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君と歩いた、ぼくらの怪談 第2部  作者: tempp
第6章 小さいさんの贈り物
3/21

ライブのチケット

「東矢君、それ貸して」


 賑やかな寮の食堂で1人ポツンと晩ご飯を食べている時、坂崎さんに絡まれた。絡みとられたのかも。

 坂崎さんは突然やって来て、ほわほわの綿毛部分を鷲掴みにして持って行った。あっという間の出来事だった。封印の糸はちぎれた。僕は一言も発するすき間はなく、坂崎さんが楽しそうに去るのをぼんやり見守った。当然ながら坂崎さんは僕の意思の確認はしなかった。いつものこと。


 しばらく経って正気に戻る。

 えっちょっとまって、意味がわからないんだけど! この糸って千切れるの? 千切れていいもんなの?

 封印と僕を繋いでいる、いわば僕の一部で封印の一部のはず!? そんな気軽にちぎって持っていかれてもどう反応していいのか。

 ……でも坂崎さんだから諦めるしかないような気がしてきた。


 中原君が通りかかったので今日の図書委員の報告しようと思って声をかけたら華麗にスルーされた。僕が話しかけても気が付かない。いつもどおり。やっぱり中原くんや八木島君が話しかけてくれたのは綿毛のおかげなんだろう。なんだかちょっと、気分が落ち込む。これが昨日までの僕の日常。

 寂しいけどまあ、仕方がないのかな。

 綿毛はそんなに害を与えそうにもないから封印しないっていうのはアリなのかな。よくわからない。


◇◇◇


 それから2日かけてどんどん気温はが上がっていき、照り返しはますます強くて僕が教室の席でぐったりしていた時に突然僕の頭に影が差す。見上げると坂崎さんがニコニコしながら僕の机の前に立っていて、ハイコレ、と渡してきたもの。それはたんぽぽ大からテニスボール大になった綿毛で、僕はギョッとして思わず受け取った。坂崎さんは一体何をしたの?

 大きくなった分、空中を漂う動きがもったり遅くなっているような気もするけど、相変わらずふよふよと飛んでいて、やっぱり触れない。


「坂崎さんこれどうしたの?」

「かわいいよね、ふわふわして」

「どうして大きくなったの?」

「大きくなったから?」


 坂崎さんと会話がつながらないのはいつものことなんだけど、突然わけのわからない状態で返されても対応に困る。何か悪い方向に変化してないかな、不安。

 綿毛からまた封印の糸がシュルシュル伸びて僕の手首につながった。その糸からはなんだかポワンと幸せな感情が漂ってきた。

 そうすると、僕の前の席の下野絵(しものえ)さんが振り返った。


「東矢君、夏休みの予定ってなんかある?」


 ??????

 初めての出来事に僕はちょっと舞い上った。

 下野絵さんは中原君達と違ってこれまで一度も話したこともなかった。綿毛の効用!? ほんとに? これが綿毛のせいだとすると、効果が強くなっている気がする。でも、凄く嬉しい。


「えっとえっと、特には……ないかな」

「そうなん? うちの親戚が花屋さんしててさ、お盆に人手が足りなくてバイト募集してるんだ。手伝ってくんないかな。東矢君、花とか似合いそうだし」

「えっ、もちろん、えと、僕でいいのかな」

「大丈夫大丈夫、未経験歓迎って言ってた。逆城のお寺の前の店だからすごい忙しくて多分流れ作業だよ」

「うんうん是非」


 僕に一体何が起こっているんだろう?

 すごい。なんかこころがふわふわする。友達? クラスメイト?

 この綿毛のおかげ? 封印しなくちゃ……だめなのかな……。


「引き受けてくれてよかった。あ、それでね、これ御礼……」

「待て」


 下野絵さんが差し出そうとしたチケットみたいなものを受け取ろうとした僕の手首を隣の席の藤友君が掴んだ。


「えっ?」

「下野絵、それはなんだ。なんでお前が礼を払う。払うべきはその親戚だろう?」

「あれ、そういえばそうだね。なんでだろ。あれ? 駄目だこれ、ファルニカティアのライブチケットじゃん! 無理無理あげらんない」

「東矢、お前もほいほい受け取るな。なんか今すごく嫌な感じがした」


 嫌な感じ……?

