第三話 バスケと告白
今日の放課後はいつもより輝いて見える。
本日……田坂と桃井君が永遠の愛で結ばれるかもしれない。なんと良き日か。
ちなみに田坂は放課後になるや否や、帰る準備を……ってー! ちょっと待て! お前何帰ろうとしてんの!
「おい田坂! お前、部活は?!」
「あ? なんだよいきなり……行くわけねえだろ」
き、貴様ぁ! 桃井君が勇気を振り絞って……お前に告白しようとしてるかもしれないんだぞ!
こうなったら意地でも引っ張っていくしか……
「おい、田坂……体育館行くぞ。今日、レギュラー選抜戦があるそうじゃないか」
「だから何だよ。俺にはもう関係ねえよ」
この大馬鹿野郎! 桃井君が勇気を振り絞っ(以下略)
「関係ない事ないぞ! いいから行くぞ、お前を待ってる人が居るんだ!」
「はぁ?! ちょ、手握んな! 放せ!」
うるさいうるさいうるさい! 何を少女みたいな事言ってんだ!
いいから行くぞ!
※
意外と素直な田坂と体育館へとやってきた私。
ムフフ、さてさて、桃井君との愛を見せつけて貰おうか。というか凄いギャラリー居るな。やっぱりバスケ部男子は人気あるのかしら。一年坊主の中には桃井君をはじめ、可愛い系の男子が多いみたいだし。
「ぁ、龍ノ宮先輩!」
お、噂をすれば。桃井君が私目掛けて走り寄ってくる。なんか柴犬の子犬みたいだ。可愛いぞ。
「おっす、桃井君。見に来たぜ」
「は、はい、よろしくお願いします……って、田坂先輩も?」
うむぅ、コイツ引っ張ってきた……って、私まだ田坂の手握ったままだったわ。桃井君の前でなんてことを……。二人の邪魔をするような真似をするわけには……。
「……もしかして田坂先輩……そうなんですか?」
「あ? 何が……」
なんか桃井君が田坂を睨みつけている。
むむ、何が起きた? 何この空気。
桃井君は意を決したような表情に。ぁ、もしかして……もう言っちゃうのか?
田坂に、もう告っちゃうのか?!
「龍ノ宮先輩」
「ん? おう、何かな」
「今日……僕がレギュラー取ったら……僕と付き合って下さい!」
……あ?
一瞬……さっきまでガヤついていた体育館が静まり返った。
そしてバスケ部員は勿論の事、ギャラリーも私達に注目している。
え、聞き間違い……だよな?
いやいや、桃井君、君が告るのは田坂であって……
「……そういう事かよ」
すると田坂は舌打ちしつつ、私に鞄を放るように預けてくる。
っていうか鞄軽っ! お前、ちゃんと教科書とか持ち帰って予習復習しなきゃダメだろ!
「おい、桃井。ウォームアップ付き合ってやるよ。1on1でいいだろ」
「やっぱり……そうなんですね。田坂先輩も……。えぇ、望む所です。よろしくお願いします」
ん? 何、何が始まるの?
桃井君と田坂の……キャッキャウフフな展開は……何処行ったの?!
※
田坂は制服の上着を脱ぎ、Tシャツ姿に。そしてギャラリーが見守る中、二人だけの試合……いや、勝負が始まる。
というか私……全く頭が追い付いてないんだけど……どうしてこうなった? なんで勝負なんてしてるの? 田坂と桃井君のくんずほぐれつのふれあいは……?
「先輩、眼鏡……外さなくていいんですか? 危ないですよ」
「心配すんな。一年坊主にそこまで本気にならねえよ」
二人は向かい合い、まず先に攻めるのは桃井君。
うっ……先に責(攻)めるとか……モモ×サカ……。大人しい桃井君がクールイケメンを責める……これはこれで……
【注意:〇〇×〇〇は、攻め側×受け側 みたいな表記です。間違ってたらスイマセン……BLに詳しい方、アドバイスなんぞありましたら宜しくお願いします……】
なんか作者の弱腰な注意書きが……。
まあ、そんな事より……今は見守るしかない。なんでこうなってんのか、未だにわかんないけど。
「じゃあ……よろしくお願いします」
桃井君が田坂にパスし、再び田坂が桃井君へとパス。
むむっ、二人の戦いの火ぶたが切って落とされた! 桃井君は腰を低くし、ドリブルをしたかと思えば……って! いきなり田坂に突っ込んだ!
