プロローグ
久しぶりに長編(?)行きます。
不定期ですがよろしくお願いします。
―プロローグ―
彼女はトランクを1つだけを手にし、分厚い硝子で覆われた街の入口の門の前に立っていた。
そこは「職人の都市」と呼ばれる特殊な街だった。
彼女は、黒い癖のない髪を無造作に後ろでひとつに結び、手には指ぬきの茶の革手袋。黒のジーンズに白いシャツ。
腰には太い皮のベルトに吊られた工具の数々。そして、何かの薬品の入った蓋のされた試験管も何本か見受けられる。
その上には軽く締めたコルセット。足元はヒール7cm程の茶のブーツと言う格好であった。
彼女の前には精巧な細工がされていると解る門。高さは有に10mを超え横幅も有に5mは越えており、人の力で簡単に開く事が出来るのかは甚だ疑問であるが、方法を知っているならば簡単に開くのだろうと想像は付く。
この街に辿り着いて、彼女は条件を思い出す。
この街に住む条件はただ2つ。
犯罪を犯していないもの。
何かを作ることが出来るもの。
その2つを条件として、持ち合わせれば入ることは可能だろう。
ただし、この「都市」が望まないレベルの「職人」であれば、決して「独り立ちを許されない」つまり、何処かの工房の従業員にしか成れないと言う、甘えは一切無い街であった。
とりあえず、街に着いたこともあり、彼女はその場に座り込んだ。入居するための人の行列も無く、独りという事が少し気を抜く事になったのだろう。
辺りに人の気配は無く、あるのは静かな石畳の広場。その先は薄暗くなっていて奥はどうなっているのか分からない。
ここへ辿り着いた経緯を思い出しても、大和国から船に乗り船旅が3日。港もそこそこ賑わっていたが、予想ほどではなかった。
そこから「職人の街」へと向かう所までは記憶にあるが、それから先はこの門に辿り着くまでがあやふやである。
「何か気分悪いな」
いや、気味が悪い、か。
顔立ちはキツめの和風美人、とは言え、スタイルは全体的に上に伸びている為に和美人、とは少し違う雰囲気を持っている。
目元に付けられた金の丸眼鏡が愛嬌を感じさせる。
と、その視線が横に向けられた。
小さな子供が、所在なさそうに立っていた。
何時からそこに居たのか分からない。
彼女が来た時には居なかったのは、確かだ。
それでも少女とかろうじて分かるのは、薄汚れて穴が空いているワンピースらしき物を身にまとっていたからである。
不思議そうに彼女を見つめる視線に、居心地が悪そうに立ち上がると彼女は小さなポーチをトランクから取り出して小さな飴を取り出した。
「食べるか?」
そう尋ねる彼女に、少女は不思議そうに手の中の飴を見つめるだけだった。
「まさか、なぁ………いやいや、飴嫌いか?」
「……あ、め…?」
何とか聞き取れた声は掠れていて酷いものであった。
その声を聞いて彼女は顔をしかめると、少女の口に飴玉を放り込んだ。
「食べてろ、何かマシなもん無かったかな」
呟きながら彼女トランクの中を探り始めるが、めぼしい物は見つからない。
「あー、さっきので終わったか、いや、チョコぐらい入って無かったか?……無いよなぁ…………だよなぁ」
自分で探しながら無いと分かっていても、それでも何日もロクに食べてなさそうな子供が居れば何とかしようと思う程度には、彼女は善人だった。
その時、門が音を立てず静かに開いた。
中からは仕立ての良いグレーのスーツを身にまとった男が出てきた。
歳の頃は40代頭くらいで、真面目なのか不真面目なのか絶妙なバランスを顔に浮かべ、ブルーグレーの瞳で門を出てくる理由となった2人に向かい歩き始めたが、子供に食べ物を渡そうとトランクを引っ掻き回している女性と、それを不思議そうに見つめながら、自分の身体に巻き付けた布と呼びたいワンピースを握りしめている少女の様子を見つめ、彼女を見つめると口を開いた。
「………………貴女はご自分のお子さんを虐待する趣味をお持ちですか、残念ですが……」
