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七冊の魔女  作者: 黒上タクト
第一部
2/66

#02 仲間

 数日経った。あれ以降、魔女の抗争に巻き込まれることはなく、普通の日々を過ごしている。


 そういえば、あの赤い本について。私はクレアさんに本を渡そうとしたのだが、「今後もきみは狙われる可能性がある」と言って、彼女は受け取らなかったのだ。また襲われるのが怖いから、一応いつも鞄の中に(かさばるけれど)入っている。人の目には入らない程度に、隠しているけれど。


 教室の自分の席に着く。机の中に教科書を入れようとして、ふと何かが入っているのに気付いた。

『放課後、明海駅に来てほしい。クレア・ウェジーランド』それだけ書かれた手紙が入っていた。クレア、とはきっと彼女だろう。ウェジーランドのほうは聞かなかったけど苗字。明海駅は以前の抗争のあった駅だ。

 あれ以来正直、駅が怖くて、通らないようにしているが、呼ばれてしまった以上行くしかないか。クレアさんがいるなら、最悪どうにかなると思うし。



「今度サイトウさんに告ろうと思ってさー」

「マジ? やるじゃんよ」


 外から騒がしい男子の声が聞こえる。サイトウさん。入学してまだ日はそんなに経たないけれど、うわさを聞いたことがある。3年B組のサイトウさん。あまり興味なく聞き流していても、男子から人気なのがめちゃくちゃ聞こえてくる。


 頭脳明晰、容姿端麗、性格もめちゃくちゃ素敵、料理もお上手と文句のつけどころがない人物、それがサイトウさん。当然恋愛的にも人気が高く、サイトウさんに告っては撃沈する人が本当に多いみたいだ。誰かと付き合った、という話は一切聞かないからガードが堅いのか、それともそんな完ぺきな人間だからこそ恋愛には興味がないとか、そういうのなのだろうか。地味な私にはとても無縁な世界だ。




 無事放課後になって、手紙にあった通りに明海駅へ行く。ここら辺を通るのが帰宅への最短ルートだ。


 改札前に、見たことのあるショートカットヘアーの女性が見える。そしてその隣にうちの制服を着た、知らないツインテールの女の子が見える。


「お、来たか」


 こちらを一瞥したので、私は挨拶……しようとして、あることに気づく。そういえば、この人に名乗っていない。


「きみに紹介したい人がいる。ほら」

「明海高校1年D組、オウカゾエ ハナコといいます」


 おうかぞえ……その音になじみがなさ過ぎて、苗字と思えなかった。


「明海高校1年A組、古木やよいです。オウカゾエってどう書くの?」


思わず、聞いてみる。


「……よく訊かれます。凹む、数えるで凹数っていいます。ハナコは難しいほうの華子です」


 文字にしてみてもまるで馴染みがなくって、失礼だけどインパクトがある。


「私のほうも教えるね。古い木で古木。やよいは平仮名」


 そしてクレアさんのほうにも、

「古木やよいです」

と告げると、

「知っているとも」

と予想外の答えが返ってきた。少し、気味が悪くなる。


「えぇなんで」

「ヒジョーに申し訳ないがきみの周辺に異変がないか少し調べているときにふとね」

「ふと……」


 これ以上は……聞かないでおこう。


「で、なんで呼び出したんですか? この子がどうかしたんですか?」

「聞いて驚け。きみと協力してくれる魔女だ」


魔女。一瞬ぴくんと驚く。


「彼女は『Fの魔術書』を持っている」


 華子が鞄から何かを取り出す。分厚い、白い表紙の、これまた読むことのできない文字の躍る本を出してきた。


「『Fの魔術書』……」


 華子が出してきたので、私も本を出す。これは何の魔術書なんだろう。


「やよい、君のは『Cの魔術書』だ」

「『C』」


 変身の詠唱に"cutter circus"とあったことを思い出す。そういわれてみれば『C』のような気もする。じゃあ、『F』はFから始まる詠唱なのだろうか……。


「あの日から調べていたら奇跡的に、本を持つきみの同級生がいたものだからさ」

「うん、よろしくね、華子」


オウカゾエさんだとなんだか呼びづらいから下の名前で呼ぶことにする。


「よろしく、古木さん」


私が右手を差し出すと、ゆっくり握手してくれた。



「ところで、協力っていうのは……」


 おそるおそる聞いてみる。


「あの追跡者が出てきたときに協力だ」

「……たぶん、その追跡者のことやらいろんなことを聞きたいんだと思いますよ、クレアさん」


 華子が代弁してくれた。

 そうだ。あの時は成行き的に魔女になって応戦して事なきを得たけれど、いま考えてみればいろいろ情報不足だ。あの鎧はどうして本を追っているのか、とか、魔術書のこととか。上げていけば芋づる式に聞きたいことが出てきそうだ。