 下野絵さんは申し訳なさそうな顔で言う。


「ごめん、東矢くん、あげるって言ったけど無理」

「ううん、ごめん、僕もなんも考えてなくて。バイトは人手いるなら手伝うから安心して?」

「うん、ほんと、ありがとう」


 藤友君はその場では何も言わなかったけど、なんとなく心配そうな顔で僕を見ていた。大丈夫だよ、多分。でもこれまでの自分の行動を振り返ると信用ないよなとちょっと思うわけで。厄介な事件に巻き込まれるたびに藤友君に助けてもらってる身としては。


 放課後のチャイムが鳴ると藤友君は呆れたように僕を見た。藤友君は顔はほとんど動かないのに何故か表情がわかりやすい。


「今度は何に巻き込まれてるんだ」

「えっと、白い綿毛?」

「この間言ってた奴か?」

「藤友君は見えないんだよね。この間はタンポポの綿毛くらいのサイズだったけど今はテニスボールくらいになってる」

「大きくなった? ということは何らかのエネルギーを得ているということだろ。お前、なんか減ってないか」


 その言葉に困惑する。減る? そんなことちっとも考えてなかった。

 僕は自分の中を確かめる。半分強が封印の底。他に? うーん特に変わってはいないような気もするな。


「ええと、大丈夫だと思うんだけど」

「全然信用できねぇ」


 ですよね。

 普段の行いの悪さが響いてる。

 でもエネルギーか。僕じゃなくて他の人から取られてるとか? そういや飴とかゼリーとかもらった。でも貰ったのは僕で僕は増えている気がするんだけど。そういえば。


「綿毛が大きくなったのは坂崎さんが持ってった時なんだ。坂崎さんがなにかしたのかな、餌付けとか」


 口ななさそうだけど水やりしたとか?

 案の定藤友君はものすごく嫌な顔をした。

 それと同時に教室を照らす太陽の光が雲で陰る。


「アンリか……。じゃあこれは『面白いもの』なんだろうな。ろくでもないから早く捨ててこい」


 断言する。藤友君は坂崎さんの幼なじみで、僕より坂崎さんのことをずっとよく知っている。

 坂崎さんは面白いものが大好きで、藤友君が言うところでは『狂ってる』。この点は僕もこれまでの経験で半ば納得している。坂崎さんは話が通じなくてわけのわからないことをするけど基本的にはいい人。


「そうだね、放課後に封印してくるよ」


 もともとその予定だったし。

 そう言っても藤友君は僕を不審げに眺めた。

 そして藤友君の予感どおり、僕は綿毛を翌日に持ち越した。


「東矢ちょっと付き合ってくんね?」


 放課後に藤友君がさっさと教室を出て行った後、横手(よこて)君が声をかけてきた。流石にこう続くと、なんだか良くないのではないかと思い始めてきた。まるで封印されるのを邪魔しているような。

 今から新谷坂町に降りるとそのあと山には登れない。晩ごはんに間に合わなくなってしまう。新谷坂山と新谷坂町は高校を挟んで正反対の方向だったから。


「あの、僕今日は用事が」

「すまん,東矢にしか頼めないんだっ」


 横手君は僕を拝んで頭を下げる。僕もお願いを聞いてあげたい。クラスメイトから話しかけられるなんて本当に何ヶ月ぶりだし。本当は、なんていうか、僕はこの友達から話しかけられる経験を手放したくない。でも。


「あの、他の日じゃ」

「他の日じゃダメなんだ! 今日が彼女の誕生日なんだよ、プレゼント選ぶの手伝ってくれ」

「ええ? なんで僕?」


 気づくと放課後の教室には僕らしか残っていなかった。キョロキョロ見回しても、誰も。なんだか妙な予感はするけど今の所、実害はなにもない。実害どころか僕によっては良いことばかり。

 ふう、まあ、あと1日くらいなら大丈夫……だよね?