「違う!!止めろ!人聞きの悪い!!……この子供はこの門の前で出会ったばっかり!!てか、カメラで見てたんだろうがよ!!」
「はい、見てました」
しれっと返されて彼女の表情が引き攣る。
ざけんな、このすっとぼけ野郎。
両手を固く握りしめる。
「まあ、この子供は施設送りですからお気になさらずに貴女の手続きを先に済ませましょう」
どうぞ中に、そう誘われて彼女はトランクを持って門の中に入ろうとして足を止めた。
そして、少女を振り返ると手招きをした。
恐る恐る近付いて来る少女に新しい飴を握らせる。
「コレよりマシなもん後で食わせてやるよ」
「酔狂ですね、ですが拾ったなら最後まで面倒見てくださいよ?」
「あー、まあ、何とかなんだろ。アタシの特技が特技だからね」
恐る恐る新しい飴玉を口に入れた少女と視線を合わせるためにしゃがみこんで笑ってみせると彼女は苦笑した。
「ゴメンな、腹空いてるだろ?手続き済ませたらご飯にしような?」
「…………ごはん…たべて、よいの…?」
「構わないさ、アタシとこれから暮らすんだ。飯ぐらい食わせてやるよ」
「男前な台詞ですねぇ。食わせてやる、ですか」
「いちいち茶々入れんな」
そう返して、少女に手を差し出すと、殴られると思ったのか少女は咄嗟に頭を庇って小さくうずくまった。
「よし、両親見つけたらぶん殴る」
「見た目よりも武闘派ですね〜、貴女」
「脳筋とは良く言われた。それより、早く手続き!!この子が飢え死にしちまうよ」
「まだ大丈夫ですよ」
「ギリギリ見極めんな、子供が可哀想だろうが」
「いやいや、こういった子供は動かなくなってからが勝負ですから」
「蹴りあげて良いか?」
「良いわけありません」
そう答えると、男は門を入ったところにある家を指さした。
大きなログハウスとでも言いそうな外見の建物に入れば、中は大きな机と向かい合わせの椅子が2組と、簡易キッチンがある程度の小屋と呼んでも差し支えない所だった。
「では、こちらに記入をお願いします」
「はいよ」
差し出された万年筆で、あまり綺麗とは言えない字で空白を埋めていく。
職業の部分で一瞬手を止めると、やがて「鉱石師」と書き込んだ。
「珍しい名称使いますね?細工師とか、ミニチュア作家とかありますけど」
「製造過程が違うんで、それとはあまりにかけ離れてると言う自覚はあるんでね」
「まあ、良いですけど。実力はありそうですし、今なら、一軒家空いてるんでそこを埋めて欲しいんですよね〜」
「アタシが聞いた話だと、この街で家を持つのはかなり厳しい条件が無かったか?」
「ありますけど、あの家、先代が無くなってから人が居着かないんですよね。幽霊が出るとは言われて無いんですけど、何か直ぐに出てってしまうんで」
困ってたんですよね
そんな事を言われて、彼女は頭を搔いた。
「幽霊は専門外だよ」
「出ませんて、ただ、場所の関係もあると思うんですよね」
「あん?」
「町外れの硝子の壁に1番近いんで、眩しいのも人が居着かないのかもしれなんで」
「あ〜、この街では下の階層になるほど腕の良いマイスターなんだっけ?ただし、本通りに限る的な」
「近いですね。最近は中心辺りがそう呼ばれてます。食事やクリーニングなどの生活に必要な地域は3階層辺りですね。その上は住居層になっているので、人の行き来は大体1〜3階層が頻繁に行われています」
「了解、分かった。とりあえずソコに住まわせて貰おうか。ああ、忘れてたわ。この街に入るのに必要な試験の材料は、どんなモノでも、質が悪くても良いから鉱石を持ってきて貰えるか?提出期限は1週間だったよな?」
「はい、ですが、加賀透子さん。お子さんの名前はどうされますか?」
「ん〜?うん、水面。今日からこの子は加賀水面でよろしく」
「う……?」
「水面、今日からよろしくね」
「み……なも?」
不思議そうに繰り返す少女に、透子は頷く。