バスケシューズのキュッキュ音が響き渡ったと思えば、桃井君はいとも簡単に田坂を抜き去り……レイアップシュート。非常に綺麗に決まる。そして体育館は一瞬静寂に包まれ……一瞬で燃え上がった。桃井君を称賛する叫び声が湧き上がる。
「うおおおお! 桃井すげー! やっちまえー!」
「イケメンぶったおせー! 彼女手に入れろー!」
会場は大盛り上がりだ!
というか彼女って……もしかしないでも私の事……だよな。
なんかさっき、桃井君に告白みたいな事言われたし……いや、みたいっていうか……まんま告白だけども。
「やっぱり……まだ右足気になりますか? 田坂先輩」
「あぁ、お前にはちょうどいいハンデだろ」
田坂は少し前の試合で右足の靭帯を痛めている。幸いそこまで酷くは無かったが、それが切っ掛けで田坂はバスケ部から疎遠になった。ブランクは数か月……だろうか。それに対して相手は期待の新人。田坂がサボっている間も汗水たらして練習に励んでいたんだ。一見すれば桃井君が圧倒的に有利。
田坂は怪我治ってる……よな?
でもやっぱり気になるんだ。怪我の恐怖はそうそう克服出来ない。私の知識は漫画からだけども。
「田坂先輩、本気で来て下さい。じゃないとウォームアップにならないんで」
「にゃろう……」
田坂を挑発する桃井君。なんか凄い余裕……でもないか。桃井君は警戒心むき出しだ、たぶん。
今度は田坂が責める側。サカ×モモという事か。王道……。
再び田坂から桃井君にパスを出し、桃井君からパスを受け取る田坂。
ちなみに身長差は激しい。田坂は身長180以上あるだろう。それに対し、桃井君は私より低いから160そこそこか。しかし身長差などテクニックでいくらでも埋められる……と漫画でやってたような気がする。
「桃井、レイアップの手本見せてやるよ」
「間に合ってますよ。田坂先輩より上手い先輩沢山いるんで」
田坂は姿勢を低くし、ドリブルしながら桃井君にキスを……いや、スキを伺う。流石に簡単に抜く事は出来ないのか、攻めあぐねて……と思ったら桃井君がボールを奪いに!
一瞬、会場が静まり返った。桃井君はボールを奪いに田坂へと突っ込んだ。しかし田坂は、まるで桃井君をおちょくるように、股の下へボールを通したかと思えば……ん?! 一瞬で桃井君が抜かれたぞ!
なんだ今の!
「レッグスルーだね。フェイントを混ぜて切り返す事で、相手を翻弄するテクニックさぁ。バスケではポピュラーな技だよ」
むむっ、解説役ご苦労! 誰か知らんけど!
って、ぁ! 田坂がもうレイアップ決めてる! なんだ、あいつ滅茶苦茶ウマイじゃん! 怪我なんて気にさせないプレイだ!
「でもこれで桃井君も本気になる筈だよ。今まではブランクのある先輩ってイメージだった筈。桃井君のスイッチが入ったね」
ふ、ふむぅ。桃井君もまだ本気では無かったという事か。
ちなみにこの勝負は三本勝負。今は二人とも一本ずつ決めてる。まだまだ勝負はこれからだ!
「どうした桃井。まだ動きが固いな」
「ええ、ようやく暖まってきましたよ」
どうなる……この勝負……!
なんか私、何か忘れてるような気もしないでもないけど……!
