綿毛とか妖精とか、そんなイメージじゃ全然なかった。まるで神話の世界に紛れ込んだようだった。


「細かいことをニヤに聞いてくる」

「今からか?」

「早い方がいいよね」

「なら俺も行こう」

「ほんとに!? 嬉しい」

「お前1人で行かせると二度手間になりそうだ。時間がないんだろ?」


 うう、信用がない。実績があるから何も言えない。

 藤友君は病欠届けを出して、僕はどうせ気づかれないからそのままで。


 夏の山道は何だか少し眩しく明るい。紫外線が強いからなのかな。

 新谷坂山はそんなに高い山じゃないけど木陰が多くて涼しい。昨日の夜には全然いなかったけど、今はシャーシャーと蝉の声がたくさん響いていて、それだけで夏を感じて汗が滲む。林を抜けて籠屋山との折返しあたりになると背中はじっとりと汗で湿った。


「どうして手伝ってくれるの?」

「まぁ、友達だからな」


 まるで普通のことのように藤友君は言う。

 友達。藤友君は僕の半分がなくても綿毛がなくても友達になってくれた。僕はこれまで転校続きで、一緒に学校を抜け出すとかこんな友達感がある人は藤友君が初めてだ。まだ最初に話して2ヶ月ちょっとなのにすごく前から友達な気がする。


「それに学校がなくなると困る。その木霊とやらの影響範囲に学校は入ってるんだろ?」

「多分。僕が持ってきちゃったから」

「終わったことを考えても仕方がない」

「ありがとう」


 神社に続く長い石段は南北に設置されているから遮るものがなくて、背中をじりじりと太陽が焦がす。ふうふう言いながら登ると途中くらいから遠くの神津湾から吹き登る風が背中をそっと押してくれた。

 ようやく鳥居に辿り着いて神社に入ろうとすると、ゴンっという音と共に藤友君は鳥居のところで弾かれた。あれ?

 額を押さえている。


「なんだこれ? ここから入れないぞ」

『呪われているからだ』

「藤友君が呪われているからだって」

「ああ、なるほど。そういえば神社だな」


 なるほど? 前から呪われてるって聞いたけどそんなに? 呪いってそんな物理的なものなの? ゴンっていう音がしたけど。

 鳥居の上のニヤを眺める。ニヤの声は封印に繋がっている僕しか聞こえない。だから僕が通訳する。


「ネコと話ができれば問題ない」

『そうだな』

「木霊を消滅させる方法を知りたい」

「無理だって」

「何故無理なんだ」

「人じゃ触れないからどうしようもないって」

「木霊をなんとかするのではなく人の方を防衛する方法はないのか」

「人は木霊を認識できないから無理みたい」


 藤友君はうーん、と考えている。

 僕も考えないと。えーと、触れないからどうしようもなくて、人も認識できないからどうしようもない。


「これって見えない物なの?」

『通常は見えぬ。お主が見えるのは木霊が封印から出る時に纏わりついた封印のカケラを通して認識しているだけだ。その繋がりがなければお主にも見えぬ』

「でもあの木霊は昔ここで封印した人が捕まえたんでしょう? その時はどうやったの?」

「木霊を捕まえたのは彼の方ご自身ではない。彼の方に協力していた鬼が比較的早い段階で捕まえた」

「鬼? 妖怪なら捕まえられるの?」


 とはいっても妖怪に心当たりなんてないんだけど。


「あれは神の一部だ。だから相応に位階の高い存在でなければ触れることは叶わぬ」

「え、でも坂崎さんは普通に掴んで持ってったけど」

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