王太子の決意、王太子妃の決意
「何だったのかしら……?仲悪かったのよね?」
「はい……レオン様がお生まれになったとはいえ、妃殿下に会いに来ることはありませんでした……
ですがさすがに毒を盛られて生死を彷徨われておいででしたので、心配なんじゃないでしょうか?記憶も無くしておいでですし……」
「確かに、それもそうね。鬼じゃないんだし、愛人に毒を盛られて死にかけた妻を心配して当たり前か。」
「その事ですが……どうやらセリナ様はレオン様がお生まれになった頃から殿下の訪れが無かったようです。
それでレオン様もお生まれになって幸せそうな妃殿下を恨まれていたんじゃないか……と噂になっております。」
「何それ、殿下が行かなくなった事なんて知らないわよ。別にこっちに来てた訳じゃないんでしょう?
婚約者をないがしろにしてまで手に入れた愛人でしょう?大切にして欲しいわよまったく。
そんな事で殺されかけるなんて……全部あの男のせいじゃない!」
「ひ、妃殿下落ち着いてください!殿下のお耳に入ったら大変です!さあ、お疲れでしょう?少しお休みになってください。
今は体を治すことだけを考えましょう。」
そう言って侍女はカーテンを閉めて出ていってしまった。残されたクリスティーナは横になり、隣のゆりかごで眠る我が子の寝顔を見ながら眠りについた……
「お、やっと戻ったか。お前まさか授乳まで見てきたのか?」
執務室に戻った王太子をからかうようにエヴァンは言った。返事がないことを不思議に思い書類から顔を上げると、王太子は心ここにあらずな様子だった。
(まぁ確かに妃殿下は、本当に何もかも忘れてしまったようで衝撃的だったよな。
あのキツい女があそこまで変わるとは……先程見た妃殿下は、まるでか弱い乙女のようで……この俺でさえ守りたいと思ってしまったくらいだ。
潤んだ瞳に豊満な胸……無垢で純粋な眼差し……まさに男達の理想そのものだったもんな。
アーサーも衝撃過ぎてボーッとしちまったんだな)
「それにしても、記憶を無くした妃殿下は可愛かったな。黙っていればあんなに美しかったとは知らなかったよ。
それにあの豊満な胸……俺も授乳が見たかったよ。くっくっく」
「エヴァン、冗談でもそんなこと言うな。クリスティーナは俺の妻だぞ?アンドレの様に手を出したらただじゃおかないからな。」
「おいアーサー、どうしたんだよ?冗談に決まってるだろう?お前が妃殿下を庇うなんて……まさかお前惚れたのか?」
(まさかと思うがアーサーの奴、自分の妻に恋をしたと言うのか?相手はあの妃殿下だぞ?まぁ確かに今は大人しいかもしれないが……どうせすぐ記憶が戻って元の妃殿下に戻るんだろう?
戻ったら可愛げもくそも無い高慢でキッツい性格の女なんだぞ?
まぁでも王太子夫婦の仲がいいことは良いことだよな……)
「セリナも居なくなったことだし、妃殿下が元気になったらもう一人子供を作ったらどうだ?レオン王子一人だけじゃ重鎮共がうるさいだろう?
クリスティーナが大人しい今のうちに、もう2、3人作っとけよ。それが嫌なら新しい妾でも探すか?」
「な……妻が大変な時に妾など探すわけ無いだろう!子供は……そうだな、あと2、3人クリスティーナに生んでもらうとしよう。
今は記憶を無くして不安なクリスティーナに寄り添わなくてはならないよな。ふむ……今夜からクリスティーナの部屋で寝るとしよう。」
ゾゾゾ……クリスティーナは寒気がして目が覚めた。レオンは相変わらず可愛らしい寝息を立てている……
(私の子供か……2度と抱くことはないと思っていたのに……え?何故?)
クリスティーナの脳裏に病室で泣いている姿が浮かんだ。とは言っても、自分が泣いているようで体に繋がれた管と白い天井、細長い照明が見えるだけだ。
(そうだった、私は病気で子供を産むことが出来なくなったんだった……)
体を起こし、レオンの頬を撫でながら思わず涙がこぼれてしまった。自分の子と言われてもピンと来なかったが、さっき授乳をしていた時に体の底から愛しいと思えた存在……これが母性と言うものだろうか?
この可愛らしい寝顔をいつまでも守らなければ……そう決意すると立ち上がり、3日間寝たきりで衰えてしまったであろう筋肉をストレッチでしっかり解すことにした。