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七冊の魔女  作者: 黒上タクト
第一部
6/66

#06 師匠

『師匠……いるのですか、師匠』


 またこの夢だ。昨日も見た。やはり真っ暗な空間。同じく通信魔術で呼びかけてくる。


『師匠……やよい師匠!』


 やよい師匠と呼ばれてきゅっと緊張する。……やっぱり私のことなのか?

 ……私は、その声に応えてみることにする。


『誰?』

『! 師匠……師匠ですね!』


 声色がパッと明るくなる。その声と同時に、目の前の真っ暗が色づいていく。

 夕暮れのオレンジの空。それになんだかあったかい。


『師匠……ここにいたんですね』


 右手に温度を感じる。その声の主が握っているのだろう。視点が動かせず、顔を見ることができない。


『師匠はやっぱりいたんだ……よかった……』

 



 その声と同時に、景色が、手の温度があいまいになって。

 はっと目が覚めた。


「誰だったんだろう……」


 夢で感じた感覚がまだ残っている。あまり期待はしないけど、少し語り掛けてみる。さっき感じた手の温度を思い出しながら。


『……もしもし』


…………。返事がない。

(やっぱ夢か~……)と思って少しがっかりする。


『……しょう!?』


という返事が返ってくるまでは。


『もしもし、誰なの?』


『■■、よ■■シ■です……』


 どうにもノイズが多くて聞き取りづらい。通信魔術にも電波の悪さとかあるんだ……。


『どこにいるの?』


『明■公園……公園■!』


 公園、そう聞こえた。おそらく、学校の近くの明海公園のことだろうか。


『……わかった。待っててほしい』

『わかり■■■!』


 幸い今日は休み。お出かけにはちょうどいい。




 明海公園、午前8時。まるで登校だけれど、今は私服。

 公園を見渡す。そんなに大きくないので見渡せば大体の様子はわかる。誰もいない……。

 遊具の影や近くの木の後ろをのぞいてみるが、それらしき人影はない。


『もしもし、明海公園まで来たよ』

『■■■■! 師匠、来て■■■か!?』


 相変わらずノイズがひどい。訊く限り、声の主もおそらくここにいるような気がする。また通信魔術で語り掛けるがノイズで何も聞き取れない。くっ、どうしたものか。そうだ、こういうときにこそ、専門家に話を聞くべきだ。



『んん……こんな朝からなんだ……』


 寝ぼけている声が聞こえてくる。脳内のテレパシーにしてもここまで寝ぼけ声を出す人なんかいないと思う。


『起きてくださいよクレアさん』

『あぇーっ、用件を』

『つながったんですよ、私の「弟子」と』

『「弟子」ぃ? あぁ、あーはいはい』


 そう思い出したかのように相槌を打つ。


『見つかったのか?』

『それが、通信もノイズまみれで、姿も見えないんです』

『ほうほう……場所は近いのか?』

『たぶんその人のいる場所にいます』

『んー、ん~、んん……』


 あまりに眠そうなのでビンタしに行きたくなってきた。


『起きてくださいよ!』

『待て待て、ノイズの要因を考えてる……』

『なにかわかりますか?』

『んー、魔力的な妨害とか、次元の座標ズレとか、そういうことが起きていればよくノイズが乗る』


 次元の座標ズレ? いきなり難しい話が出てきて困惑する。


『魔女に変身して五感を研ぎ澄ましてみてくれ。妨害ならこれで感知可能だし、次元ズレならその座標から相手を引っ張り出せる』

『あー、とりあえず変身ですね』

『そうしてくれ。私は寝る』


 そういうと、ぷつんと通信は切れてしまった。朝は弱いのか……うーん休日だし寝てても不思議じゃないけど…………ダサい。



 とりあえず周りに誰もいないことを確認し、変身する。まあ最悪見られてもコスプレとか言っておけばいい気もする。

 とりあえず感覚を研ぎ澄ます。空気の音、木々の匂い、視界に入る光景にフォーカス。


 ジジジ、となにかノイズが聞こえる。音のなるほうへ近づく。滑り台の下のほうに、なにかがちらついて見える。人の形をした、ホログラムのような白い影。

 その影に手を伸ばしてみる。すかっ、と手が空を切る。もう少し、その影を凝視……『感じる』ためにそれを捉えようとする。


 少しすると、白い影に色がつく。ふんわりカールのショートヘアー、肌、アンダーリムの眼鏡に制服、靴。声で聞こえた通り、女の子だ。影の色彩がだんだん濃くなっていく。今ならいけそうな気がする、そう思って声をかけた。


「こんにちは」


 そう声をかけると、そのホログラムはびくっと動いて私のほうをみる。


「師匠……ですか……」


 まだ少しノイズの乗った声がそれから発せられた。今なら触ることもできるかもしれない。


「手を」


 そう言って右手を差し出すと、相手も右手を乗せてきた、質感がざらついている、というかまだ完全な姿じゃない。引っ張り出す、と言ったな。私はその手を引く。


「ひゃあっ」


 そういってこちらに転びそうになる。その瞬間に、ホログラムは実体になった。


「大丈夫?」

「師匠……師匠だ……!」


 女の子が喜びのあまりハグをしてくる。私はなされるがままにそのハグを受ける。



「ええと、まず……名前を教えてほしいな」


 とりあえずこの子のことを知りたい。


「四葉 シンです……明海高校1年A組」


 1年A組、といえば私と同じだ。でも四葉さんなんて人はいなかったはず。


「それと……今、何年ですか」


「何年……? 2020年だけど……」


「……20年前です」


 は? いったい何を言っているんだろうこの子は。


「私、四葉シンは2040年から……来ました」


 タイムトラベラーだ! 嘘!?