※
二人の勝負は熾烈を極めた。もはやウォームアップどころじゃない。結構ガチだ。もうバスケ部の練習時間も始まってるというのに……監督は止めようともしない。ただ見守っている。
あれから互いに譲らない展開が続いている。桃井君は最初の一点以降、ゴールネットを揺らしてはいない。
しかしそれは田坂も同じだ。やはり数か月のブランクが響いているのだろうか。下級生の桃井君に攻めあぐねている。
今は田坂が攻め側だ。これで田坂が決めれば……勝利。
しかし桃井君が防げば延長戦。
もはや二人は会話する余裕すらない。鋭い眼光で睨み合い、譲らない展開が続いている。
「やっぱり怪我を意識してるみたいだね。右足に意識が集中しすぎてる。このまま長期戦になると……田坂が不利になる一方だ。ここで決めておかないと……」
つまり今が正念場と言う事か。
うぅ、手に汗握るぜ……。いつのまにかギャラリーも静まり返って、固唾をのんで見守っている。
田坂……頑張れ……田坂……怪我に負けんな……
「田坂……頑張れ!」
思わず声が出る。その瞬間、田坂が動いた。フェイントを織り交ぜながらゴール下へと向かう。
負けじと桃井君もボールを奪いに。
「うるせえ……龍ノ宮……」
なんか田坂が私の名前を呼んだ気がした。
田坂は眼鏡を落としながら……ボールを奪いにくる桃井君から大きく距離を取った。
そしてそのまま……スリーポイントラインよりも外側からシュート。
ドクン……と心臓が高鳴る。
まるでスローモーションだ。田坂が放ったボールが……ゴールへと向かう。
田坂は眼鏡を落としている。その状態で放ったシュートが……入るわけがない。
でも私はいつのまにか祈っていた。入れ、入れ……と。
何か本格的に忘れているような気もしないでもないが、私はいつのまにか田坂を応援していた。
理由は分からない。ただ……そうしたいと思っただけだ。
田坂の放ったシュートはゴールリングに当たる。誰もが外れたと思った。
しかしボールはゴールリングの上を一周周り……そのまま……
「マジか」
誰かがそう呟いた。
その瞬間、ゴールネットを揺らすボール。
「決めた……決めやがったぁぁぁ!」
ギャラリーが一気に湧きあがった。
田坂へと惜しみない称賛を贈り、誰もが興奮して叫ぶ。
一方、負けてしまった桃井君も……何処か爽やかな表情だった。少し……大人な印象が見受けられる。
「先輩……ずるいですよ。あんな決め方……」
「うるせえ、勝負なんだ。つべこべ言うな」
田坂は眼鏡を拾い上げると、そのまま何故か私の方へと歩み寄ってくる。
え? なんでコッチくんの?
なんか……アイツ怒ってない? やばい、逃げた方が……
そのまま私の目の前までやってくる田坂。
私は動けない。なんか……田坂の表情が怖いから……。
そのまま壁際まで追い詰められる私。
いやいやいや、なんすか、なんなんすか田坂さん!
ビビリまくる私を壁際まで追い詰め、そのまま逃がさまいと……腕で退路を断つ田坂。
いや、これ……壁ドン……
「えっ、何……何?! ちょ……田坂サン?」
私を睨みつけるように……そのまま顔を近づけてくる田坂。
何? 何?! なんなんすか!
そのまま自分の眼鏡を私にかけさせてくる。
そして……
「お前は……眼鏡かけてりゃいいんだよ」
※
あれから数日後。
私は田坂のアドバイス通り眼鏡を新たに購入し、いつもの日常へと戻った。
田坂は相変わらずだ。バスケ部にはちょくちょく顔を出すようにはなったらしいが、サボり癖は治っていない。そして桃井君は未だに私に構ってくれる。
『僕、諦めてませんから』
そして私も相変わらずだ。キャッキャウフフする男子達を眺めては、BL妄想に耽っている。
しかしまあ……たまには……コンタクトにするのも悪くないかもしれない。
眼鏡とは違った光景が……見えるかもしれないからだ。