第六話 「エルフ族とドワーフ族」
「それで目が覚めたら……ここに居たんだ」
勇人が言葉にした時点で、脂汗が顔から滴っていた。
思い出すだけでおぞましい、死の感覚。
体中から感覚が抜けていく喪失感。
何よりも……。
痛覚が飛びぬけていた。
胸に利器が突き刺さっていく冷たさ。
自分の血液が飛び散る凄惨さ。
命が無くなる、というのはこうまで恐ろしいのか……。
ゴクリと生唾を飲み込む勇人。
話しているうちに立っていられず、いつの間にかベッドに腰を掛けてしまっていった。
同時に、気付く。
そうだ、自分は一度……『死んだ』はずだ。
何故、今ここで……。
「話を聞く限りでは、かなり戦線状況は芳しくないみたいですね……」
話を聞いたシロナは口をキュッと結び、眉をひそめる。
「そういえば、泉でネロちゃんが見つけた時は、服はボロボロだけど無傷だった、って言ってましたけど……」
「……ネロ?」
勇人は訝しげな表情をする。
もうこれ以上、情報量を増やさないで欲しい、と。
「おー、おー。やっとこさ起きやがったか~!」
扉が乱雑に開けられた。
先ほどシロナが入ってきた奥ゆかしさなど、微塵も感じられない粗暴さ。
銀色で所々跳ねた短い髪。
そこの頂点に生えている獣のような耳。
少し焼けた健康的な肌。
釣りあがった金色の瞳は、活発さを感じさせる。
「ネロちゃん、アイザーユート様は今起きたばっかりなんだから、もっと静かに!」
「あぁ……。名前、相沢が苗字で、勇人が名前だから。フルネームで呼ばれると変な感じ……」
「え? アイザーユート……で、苗字……? 名前……?」
「……ユウト。もうそれでいいよ。ごめん、ややこしい言い方して」
「? やはり、異世界の文化は変わっておられるのですね」
「おいおい、ナニ湿気た面してんだぁ~? 伝説の勇者なんだろ、オメーよぉ?」
ネロと呼ばれた少女は、どんどん近づいてきている。
ベッドに座る形でいる勇人だが、ネロの体躯はその状態の彼とさほど変わりはなかった。
非常に、背が低い。
少し目をあげるだけで、頭がそこにある。
「っ!?」
「……ふぅん。なんだ、まだ子供なんだな」
思わず近づけられた整った顔に驚いて勇人は身を引く。
対するネロは、小さくも緩急の激しい身体で胸を張った。
ピッチリした黒い伸縮性の高そうなインナー、紅いフード付のローブ。
短く動きやすさ重視のパンツスタイルに、オーバーニーのブーツ。
長さはあまりない刃物を腰のベルトに携えている。
背中には革製のやや小さなリュックを背負っていた。
見た目だけなら、立派な冒険者のようにも見えるが……。
「こら、ネロちゃん! ドワーフ族からしたら、年下に見えるのは当然でしょう? 失礼だよ!」
「はいはい。6歳のお子ちゃまは黙っていましょうね~?」
「6歳!?」
理解できない年齢に声を上げた。
どうみても自分よりは幼く見えるネロだが、シロナに関しては落ち着いた雰囲気も相まって、年上だと思っていたのだ。
「ええ。私たちエルフ族は短命な種ですので。成長速度は凄く早いんですよ」
「アタシ達ドワーフは逆な。エルフが大体30年ぐらい、ドワーフは200年ぐらい生きるかな?」
「人間族の年齢換算で言うと……私が18歳ぐらいで、ネロちゃんは14歳ぐらいだよね」
「ちなみに実際の年齢は28歳な。で、お前はいくつなんだ?」
「え? あ、俺は……今は15歳。もう少しで16になる」
「ふーん。年の割には、結構ガキっぽく見えるな、お前」
「ネロちゃん!」
挑発的な言葉は既に勇人に届いていなかった。
常識外れすぎる……。
シロナは年上でネロは年下に当たるわけだ。
だが、それは見た目の話で、実際に生きてきた年齢は逆で……。
(もう、わけがわからん)
土石流のように押し寄せてくる情報に、頭を抱える勇人。
というかエルフ族って、普通は長命種じゃないのか。
それに、さっきからぴょこぴょこと動くネロの耳も気になる。
獣人のように頭部にもあるし、人間と同じ耳も顔の横にある。
4つ、耳があるわけだ。
どっちが本物なんだ……。無性に気になってしまう。
「そ、れ、で!」
ネロは(彼女にとって)高い椅子に、小さく跳躍してから座る。
腕と足を組み、鋭い目つきのまま続けた。
「どーすんのさ、これから。伝説の勇者サマお目覚めになったわけだしよ」
「どうする、って……。うーん。とりあえず、おか……んんっ。女王様に報告しに行く?」
「……あの厳格おばさんに、勇者のこと話してどうすんだよ」
「女王様にそんなこと言わないの! ……でも、ユート様がセンソブラに行くなら、許可を貰わないと」
「許可貰っても、金とか時間もかかんだろ。それはどうすんだよ」
「……女王様も、勇者様が召喚された、って知れば特別な待遇してくれる……と……思う……」
「……はぁ。まあ、連れてってみねぇとわかんねぇか。よし、じゃ行くぞ!」
勢いを使って椅子から飛び降りるネロ。
素材で締め付けられているはずの胸部が激しく振動する。
「え、行くって、どこへ?」
いきなりの提案に声をあげる。
頭の整理もついていないのに、どこへ連れて行かれるのだ。
「だから、リュミド城! 女王がいるのはそこに決まってんだろ~?」
「待ってよ! まだ俺、行くなんて言ってない!」
「はぁ~? 勇者が何を言ってんだよ。お前の使命なんて決まってんだから、迷うことなんてないだろ!?」
「使命……?」
「コスモス様を救うため、大魔王を倒す。それが勇者の使命じゃねーか! そのために、この世界へ来たんだろ!?」
「な、なんだよそれ!?」
…………いや、合っている。
彼がコスモスに呼ばれた理由はそれだから。
けれど、思い描いていた物とはあまりにも現実が乖離しすぎている。
もっと楽に行けると思った。
もっと強い力が得られると思った。
もっと素晴らしい称号だと思っていた。
そんなもの、一つもありゃしない。
異世界に飛ばされて、何もできずいきなり死んだ。
今の自分にあるものは、それだけなんだ。
「…………とにかく、ちょっと待って……」
絞り出すような声を勇人は出した。
彼が今できる、精一杯のことだった。