「四葉さん、どっか打った?」


とりあえず、正気かどうかだけ、聞いておく。


「いえ、私は大丈夫です。未来から来たことを証明する、これを」


そう言って、うちの高校の校章が入った生徒手帳を出してきた。


「……マジか」


 発行日の日付が20年後のものだ。そんなの、捏造できる手段はないはず。


「未来人か~……」


 頭の痛いことばかり多いと思う。





 とりあえず外でしゃべるのもと思い、私の家に招待する。そんなに大きくはない、一軒家。


「ここが師匠の……おうち」


 私の部屋に入れる。おばあちゃんは四葉さんをただの友達と思って歓迎してくれた。


「……さて。まず初めに聞きたい。私が師匠なの?」

「……古木 やよいさんですね」

「そうだけど」

「20年後の私の師匠です……」

「えぇ……何の師匠?」


 私になにか誇れるような特技はないけれど。


「魔術」

「魔術……? ほんとに?」

「はい。20年後、私に魔術を教えてた」


 そういわれても困惑する。20年で私は弟子を持つようになるのか……? いや、弟子とか興味はないんだけれど。


「話しかける魔術を教えたのも、師匠です」

「!」


 ならば、と魔術で語り掛けてみる。


『ホントか?』

『ホントです』


 さっきと違って鮮明に聞こえる。いやなんで私と通信できているんだよ。頭が痛くなってきた。


「それと」


 そういうと、シンは鞄から本を取り出す、鮮やかなエメラルドグリーンの表紙。この感じは……


「……魔術書?」

「そう。『Dの魔術書』らしいです」


 魔女候補か~……情報量で頭がパンクしそうだ。私だけじゃ捌ききれない……。


「これで何ができるか、知ってる?」

「『魔女』への変身」


 事情もわかってそうな感じだ。


「できるの?」

「……はい」


 そういうと、シンは魔術書を開いて読み上げる。書いてある文章は私には読むことができなかった。


「"done; dope dream"」


その詠唱によって、魔術書が緑色の光になる。そしてシンの体を取り込んでいく。



 光が消えると、『魔女』へと変身したシンが現れた。

 格好としては……緑をベースとして白が入った、これまた魔女っぽい服だ。色合い的に、目に優しい気がする。


「……どうですか?」

「どうといわれても……結構似合ってるかも……」

「そうですか?」


 よかった、とほくほくしている。あまりファッションに明るくない私としてはとりあえず出た言葉だった。


「で……一番気になるんだけど。どうしてタイプスリップしてきたの?」

「それは……この魔術書が時を超えてやってきて」

「時を」


 この時点でもう訳が分からない。


「それを知った師匠が『行ってくれ』と」

「はぁ……」

「……信じられませんか?」

「どこから信じればいいのやら」

「とりあえず、未来の師匠のお願いで私は来ました」


……これは。クレアさんとの緊急会議が必要そうだ。




 正午。幽谷邸。集められたメンバーたちがそろう。


「……本当に言ってるのか、それを」

「はい……」


 クレアさんがシンに事情を聞く。どうにもシンが嘘を言ってるようには見えない。


「……」


 もう何も考えたくない、と顔に書いてあるクレアさん。目が点になっている紗良。IQが溶けていそうな華子。私もそんな顔をしているだろう。


「どうします?」

「とりあえず私の頬をつねってくれ」


 早口で言われたとおりにクレアさんの頬をつねる、手加減はしない。


「いで、いでででで……容赦がないな」

「つねってくれとのことですし」

「まあ、夢じゃなさそうだ」


 沈黙。あまりの事態に意見を出しようがないのだろう。


「『魔術書が時間を超えてきた』か……」

「そもそもあり得るんですか!?」

「……ないとは言い切れないんだこれが……まさかこんなタイミングで起こるとはみじんも思ってなかったが」

「えぇ……」

「私だって『えぇ……』だよ! 未来人も魔女候補とか聞いてないぞ!」


 だよなぁ……。誰だって戸惑う。


「まぁ……『魔術書が使い手に会いに行く』という説に説得力が増したとこはよかったんじゃないかな……」

「予想してませんでしたよこんな形」


 みんなそんな顔をしている。


「んん!」


と咳ばらいをするクレアさん。なにか思いついたんだろうか。


「魔術書が未来へ飛んだ、ということは、シンの未来で魔術書達はどうなっていた?」


 ! パズルのピースが一つ、見つかった。


「私が師匠から聞いた話では、この『Dの書』だけ見つからず、他の六冊は見つかっていたみたいです」

「んーなるほど。どうやら……きみは『Dの書が欠けたまま20年たった未来』から来たわけだ」


 ん? じゃあ今は……?


