毒
一旦部屋へ戻り、乳母にレオンをお願いして晩餐会へと向かう……クリスティーナは不安で思わず王太子の腕を掴む手に力が入ってしまった。
安心させるように反対側の手で手の甲を撫でられるうちに力が抜けていくのがわかった。
晩餐の席は王太子の隣で、本当に王太子はクリスティーナに運ばれてくる料理を先に自分の所に置かせてさりげなく毒味をしていた。
恐ろしいことにいくつかの料理はそのまま下げられる事になった……ワインも先に王太子が口にした物を渡された。
クリスティーナでは無く、王太子用に用意されたワインも1度下げさせていて、王太子にも毒が盛られたのだと驚いた。
舞踏会の前に控え室に行くと、ほとんど食べられないと見越していたのか軽食が用意されていた。
もちろん一口王太子が毒味した物を食べさせて貰った。専属の近衛騎士達がいたからか、ここの食事に毒は入っていなくてクリスティーナはホッとした。
クリスティーナがぼーっと食べていると、水差しに王太子がこそこそ何かを吐き出した。ぎょっとして見せて貰うと、小さな黒い粒がいくつかと、赤い粒が1つ浮かんでいた。
「この黒い物が毒で、赤は媚薬だ……俺のワインに入っていた。大方どこぞの貴族が自分の娘と既成事実でも作らせるつもりだったんだろう。もしくは娘本人か……
ああ、でも出さずに飲んでおいてもよかったな。ティナにたっぷり看病されるのも悪くない。」
(び、媚薬を飲んだ人の看病って何ですか?体で慰めろと言うことですか?ひー!
それにしても……予想以上の毒の数……これ全部私に盛られたんだよね?)
「これで分かっただろう?いいか、舞踏会では絶対に離れるな!酒も飲むな!約束してくれ!」
「わ、分かりました!でも何も飲むなって……今食べたので喉が乾きました。水差しの水はもう飲めないし……どうしたらいいんですか?それにトイレにも行きたいです!」
水か……そう言って王太子は指先から水の玉を出し、クリスティーナの唇に近付けた。クリスティーナは喉がカラカラだったので有り難くパクリと食べた。
王太子はまた小さな水の玉を作り唇に近付けたので、先程と同じようにクリスティーナがパクリと食べようとした瞬間、王太子の指が口の中に入って来た。
驚いたが指先から出て来る水の行き場が無くなってしまうので、仕方無くストローの様にちゅうちゅう吸うことにした。
王太子は面白かったのか指を引いたり入れたり舌に絡めたりして、飲みにくくて仕方無かった。
やっと指が抜かれてすぐにキスをされそうになったので手でガードして、トイレが我慢の限界だと伝えた。
控え室の中にトイレがあったので入ると、何故か王太子も一緒に入って来た。
危険が無いか確認するのだろうかと待っていたが、何かを探したり出ていく様子がいっこうに無かったので不思議に思っていると、用を足すように言われた。
「は?いえ、でしたら早く外に出てください!何でいるんですか?」
「用を足している間に敵が来たらどうするんだ?さらわれるかもしれないだろう?」
「いやいやいやいや、人に見られながら用を足す趣味なんてありませんから!無理です!本当に出て行ってください!」
クリスティーナが涙目で訴えると、王太子はそれもそうかと狼狽えて、鍵は開けたままでドアは閉めるが、ドアの前にいるからと言って出ていった。
クリスティーナは正直ドアの前にいられるのも嫌だが、中にいるよりはましかと思い我慢も限界だったので用を足した。
外に出ると、王太子はドアの前では無く少し離れた位置に待機してくれていたので、これなら音も聞こえなかったかと思うとホッとした。
「では……戦場へ向かうとしよう……」
心なしかほんのり赤い顔の王太子にエスコートされ、大広間へと向かった。
大広間横の王族控え室に入ると、陛下と王妃様、王太子の弟2人と妹が先に来て待機していた。
記憶喪失になってから、2回だけお会いしたことがあるが、陛下も王妃様もとても優しくていい人達だった。
陛下や王妃様も幾度と無く毒を盛られてきたようで、先程の晩餐での王太子の行動を咎めることはなかった。
むしろ今回はちょっと多かったようだな……と心配してくれた。
すぐ下の弟は今度他国に婿入りすることが決まっており、一番下の弟は自由奔放な性格のため、留学と称して色々な国を渡り歩いている。
王太子は生まれた時から王になることが決まっていて、兄弟達とは別の教育が施されていた為、あまり共に過ごす時間が無かったようで兄弟仲は悪くは無いがどこかよそよそしい。
兄弟達はクリスティーナに対しても一線を引いているようで、あまり話しかけてこない。まぁ、仲良くなるのもめんどくさそうなので、それはそれでいいのだが……
いよいよ王族の入場の時間だ。今回はここにはいないがレオンが主役なので、両親である王太子とクリスティーナが最後の入場になる。
次々王族が出ていくなか、クリスティーナは緊張で足が震えてしまった。クスリと耳元で笑い声が聞こえ、王太子にしっかり腰を抱かれての入場となってしまい、顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。




