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君と歩いた、ぼくらの怪談 第2部  作者: tempp
第6章 小さいさんの贈り物
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あめ玉3個とぶどうゼリー

 新谷坂(にやさか)高校1年の7月。

 僕は東矢一人(とうやひとり)

 この春に新谷坂山の怪異の封印を解き、たくさんの怪異が逃げ出した。それと引き換えに僕の体の半分以上は封印された。僕が元に戻るには解き放たれた怪異を再び封印しなければならない。だから僕は封印の化身である黒猫のニヤと一緒に逃げ出した怪異を追っている。僕と怪異は封印が紡ぐ細い糸で繋がっているからそれを辿って。


 梅雨が明けて気温は30度を上回るようになった。教室にエアコンは入ってるけど僕の席は窓際。ベランダは強い直射日光自体は遮ってくれるけど、灰色のコンクリ床に照り返して僕の顔を温める。

 顔の左半分だけ日焼けするとかはないよね? ただでさえ色が白い気がするのに。


 その日の放課後、僕は新谷坂町に本を買いに行った。新谷坂高校は新谷坂山の麓にあって、そこより上は山ばかり。だから買い物には高校の校門から続く新谷坂と呼ばれる長い長い坂道を下って新谷坂町に出ないといけない。真南向きの新谷坂はジリジリと態様で焼かれていて鉄板焼のようだった。


 欲しかったのは神津(こうづ)市のガイドブック。僕は高校からこの神津市にある新谷坂高校の寮で暮らすようになったのだけど、中学までは隣の三春夜(みはるよ)市に住んでいた。

 正直、あまり神津市に詳しくないんだ。だからもうすぐ夏休みが来るからガイドブックを買って色々行ってみようかと思ってる。神津市は観光地も結構多いから。それに、僕が解放した封印に封じ込められていた怪異はもともとこの辺りにいた存在。もう一度封印するためにも地の利に詳しいにこしたことはない。


 カラフルな表紙のガイドブックをパラパラ眺めていると、手にしゅるしゅると糸が絡まるような妙な感触がした。慌ててキョロキョロ辺りを見渡す。心当たり。これは僕と怪異を繋ぐ封印の糸の感触で、逃げ出した怪異が近くにいる時に感じるもの。

 少し緊張しながら糸をたどって目を落とすと、そこには綿毛のついたタンポポと同じくらいの大きさの小さな白い光が浮いていた。怖い怪異かと思って警戒していたけどちょっと拍子抜け。なんだろうこれ。強そうには見えないし、とりあえず悪い感じは、しないかな……。

 僕の勘は全然当てにならないのだけど。


 綿毛に小さく呼びかけても返事はない。仕方なく見失わないよう糸をしっかりつかんだまま本を買って外に出た。綿毛はふよふよ漂いながら大人しく着いてきた。


「君はなんなのかな?」


 すぐ近くの公園のベンチで綿毛に話しかけても返事はない。困ったな。

 新谷坂には封印されているものは、物凄く危険なものからそれだけだと特に危険でもないものまであって、その幅は結構広い。

 これは春に会った『花子さん(2章)』のときみたいなものかな。あれは単独ではなんの効果もないものだったはず。この綿毛をそのまま新谷坂の封印まで持っていけば封印できるのかな。


 とりあえず綿毛と僕をつなぐ糸を握りしめていると、綿毛はほわほわと風にのって漂い出した。急いで追いかけると、公園の端で5歳くらいの男の子が泣いていて、綿毛はほわほわとその子に近づく。


「ねぇ、ぼく、どうしたの?」

「知らない人と話しちゃいけないんだよっ」


 こぼれる涙を拭いながら気丈にいう。


「こんにちは、僕は東矢。ほら、もう知ってる人」

「そうなの……?」


 強引な話の筋にあがる男の子の困惑した声。

 まあ、本当は知らない人についてっちゃダメなんだろうけど。


「どうして泣いてたの? 迷子? お母さんは?」


 男の子はキョロキョロしながらお母さんがいなくなったと言う。警察に行こうと声をかけたとろで、ほわほわが男の子の腕に絡まった。

 あれ? 大丈夫かな。でも綿毛は腕に絡まるだけで特になにもない。

 とりあえず最寄りの交番に行くと男の子は「お母さん」と叫びながら女の人に駆け寄った。よかったと思って戻ろうとしたらお母さんに引き止められた。


「もし変な人に捕まっていたら大変なところでした。本当にありがとう」


 丁寧にお礼を言われたけれど、僕は男の子と一緒に警察に来ただけでお礼を言われるようなことはしてない。とお母さんは、それでもほんのお礼です、と買い物カゴから出した飴玉3個を僕に渡した。近所? の人に飴をもらうって最近聞かないな。

 お金とかなら断れたけど、正直飴玉って断りづらすぎる。


「小さいさんの、いいことがありますように」


 ありがたくお礼を言って受け取ったら、小さな声でそう祈られた。

 小さいさん? なんのことだろう。困惑しているうちに、お母さんは早く帰らないとアニメが始まっちゃうよ、と呟きながら男の子の手を引いて遠ざかっていった。

 そういえばと思って手をたぐると、綿毛は僕の腕の近くを漂っていた。男の子からは離れたらしい。よかった。何か悪いものだと困るから。


 それにしても、小さいさんってなに?