「そう、水面。今日からお前の名前だよ」
「な、まえ……み、なも」
嬉しそうに微笑む少女に透子は手を差し出した。
「?」
「ご飯、食べに行くよ」
「そのまま連れて行ったら騒ぎになりますよ」
「あー、湯を貰えるか?」
とりあえず少女の全身をお湯で濡らしたタオルで拭くと、どれだけ風呂に入ってなかったのかタオル2本がダメになった。
本人が気持ちよさそうにしていたのがまだ救いかもしれない。
手持ちの服を漁ると、半袖のシャツが出てきたので水面に着せるとバンダナで腰の所をベルト代わりに結びつけた。
「これなら服を買いに行けるな」
「手際良いですね〜」
「あと、家の地図。子供服の店のも頼む」
「家はこちらの地図になります。店は大通りにいくつでも。手に入らないのは犯罪関係の物だけですよ」
そう言う男に、透子は苦笑した。
この街の噂は知っていたのだが、子供服まであるとは思わなかった。
この街の住人が家族を作れば当たり前のように子供が出来るだろう。
それならば確かに子供服は必要だ、そんな事すら頭に浮かばないほど透子の人生も色々あったのだ。
体力が無いだろう水面を両腕で抱えあげる前に、トランクを背中に背負う。
両手が空いてないのは致命的な時があるかもしれない、と色々改造をしていたトランクはさほど大きいものでは無い。
「それ、便利ですね」
「必要は発明の母、ってな。じゃあ、明日にでも鉱石を届けてくれると助かる」
「わかりました、明日の朝にでも届けるよう手配をします」
そして、1度黙ると透子を見詰めた。
「加賀透子さん、この街は貴女を歓迎致します」
「…………ありがとよ」
抱えあげた水面の重さは悲しいくらいに軽くて、触れる箇所から伝わるのは骨の感触で。
それでも大通りに向かって歩くと、やがて賑やかな通りに出た。
所々から蒸気が上がり、街が賑わってるのがよく分かる。
全体的に紅い街並み、何処か懐かしい街並み。
所々上の階へと向かう金網の付いたエレベーターが目に付く。
そんな街並みを見るとは無しに歩くと、水面の方がびっくりしたように目を丸くしている。
大きな歯車が蒸気と共に動いているのは、この街の動力が水蒸気だからなのだろう。
「あった」
子供服屋を見つけ近付く、と、その店の趣味が判る。
大人しい上品なデザインだ。
少し大人びてると言っても良い。
だが、水面を見詰め服を見る。
あまり似合いそうになかったので次の店を探す。
今度は少女趣味に走りすぎている。水面も、もう少し肉付きが良くなれば似合うかもしれないが、今は難しい。
仕方なく別の店を探そう視線を巡らすと、シンプルに綿のシャツ、吊りスカートを売っている店を見つけた。
「今日はあそこかな」
そう呟くと、透子は子供服屋に入ると水面を下ろした。
「好きな色とかあるか?」
「…………わからない」
相変わらず掠れた声だったが、少しはまともに声が出るようになって来ている。
「いらっしゃいませ、お子さんですか?」
「そう、この子の服を探しててね。今日から母娘なんだよね」
「あら、じゃあ今日の分と明日の分と寝巻き位は必要ね?」
手際よく店員が服を選んでいく。
その視線は時々水面を見て視線が動くのを確認して、好き嫌いを判断しているらしい。
「ちょっと選び過ぎました、この中からお選びください」
ちょっとした山になった服に苦笑すると、透子は水面を抱き上げた。
「ほら、好きなのを選びな」
「……これ」
そう言って手をつけたのは兎のパジャマだけで、透子は苦笑すると、適当にシンプルなシャツとスカートを数枚選ぶと、その中から今着ていく服を選び出した。
「コレは今から着てくから、値札を取ってもらって良いかい?あと、子供連れで食べやすい飯所を知ってたら教えてくれ」
「少しお待ちください……はい、これで大丈夫ですよ。ご飯はそこのエレベーターで3階に上がってすぐの所にオムライス屋さんがありますから、そこがオススメです」