「うん。こういう関係になってしまったし、ちゃんと話しておこう」


 するとクレアさんはこの抗争について語った。

 まずあの敵のこと。あの敵は単独ではなく、集団で襲撃を行っているとのこと。そして襲撃の目的は魔術書の奪取。


「その集団の人間らしき人ともめてしまってね、本を奪われるわけにもいかないから泣く泣く魔術書をばらまくことになったのさ」


 ばらまく。そのニュアンスは本当に紙の束を放り投げるような感じに聞き取れたけれど気のせいだろうか。


 魔術書について。魔術書は以前体感したとおりに、とんでもない魔術(私にとってはライトの魔術もとんでもないけど)やその構造が書かれた『持ち出し厳禁』というよりそもそも『基本閲覧すら厳禁の国家機密』の貴重な書物だそうで、そのおっかない魔術による勢力拡大を図っていて敵が動いているらしい。全7巻。7巻?


「つまり、ここにある以外に」

「あと5冊だ」


 深刻そうにクレアさんが言った。


「この魔術書が濫用されると、私の国が崩壊する可能性が非常に高い」

「!」


 国といったか。そんなとてつもない書物がこの本なのか……!?


「国……国って……」


クレアさんは見た感じ、洋風な感じの人。アメリカが崩壊、いやアメリカじゃなくても国が崩壊なんて物騒すぎる。


「私の国はな、あそこにある」


クレアさんが大空を指さす。燦々と輝く太陽がその先にある。これは……きっと空の向こう、やはりアメリカ……!


「アメリカですか」

「アメリカ? いやいや、そんな大国じゃない」

「じゃあイギリス」

「違う。あそこと言ってる」


 指先にはやっぱり眩しい太陽しかない。


「……おっと、見えないか。しまったな……家に帰ったら変身して空を眺めてみてくれ」

「え?」

「『魔女』じゃないと見えないかもしれない」

「……私にも見えないですね」


 華子も見えていないみたいだ。


「……わかりました」


 帰ったら見てみるか。でも変身がいるのか……。



「そしてクレアさんはその書物との関係は……?」


 華子が問いてきた。確か以前『図書館の司書』と言っていた気がする。


「私はその本を取り扱う図書館の司書、と同時にこのばらまきを引き起こしてしまった張本人!」


 妙に元気なトーンだけれど、たぶん胸を張る場面じゃないと思う。


「その責任を負ってここまで探しに来たのさ」

「一人なんですか?」


 おそらく、この人の探し方は特定のポイントがわかっているような探し方じゃない。そうなると一人では限界があると思う。


「ああそうだ」


 しれっと発せられた言葉には驚いた。


「一人だと探すの大変じゃないですか?」

「んー、まあそうだな。だが、事件の起きた時のバビロンの位置的にはこの街周辺と私は睨んでいるよ」


 バビロン、とまたかっこいい単語が出てきた。


「バビロン?」

「私の国だ」


 ? いまいち要領を得ない。もしかして宇宙人……?


「一人で来たのは責任を取るためでもあるが、書の機密性でいってもあまり大っぴらに探すのはよくないからだ」


 ……なるほど。国家機密の漏洩に立ち向かうエージェント、と言い換えると映画の主人公みたいでかっこいい。ん? でもすると。


「……私たちがこれ読んでていいんですか……」


 寒気がする。この書物、私が持っていてはいけない気がする。


「うーん……まあ、大丈夫だろう」

「大丈夫!?」

「君たちを見たところ、それを濫用して波乱を起こすような人間じゃなさそうだしな」


軽々しく言うけど大丈夫かな……。


「『私の国では』漏洩するととてもマズいんだが、この国はどうにも平和だし、書を読める人間もほぼいない。それにたまたま拾っただけの人間を咎めるなんてことは間違っている」


