第二話 「見慣れぬ景色と女神の願い」
カーテンの先、窓越しの世界。
メモリージやら王都やら、とにかく意味がわからない。
そんな疑問を一気に吹き飛ばすその幻想的な風景。
「どっ……ええ? なにこれ?」
煉瓦製の建物。現代建築では、外国でないとまず見られはしない。
道も適当に舗装されたものだ。明らかに、自分たちの住んでいる世界と時代が違う。
また光が極端に少なく、まるでいつも雲の下に居るよう。
そう思って、勇人は更に上を見る。
「……木?」
「ええ、私たちの『スフィア』はあの『クススギの樹』を中心に栄えている、主に『エルフ』が暮らす世界なんです」
日光が届かないのはその樹の枝葉で遮られているからだ。
薄暗いその樹下は、街灯によって光量が補われている。
常に不自由はしない明るさは保たれていた。
「……スフィア……? エルフ……?」
勇人の頭は既にパンクしそうだった。
情報量についていけていない。
高校一年生、15歳の彼の脳では、一度に処理は不可能だろう。
「あ、そうですよね」
シロナが手を叩きながら続ける。
「『勇者は異世界より召喚されてくる』のですから、私たちの世界が見慣れないのも仕方ありませんよね。すみません」
「異世界……?」
頭が痛む。
《わたくし達のオレルティスを……》
脳裏に、聞きなれない単語が走っていく。
《お願いします……》
これは……。
そう。
『自分の記憶』
思いだしてきたのだ。
彼が何故、一度絶命しても再び起き上がれたのか。
そうだ。
勇人は胸をまさぐる。
傷はないが、間違いなく起こった出来事。
心臓を突かれて、命が消えていく感覚。
嘘ではない。
幻術の類でもない。
あれは……己の過去。
「俺……そうだ。俺、頼まれたんだ」
不安げに、けれども口に出す。彼の使命を。
「『コスモス』を助けるため、俺はここに呼ばれたんだ……!」
記憶が鮮明になる。
『コスモス』とは、人……いや、人じゃない。
この『世界の神様』の名前だ。
――――
相沢勇人は、どこにでもいる普通の高校1年生だった。
どちらかというと、外で遊ぶよりは家にこもってゲームをする方が好きなタイプ。
深く考えずに勉強をして合格した、普通の高校。
部活に興味はあったけど、激しいスポーツなどは好きじゃない。
適当な文化部に入ったはいいけど、それも続かなかった。
学業が終わり、家に帰って通学鞄を床に置いたら、ゲーム機の電源を起動させる。
楽に勝ち進むためのレベル上げをしながら、スマホを片手に動画を見たり、SNSもしていたり。
そんな時間が好きだった。
しかし、とある日。
自室でゲームをしていたら、画面に吸い込まれたのだ。
嘘みたいな本当の話。
あまりにもありふれていて、ありえない話。
発光の後に吸い込まれたので、勇人は目をつぶっていた。
次に開くと、そこはまるで宇宙空間に居るみたいだった。
漆黒の背景に、宝石のようにちりばめられた輝く星々。
ひときわ目に着いたのは、6つの星。
太陽のように光る星を中心に回っている。
緑色が多いもの、水ばかりの真っ青なもの、地表が真っ白なもの。
黒くて、不気味な様子のものもある。
少なくとも、それは自分たちの知る太陽系ではないことは確かだった。
「な、なんだよこれ……!?」
気が付けば、先ほどまで手にしていたコントローラーも無い。
普段着ではあるが、それ以外が異質すぎる。
ふわふわと浮かびながら、その奇妙な星々を俯瞰で眺める形になっていた。
「……突然、申し訳ありません。相沢 勇人様」
「ひえっ!?」
驚いていると、いきなり声が聞こえた。
女性の優しい声だ。
だが、姿は見えない。
知らない人に名前を呼ばれたことよりも、いきなり声をかけられたことに驚いて、勇人は聞き返す。
「だ、誰!?」
「わたくしの名前は『コスモス』……この世界を守る、創造神です」
「は……?」
「いきなりのことに驚くでしょう。ですが、あなたが眼に留まったので、つい助けを求めてしまったのです」
……そういえば、何かセールをやっていないかと配信ゲームサイトをいじっていたな。
あんまり見慣れないタイトルが、やけに気になって……
たしか、名前は『オレルティス・サーガ』だったっけ。
「えーっと……助け、って?」
「はい。わたくしは今、捉われているのです。災厄、大魔王ディストラによって……」
「…………」
「このままでは、わたくしは死に、世界そのものが消滅してしまうのです……。それを防ぐために、『適応者』である異世界の住人へ救援を求めておりました」
――ベタだな。
少しずつ状況が飲めて来てしまった勇人は腕を組んで思う。
そう。これは俗にいう『異世界転生』というやつだろう。
最近、良く見かけるから耐性はそれなりについていた。
驚いたのも最初だけ、そこまで言ってくれれば大体のことは掴める。
独り合点すると、彼は軽い口調で憶測を口にしてみた。
「わかった。というわけで、魔王を倒して私を助けてください、って話だね?」
「え、ええ……。端的に言えばそうなります」
女神は戸惑いつつも肯定した。
いきなり適応してきたら、そうもなる。
「よしよし。おっけー。それで、俺は一体どんな感じで生まれ変わるんだい? 貴族? 村人?」
「い、いえ。生まれ変わるわけではありません。成長するまで待てるほど、時間に余裕が無いので……」
「……ってことは、転生じゃなくて転移なわけかな?」
「転移……そうですね。勇人様を、そのままの状態でお運びする形になります」
「まあ、どっちでも同じようなものか。他には?」
「ええと……わたくし達の世界は、過去に勇者と呼ばれる存在がいました。彼とその一行によって、大魔王を封印したのですが……」
「最近になって、その封印が解けて、魔王軍が侵略してきた! ピンチなわけだ!」
「そ、そうです……。勇人様は、随分とご理解が早いのですね……」
「まあね。ゲーム好きだし」
「ゲーム……?」
鼻に手を当てて胸を張る。
物わかりも何も、どれだけのやりとりが今までされたと思っている。
次に来るのは……そう、技能系統の話だ。
「で、質問なんだけど……何か特別な恩恵とかあるんでしょ? ほら、こう超強いスキルとか!」
「ああ、はい。勇人様は、伝説の勇者の生まれ変わりとして、我々の世界『オレルティス』に召喚されます」
「ほうほう」
「伝説の勇者の加護は、まず御自身の状態が見れること」
「ステータス可視ってやつだ」
「何度倒れても立ち上がる、神の祝福、不死身体。仲間と共に、様々な恩恵が得られる『同行同期』」
「RPGっぽい」
「それか……しゃ……のみ……」
「え?」
ノイズが邪魔をしだした。
何かを伝えているはずなのだが、上手く聞き取れない。
「……ああ。すみません。もう時間がな……ようです。あとはご自身で…………確認してください」
「そんな、投げやりなチュートリアルみたいな……」
「申し訳……せん……ですが」
まるで、そこにあるかのように、手に優しい感覚が触れられた。
「この世界を救えるのは、あなただけです。どうか、わたくし達のオレルティスを……お願いします」
「…………わかった」
どうあれ、きっと強いのだろう。そういうものだ。
何より、誰かにこうやって頼られるのに悪い気はしない。
こくりと頷くと、感覚はなくなり。
次に見えたのは、まばゆい光。
こらえきれず、つい手で押さえながら目をつぶる。
そして、目を開けるとそこはもう異世界だった。