上下の下
その区域の木の枝に、びっしりと鳥が停まっていたんだよ。
いろんな鳥がいた。この山に、こんなにいろんな種類の鳥がいるのかって驚いたよ。
みんな一言も発せず、ギッとこっちを見てるんだ。何羽いるんだかまるで見当もつかない、俺たちが近づいても飛んだり威嚇しようともせず、じっとこっちを見ているだ。
それはそれで凄絶な光景なんだが、それよりも気持ち悪いのがね、何本もの木の、てっぺんから横ぶりから地べたまで、太い蜘蛛の巣みたいなものが張り巡らされていてな、真ん中の木の根元の部分に、糸が何重にも纏められていて、中に何かいるんだよ。
近づいて見ようにも鳥がおっかない。三人とも立ち止まって固まっちまって、上から下まで何度もぐるぐる見回してな。
立ち止まって、それ以上近づこうとしなかったのがよかったんだろうな、鳥たちはじっとこっちを見ているだけで、殺気を放っているわけじゃないんだ、だからかじいちゃんも銃を構えることをしなくてな、あそこで一発撃っていたらどんなことになっていたか、考えたくもないよ。
鳥はこっちを見ているだけだから、自然と糸の流れに目が流れていってな、真ん中に何がいるんだろうってことに意識がいって、目を凝らしていたら、なんか動物の胎児だって思えてきた。一度そう思ってしまうと、膜みたいになってる部分がゆっくりゆっくり上下しているように見えてな。三人、話し合わずとも(ここはやばいところだ)と思うよ、ゆっくり後ずさりしてここを去ろうと。
鳥たちはずっとこっちを見ていて、後ろに動き出した俺たちにも特に反応しなかったんだが、男の人が持っていた鳥かごの雛たちがな、すげぇ声で鳴き始めたんだよ。
いや、歩いてるときもずっとさえずっていたけどな、小さな声で可愛くさえずっていたんだよ、俺たちがウグイスの縄張りが見つからなくてそっちに集中したら意識から外れたくらい小さくてどうでもいい声だったんだよ、それが鳥たちの気配に当てられたんだか、小さな雛なのに三羽とも低くてすげぇ声を出し始めてな。
こりゃダメだ、もうこの三羽はまともには育たないって、ガキの俺が思ったくらいだ、男の人もそう思うだろう、とても悲しい顔になって、ここの鳥たちに加わらせようと、三羽とも駕篭から出したんだよ。
そしたらな、三羽とも鳥たちの方に加わろうと必死になって歩き始めたら、二十羽くらいびゃっと飛んできて、雛を食い殺しちまった。
こっちは三人とも呆然としちまってな、じいちゃんも男の人も顔が真っ白になってた。俺もそうだったろう。
その飛んできて雛を食い殺した鳥、全部ウグイスだった。そしてこっちを見て、すげぇ声で鳴き始めるんだ。
怒ったふうではなし、威嚇しているふうでもなし、その場を動かず、まともな鳥だったら絶対こんな声出さねぇだろうって凄い声でぎゃぎゃあ叫き始めた。
じいちゃんはそれをみて、緊張を解いたんだろう、肩の力を落として男の人と俺に、「もう行きましょう」って言った。
じいちゃんはそのまま、鳥たちに背を向けて普通の速さで歩き始めて、俺たちもそれに従ったんだけど、何回後ろを振り返っても鳥たちはその場に止まっていて、じっと俺たちを見ていたんだよ。
で何事もなくじいちゃん家に戻れて、男の人は黙って頭を下げて、帰っていった。こっちも何を言ったらいいか解らないから、黙って見送ったよ。あとで和尚さんから、あの人は鳥を育てる仕事から手を引いたって聞かされた。
俺もじいちゃんも、どう言ったらいいか解らなくて、このことには触れなかったんだけど、俺が家に帰る日の前の夜、じいちゃんがずっと考えていたことを俺に話してくれた。
「あいつら、あれを守っていたんだろう。じゃなきゃ真っ先にあれを食っちまっているはずだ。あれを守っていて、あそこから動くわけにはいかなくて、周辺の虫なんか食い尽くしちまったんだろう。そこによそ者の雛が来たから食っちまえって。カラスの雛だったらカラスが、ハトの雛だったらハトが食う暗黙の了解なんだろう」
そこで一旦区切って、
「俺も長年猟をやっていて、いろんな動物の胎児を見てきたけど、確かに胎児なんてどの動物もあんまり変わらないもんだけどな、それでもあれは見たことがないと思う。あの膜みたいな糸みたいなもんも、一体何だったのか…大学の偉い先生が調べたら解るだろうけど、あそこに行ったら次は恐ろしいことになるだろうし、武器をたくさん持っていったら、鳥たちはあれを食っちまって守るだろうな。もう触らないほうがいい」
で翌日家に帰ってな。
それからも夏休みはじいちゃん家に何度も行ったけど、もうこの話はしなかった。俺もじいちゃんも鳥に何かされたってこともないし、人に喋ったのもこれが初めてだけど、あんときの光景の万分の一も話せてないから、別に大丈夫だろう。
「蛇足」に続きます。