まあ拾っただけで怒られるのはちょっと……。


「でも読める人間がここに二人いますよ」


 華子の冷静なツッコミが入った。


「そこは君たちを信じる」


 それでいいのか……。


「……で、だ。そんな君たちに頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいこと? 敵をやっつけることですか?」

「それもあるけど。この魔術書の捜索を手伝ってほしいんだ」

「捜索……」


 なんかそんな流れが来ると思ってた。思っていたけど……めんどくさいな……。


「さっきも言った通りこの街周辺に魔術書全7冊あると思われる。これは勘じゃなくてばらまいた時の位置、気象情報をもとにデータを取った結果と、私の精一杯の魔術をつかった探知の結果だ」

「ほう……その探知魔法でピンポイントに場所はわからないんですか?」

「……魔術は苦手なんだ……そんなピンポイントで探すことができればこんなことになってない」

 

そうだった。なーんか頼りになりそうでならない人って感じだ。


「捜索や戦闘のかわりに、と言っては何だが。きみたちに本が渡ったことやきみたちの魔術書の行使はバビロンへは黙秘する。明らかな犯罪行為は別だが」


 ……これは取引ではないだろうか。ノーと言えない空気を作られている気がする。


「ああもちろん、絶対いや、というなら嫌で構わない。その時だって黙秘する。戦いや捜索なんて私の厚かましい願いだからな。その場合は魔術書をここで私に渡しても、持っててもらっても構わない。ただどの場合でも私のタイミングで回収はする」


 ……。嫌か、といわれると。ここまでいろいろ聞いておきながら嫌とは、とてもいいにくい。それに前に『狙われるかもしれない』とか抜かしていたか。くそぅ、駆け引きのうまいお姉さんだ。



「嫌じゃ、ないです」

「!」

「探します。クレアさんに協力します」

「……私も協力します」


 私も華子も、クレアさんに同意した。


「あ~良かった! 本当に良かった!!」


クレアさんが私たちをハグしてくる。思いもよらぬスキンシップに驚く。


「きみたちの協力を得られなかったらどうしようかってドキドキしてたんだよ~! あーよかった!」

「……もし断ってたら?」

「……この捜索は失敗に終わっていただろう。敵対勢力に負けてね」

「そうなんですね……」


 喜びのハグを終えて彼女は落ち着く。


「まぁ言っておくけど本の捜索はゆっくりでいい。この街は広いからな。それに、きっと敵勢力と醜く奪い合うことになってしまうだろう。そのためにも、きみたちの協力はとても心強い」

「……クレアさんは戦いのとき、どうするんですか?」

「全力でバックアップしよう。魔術の自力の行使は苦手だが……知識はあるからね」

「そうですか」


 いまいち彼女がバックアップする姿は想像できないが、期待しておくとしよう。

 


 ……成り行きで見知らぬ人の、とても非現実的なお願いに巻き込まれてしまったなぁ、と家について一息つく。自分で「はい」と答えた以上、裏切る気はないけども。それに、戦いかぁ。この前のような危険な目に合う道を選んでしまった。


 でも、正直、なんだか心が地に足ついてないというか、浮ついている気がする。こんなことに巻き込まれているのに。誰かの役に立てるから? 非現実的な出来事だから? どっちにしてもだ。

 そういえば、と夕暮れの空を見ながら思い出す。「変身して空を眺めてくれ」と彼女は言っていた。……やってみるか。


「チェンジ、カッターサーカス」


手にした魔術書は以前同様赤い光から魔術師の衣装に変化する。心なしか変身すると体が軽くなった気がする。あの時は目の前のことに必死で気づけなかったけど。


 ふたたび空を眺める。夕暮れのオレンジに染まる空を真上に見る。すると、なにか飛行機のようなものが見えた。


「あれは……?」


 飛行機にしては全然動かない。一番星にしては暗い。目を凝らす。なんだろう、いつもより視力が上がっている気がする。……なんか見たことない機械に見えるぞ?

 自分の視力では限界があったから、双眼鏡を取り出してそこをのぞいてみる。

 ……!! これは……!


「な! なにあれ……」


 思わず声が出た。空に浮かんでいるものとしては異質なものが見える。

 それは都市。明らかに建物が並ぶ都市が飛行船のような巨大なカラクリに乗っている。そう表現するしかない、物体があった。


「あれが……バビロン……」


 驚きと興奮で、日が沈むまでその都市を眺め続けた。

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