「オムライス…………食べた事無いな、だが、折角のオススメだ行かせてもらうよ」
手早く服を着せ、店を出ると言われた通りのエレベーターに向かう。
運良くエレベーターが降りていたので手動で鉄の格子を開け中に乗り込む。
そして、3階のボタンを押すと蒸気と共に歯車の動く音と振動が響き始め、ゆっくり動き始める。
腕の中で水面が固まっているのに気がつくと、透子は優しくその頭を撫でる。
「オムライスだって、一体どんな料理なんだろうねぇ?」
「……」
「美味しいと良いねえ」
「……うん」
ガタガタと音を立ててエレベーターが止まる。
ゆっくり外に出るとすぐの所に食堂があった。
紅いぼんぼりを暖簾にかけてあり、入口に置いてある看板には「営業中」と書かれていた。
「ここかな」
ひょいっと中を覗くと赤い米の上にオムレツが乗っている。
見ていると客の1人がナイフをオムレツを横に切り裂くようにナイフを動かす、途端に卵が広がる。
「いらっしゃいませ」
「2人だけど大丈夫かい?」
「はい、お席に案内しますね」
テキパキと2人がけのテーブルに通されるが、すぐに1つ椅子を持って行ってしまう。
不思議に思ってみていると、今度は座席が高くて座るところが小さな椅子を運んできた。
「え?」
「お子様はこちらのお席にどうぞ、お母様はそちらのお席をお使いくださいませ」
子供用の椅子を初めて見た透子はしばらく椅子と水面を見比べていたが、何時までもやっている訳には行かない事に気が付き、恐る恐る水面を椅子に座らせた。
「大丈夫か?」
「……」
無言で頷いた水面に安心して、背中からトランクを下ろし席につくと、先程の店員がやってくる。
「ご注文はどうされます?メニューをご覧になりますか?」
「あー、1番プレーンなのを1つと子供用のオムライス?を頼む」
「かしこまりました、お子様用オムライスに、プレーンオムライスをお1つずつですね。少々お待ちください」
テキパキと動く店員を見るとはなしに見ていたが、水面に水分を摂らせて無かったことを思い出し、テーブルに用意されていた子供用の小さな木のコップに同じようにテーブルに用意されていたピッチャーから水を注ぐ。
無言で水面の前にコップを差し出すと、一瞬動きを止めた水面にゆっくり話しかけた。
「ゆっくり飲んで、沢山あるから」
「うん」
恐る恐るコップを両手で持ち、ゆっくり水を飲み始めたのを確認してほっとした。
水面が何歳か分からないが、自分で水を飲めるのだからそこまで小さな子供ではないだろう。
愛されない子供は成長が歪だと聞いたことがある。
「お待たせしました、お子様用オムライスになります」
差し出されたそれは赤い米だと思っていた物は、米に赤いソースが絡んでいるのだと判る。
小さく刻んだ野菜も入っている。
上に乗っているオムレツを、透子は子供用のナイフを使って見よう見まねで切り開く。
綺麗に、とはいかなかったが,そこそこ見られる形で広がった卵に、水面の瞳が輝いた。
「食べられそうか?」
「うん」
大きく頷いた水面の手にスプーンを握らせると、本当にお腹が減ってたんだなぁ、と分かるような勢いで口の中に詰め込んでいく。
「プレーンオムライスお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
「ご注文はお揃いですか?」
「ああ、ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ」
そう声を掛けて店員は戻って行く。
自分用のオムレツにも乗せてある卵の固まりを不器用ながらも切り開く。
ゆっくりと開き落ちていく卵。
1口含むと、色々な味がしてなんとも言えない料理。
目の前で、口もきかずにオムライスを掻き込んでいる水面が落ち着くのを待ちながら、透子は食事を終わらせた。
透子はまだ10代です(笑)