◇◇◇


 ふわふわ漂う綿毛を連れて横手君と新谷坂を下る。町に出るための長い長い坂。


「東矢は寮に住んでるんだろ、悪かったな」

「ううん、大丈夫。新谷坂で買い物するんだよね?」

「その予定。でも何をプレゼントしていいかわかんなくてさ。でも直接聞けないじゃん、こういうの。お前いつもアンリちゃんと末井さんとつるんでるだろ? 女子の好きなものわかるかと思って」

「ああ、それで。でも坂崎さんは何が好きかよくわかんないし、ナナオさんは何あげても喜ぶから参考にならないような気がする」

「そうなのか? あの2人はうちのクラスの美人ツートップだぞ?」


 ……そういえば2人とも奇麗でかわいい。僕はあんまりそういう視点で2人を見たことないけど。ナナオさんはどっちかっていうと親戚のお姉さんっぽい感じだし、坂崎さんはなんていうか……狂ってる。


「それで横手君の彼女って誰なの? 同じクラスの人?」

「ああ……秘密だぞ、下野絵だ」

「えっ僕の前の席の?」

「そうそうそれもあって」


 横手君は恥ずかしそうにはにかんだ。横手君の顔が赤くなってるのは夕日のせいじゃないのかも。へぇーそうなんだ。2人に挟まれた僕はひょっとしたらお邪魔だったりするのかな。こういう恋バナを聞く経験も初めてかもしれない。なんだかとても気分が上がる。普通の友達ってこんな感じ?


「東矢、下野絵の後ろの席だろ? だから好きなものとかひょっとしたら知らないかなと思ってさ」

「ああ、なるほど」


 でも僕も下野絵さんと話したのは今日が初めてなんだけどな。


「そういえばライブのチケットもってたよ、ファなんとかってバンド」

「ああ、ファルニカティアだろ? ちょうど今週末神津(こうづ)でライブ行く予定なんだ」


 その言葉で、友達ができたようなちょっと嬉しく感じていた気分が凍りついた。えっちょっと待って。あれってそんな大事なチケットだったの? それを気軽に僕にくれようとしてたの? それは流石におかしくない?

 混乱しながらとりあえず横手君に相槌を打つ。やっぱこの綿毛のせい、だよね。僕が下野絵さんや横手君に話しかけられるのも。何かおかしい。んん、やっぱ危険? でも、受け取らなければいい? そうだよね? 気をつければ。


「東矢どうした?」

「あ、ううん、何でもない。そういえばどこいくの?」

「ああ、本屋行こうと思って。下野絵はキーボードやってるから楽譜にしようかと思うんだけどどうかなぁ」

「僕は音楽は正直よくわかんないかも」


 書店の楽譜のコーナー。

 ここで立ち止まるのは初めてだ。手にとって開くと音符がたくさん並んでいた。楽器弾ける人すごいよね。弾けたらどんな感じなんだろう? 棚をぼんやり眺めていたら手首が軽く引っ張られる感じがした。

 見ると綿毛がふよふよと漂って本屋の外に出て行った。え、どうしようこれ。どうしたらいいの? この綿毛、ほっといて大丈夫、じゃないよね。


「東矢は好きな曲ある?」

「えっ? 普通の曲?」

「なんだよ、なんかないのかよ」

「ごめん、ちょっとトイレ」

「あ、おい」


 横手君を置いて急いで綿毛を追いかける。その間にも糸が薄く細くなって、するすると綿毛と離れていく感じ。離れすぎると切れてしまう? 坂崎さんが千切ったみたいに?

 なんだかんだ綿毛は気になる。だって新谷坂の怪異を封印するのが僕の役割で、これが何か悪いことを起こしているなら僕が止めないといけない。

 綿毛は本屋の向かいで電話してた女の人の手首にくるくると絡みつき、絡みついた途端、女の人は弾かれたように歩き出した。一瞬距離がとられて見えなくなったけど、手首に絡まった糸をたどってなんとかおいかける。そこは本屋の近くの5階建ての雑居ビルの屋上。

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