「頭の痛くなる話だが……今その見つからないはずの本を持ってきたな? きみの未来はどうなる?」

「……わかりません。これでよくなるといいんですが」

「どういうことだ」




「私は、師匠から託されたんです。この本と魔術と、新しい未来を」

「新しい未来?」


 聞かなかった話題に耳を傾ける。


「私の未来、この魔術書の争奪戦に師匠達が敗れた未来なんです」

「! なんだと」


 クレアさんが驚愕する。


「敵の陣営に6冊奪われ、解決策もなくなって、争乱が起きてバビロンが終わったと」

「バビロンが、終わる……!」


 クレアさんの顔つきが、一段険しくなる。


「その歴史を知っていたから、師匠は私をこの時代に送り込んだんだと思います」


 少し気になることがある。


「バビロンが終わって、世の中はどうなった?」

「聞いた話ですが、バビロンが消失して魔術の文明そのものが消失してしまいました」

「そうなんだ」


 思った以上に未来が暗い……。


「私は、何してた?」


 気になって聞いてみた。


「そういうことはご法度だぞやよい」

「いえ。師匠は数少ない魔術を知るものとしてつつましく生きていました」

「そっか」

「たまたま、師匠が魔術を使っているところを見かけて、私が気になって弟子入りしたんです」


 ……おっちょこちょいだな、私。


「やよいらしいわね」

「うるさい」

「……私の師匠は、その争奪戦で魔術を学んだうえで戦ったと聞いています」


 あれ? と引っかかるところがある。


「魔術書奪われたのに魔女だったの、私」

「いろいろ勉強をしたといっていました。どれくらいかはわかりませんが」


 そっか。私、普通に魔術師になっちゃうんだ。


「他のみんなは?」

「魔術を忘れた、って言ってました」


 えぇ。魔術を忘れる? おっちょこちょいの私でも忘れなさそうだけれど。


「忘れたって……どういうことだ」


 すこし苦笑いして、クレアさんが問う。


「……敵の魔女のせいだそうです」

「そんなことが……いや、うちで管理している魔術書にあるな。それを使われたとなると……厄介だな」


 忘却魔法。確かに、魔術の使い方やらを忘れてしまったら、戦うどころではなくなってしまう。そういえば、以前気になっていたことがある。


「前、商店街で私たち戦ったじゃないですか。そのニュースで魔女のことが語られていなかったんですが、それって」

「いや、それについてはだな。魔術は普通の人の目に入らないんだ」

「そうなんですか?」


 意外な事実だ。でも忘却魔法を持った魔術師、思った以上に危ない戦いになりそう。


「ここまで聞いた話では、嘘と一蹴できそうにもないな。……それに、通常そろわなかったはずの『Dの書』が手に入った、という事実は大きい」


 シンの語る話は嘘じゃないと思う。未来の改変を恐れずにシンを送ってきた未来の私は、突拍子もないけれど、……この戦いに負けたことがとてもつらかったのだろう。私も負けたくない。


「聞くまでもない気がするが……シンはこの戦いで味方に付いてくれると」

「もちろんです。師匠のお願いですし、私も力になれるなら……」


 魔術部員、4人目の誕生だ。……ところで。


「シン、学校とか大丈夫?」

「あ」


 この子にも勉強やらやらないといけないことがあるはずだ。


「それは師匠が書類を用意してくれてました」


 準備がいいな未来の私。


「とりあえず、この時代の明海高校に転入して過ごしてほしいとのことで」

「力技ね……」

「おうちは?」

「未来に帰るときはどうするの」

「それは師匠の師匠……クレアさんに聞いてくれれば解決すると師匠は踏んでましたが」


 ぶっ、とクレアさんは吹き出した。


「はあ!? やよいお前!!」


 そんな無茶ぶりをされれば誰だってこうなるだろう。


「私じゃないです! 未来の私です!」

「こんの~!」


 クレアさんは力いっぱい私の頬をつねる。


「あれ?」


 シンが焦る。


「まあ、帰りはこっちにきた入口があるだろうからそこから帰せるんじゃないかと思う。住まいも……なんとかしよう。うう、かわいい部員のためにも……」


 後半泣きそうな声でしぶしぶ了承した。

 よかった、どうにかなりそうで。クレアさんには気の毒だけれど……。


 こうして緊急ミーティングは幕を閉じた。この魔術書争奪戦、何が起きるかほんとにわからないな。でも、戦力増強にはなった。よね?

 そろそろ魔術の練習とか、本格的に活動をしたくなってきたな。クレアさん……大変だ。

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