 よくわからないまま頂いた飴を舐めつつ寮に戻ると、綿毛も僕のあとをほわほわと漂いながらついてきた。新谷阪の封印は新谷坂山を登った上の神社にある。山を見上げると空は少し暗くなってきた。今から封印までいくと真っ暗になって晩御飯に間に合わないや。だから明日の放課後行くのでいいかな。そう悪い物にも見えないし。

 そう思って食堂に足をむけたけど、振り替えてt見ると僕の感を信じちゃ駄目なんだって思い出さないといけなかったんだよね。


◇◇◇


 今日の晩ごはんのメインはつくねハンバーグ。種の中にレンコンが入っていて、絶妙な歯応え。寮の晩御飯はいつも美味しい。

 そんなことを考えながら1人で晩御飯を食べていると、声がかかった。


「東矢、わりぃんだけどさ、明日の図書の当番変わってくんねぇかな」


 えっ? あれ? なんで。えっ? なんで僕に話しかけてるの?

 驚いて見上げると、中原(なかはら)くんが申し訳なさそうに僕を見下ろしていた。僕は盛大に固まった。


 中原君はクラスメイト。

 なんとか答えようと金魚のようにパクパクと口を動かしていたけど、あまりの衝撃に頭がまわらない。話すのが久しぶりすぎて。僕はなんて答えたらいいの? えっ? ほんとになんで?


「ダメならいいんだけどさ、ちょっと明日出かける用事入れちゃってたんだわ」

「あ、だっ大丈夫だよ! 全然。わかった、当番だね、僕がやっとくから」


 ドキドキする心臓をおさえて何とか答えをひねり出すと中原くんはほっと眉を緩めた。


「マジありがとう。あ、そうだ、甘いもん好きだっけ? これやる」


 中原くんはぶどうゼリーを僕の前に置く。今日の夕食のデザートはぶどうゼリー。ふと見ると、中原くんのゼリーを持つ手に綿毛がほわほわと絡みついていた。

 あれ? 少しの妙な違和感。


「あっ、大丈夫だよ、僕そんなに食べられないし」

「いいからいいから。じゃあ、小さいさんのいいことがありますように」


 また、小さいさん? 小さいさんってなに?

 いやいやでもそれより、一体どういうこと?

 なんで中原くんは僕に話しかけてきたの?

 絶対何かがおかしい。


 僕の特殊事情。

 僕は春の初めに新谷坂の封印を解いた結果、僕自身の半分以上を封印の底に置いてきた。置いてきたっていうのはそのままの意味で、僕の存在感も半分以下になった。もともとそれほど存在感が強いわけでもなかったので、学校で僕の存在を認識できる人は3人にまで減少した。

 つまり、封印を解いた時に一緒にいたせいか、あまり影響を受けていない末井來々緒(まつい ななお)さん。そもそも特殊な藤友晴希(ふじとも はるき)君と坂崎安離(さかざき あんり)さん。この3人だけだ。

 他の人には何度話しかけても華麗にスルーされる毎日。昨日までは中原君もそうだった。


 そしてそんな生活がもう2ヶ月以上続いていた、はず。

 そういえば今日の男の子も、普通だとスルーされる案件だった。最近あきらめすぎて他の人に話しかけたりしなかったから気がついてなかったけど。


 僕は自分の中身を検討する。ちょっとため息。

 ……やっぱり僕の半分以上は新谷坂山の封印の下にいる実感がある。最近この、自分の本体がここじゃない感が強まっている気がして少し心配だけど、とりあえず封印に変化はない。

 そういえば、男の子にも中原君にも綿毛の端が絡みついていた。そうすると、僕が他人と話ができるのは、この綿毛のせい……?


 綿毛は今もふよふよと僕の周りを漂っている。

 これはなんだろう? 巻き付くと僕の存在感が元に戻る? よくわからない。でも、僕にとっては、いい影響に思える。

 でも、やっぱり新谷坂の怪異なら封印に戻さないといけないような。何か悪いものだからこそ封印されていたんだろうから。でもせめて、明日の夕方までたくさんの人と話せるといいな、と思って気がついた。

 僕、そもそもたくさんの人と話したことないや。コミュ障は辛いです。

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