第二話 ハンカチと保健室
マドンナ先輩改め、篠ノ井先輩によって改造手術を受けた私。
翌日学校に赴くなり、私の学校生活は一変……はしなかった。ちょっと視線を感じるだけだ。
「おはー」
挨拶をしながら自分の教室へ。しかしいつもは帰ってくる挨拶が今日は帰ってこない。むむ、君達、朝の挨拶は全ての基本……
「……ん?! も、もしかして……マコト?」
「おう、桜たん。もしかしないでもマコトだぞ」
私の親友であり、唯一BL趣味を共有できる戦友でもある興梠 桜。
驚くのも無理は無い。何せ……今私は眼鏡をしていないのだから!
「ど、どうしたの?! トラックに撥ねられてトラに齧られたの?!」
「おう。眼鏡がクッションになって助かったぜ」
「アンタの眼鏡、何で出来てんの?!」
勿論冗談、と言いながら自分の席に。そこで桜へと昨日、何が起きたのかを説明する。サッカー部へと赴き、その際……ボールがクリーンヒットして眼鏡が破壊され、篠ノ井先輩にお詫びとしてコンタクトレンズと美容院を奢って貰ったと。
「ま、マジで? 化粧は? してないの?」
「してるわけないだろ。化粧なんかしたら……BL眺める時に目立っちゃうじゃん!」
「良かった……中身はそのままだね。まあ、今の状態なら化粧しなくても目立つだろうけど」
なんだとう! やはり髪型か! このユルフワボブなんちゃら……なんか長ったらしい名前の髪型がダメなのか!
「いいじゃん、可愛いよ? というか眼鏡外しただけで……アンタ、王道行ってるわねー」
「意味の分からん事を言うな、桜たん。しかしコンタクトって……慣れてないせいか違和感ハンパない……」
眼球にレンズをくっ付けてるっていうのが……なんか……
「その内慣れるわよ。私だってコンタクトなんだから」
そうだったのか。
まあ、それはそうと……
「桜たん、田坂は? まだ来てない?」
「ん? なんで?」
「いや、昨日……田坂の後輩君からハンカチを借りたんだ。鼻血拭くために」
ちなみにハンカチは真っ赤になってしまったが。
頑張ってゴシゴシ手洗いしたが、真っ白なハンカチはピンク色になってしまった……。
「新しいの買って返せばいいんじゃない?」
「あっ、その手が……そっちの方が絶対いいな。じゃあ田坂に伝言頼んで……」
と、その時教室に入ってくる男子生徒が数人。その中に田坂も居て……って、あれ?
なんか……田坂の雰囲気違くない? 眼鏡……かけてない?
「おい、桜たん。田坂が眼鏡してる。頭良さそうに見えるな。ホントは私よりアホなのに」
「聞こえてんぞ、龍ノ宮……って、誰?」
誰とはご挨拶だな。私こそ、イケメン全てをBL妄想に変換する恐怖の存在、龍ノ宮 誠さんよ!
まあ、そんな事は言えないので普通に「龍ノ宮だよ」と答えておく。
「…………」
なんか黙りこくったあげく、無言で席に着く田坂。
しかし田坂眼鏡バージョンも……悪くないな。一見クールで知的なドSに見えなくも……ない。
これで桃井君とのカプが成立したなら……
『おい、桃井……ハンカチ買ってやるよ。お前、女っぽいから柴犬柄でいいよな』
『せ、先輩……はぅうっぅ……いぢわる……』
グフゥッ! ヤヴァイ! 田坂に眼鏡かけさせただけで……こんなに違うのか! 破壊力が……眼鏡のステータスアップ半端ない!
おっと、それはそうと……田坂に伝言を頼まねば。桃井君に新しいハンカチ買って返すって……。
そのまま私は田坂の席の前へ。携帯を弄り回している田坂。きっと画面には桃井君のあられもない姿が映りだされているに違いない。
【注意:龍ノ宮さんの妄想です】
「おい、田坂。ちょっと桃井君に伝言を頼みたいんだけども」
「……ぁんだよ……」
むむ、なんか今日は一段と反抗的だな。私の顔すら見ないとは! なんと嘆かわしい!
「田坂よ。人の話を聞く時は目を見て……」
「……なんだよ」
冗談半分に説教くさく言ったのだが、なんと田坂は素直に私の言葉に従い顔を上げ、私を真正面から見てくる。むむ、素直な子は好きよ!
でも……あぁ、やべぇ……コイツの眼鏡、良い感じにハマってるな……ありとあらゆるBL妄想が脳内を駆け巡っていく……
「……? おい、何ニヤニヤしてんだ、龍ノ宮」
「ハッ、おっとスマンスマン。実は桃井君に伝言を頼みたいんだ。昨日貸してもらったハンカチ、私の鮮血で赤く染まっちゃって……結構洗ったんだけどね、完全には落ちないから新しいの買って返すって伝えといてくれ」
「……自分で言えよ。だりぃな……」
むむっ、なんと反抗的な態度……って、なんか田坂、顔赤くない?
「おい、田坂。お前顔赤いぞ。熱あるんじゃないのか?」
田坂の頭を両手で鷲掴みにし、額の部分の髪をかき上げ……そのままオデコをゴッツンコ。
むむ、やっぱり少し熱い……
「な、なななななな! なななん……何してんだお前は!」
「あ? 古来より伝わる確認方法だろうが。知らんのか」
「知っとるわ! だからってやんな! 何考えてんだ!」
むむ、なんか田坂の顔が更に赤くなってるぞ。
やっぱりお前、風邪じゃ……
「って、おい、田坂何処へ行く! もう朝のHR始まるぞ」
「…………」
無言で教室から出ていく田坂。もしかして保健室行ったのかな?
※
朝のHR、一限目の授業を終え、私は一年校舎へと。
勿論桃井君へハンカチの事を伝えるためだ。その内、田坂に会いに我が教室に来るだろうけど……ハンカチの件は私から赴くべきだろう。借りたあげく鮮血で染め上げちゃったんだし。
それにしても……一年校舎はいいな。まだ汚れ切ってない男子達で溢れている。皆無邪気にキャッキャウフフと触れ合って……
おっと、イカン。一年の校舎に来て鼻血を垂らしては……流石に人格が疑われる。控えねば……
そのまま私は知り合いの一年女子を捕まえ、桃井君は何処のクラスかを尋ねる。どうやら桃井君は一年Dクラスらしい。主にスポーツ推薦で入学した生徒で固められているクラスだ。
Dクラスの扉の前に立ち、一番近くに居た男子生徒へと、桃井君を呼び出しておくれ、と要請する私。
「君君、桃井君は居るかね? ちょっと呼んでおくれ」
「はい? って……は、はい! 先輩!」
なんか凄くいい返事が返ってきた。むむ、君も顔赤いな。保健室行った方がいいぞ? 今なら田坂も居るだろうし……もしかしたら保健室のベッドで田坂とあんなことになるかも……
ぁ、やばい……妄想が……
「あの、桃井ですけど……何か?」
保健室でイケナイ行為に至る男子二人……を妄想する私の前に桃井君がやってきた。
おおぅ、イカンイカン……鼻血は控えるとさっき誓ったばかりじゃないか。
「おっす、桃井君。昨日ぶりぃ」
「……? 昨日? あの……どちら様ですか?」
どちら様って……もう忘れたのか。まあ、私の存在感なんて柴犬の抜け毛程度のもんだけども。
「龍ノ宮だよ。そんなすぐに忘れるなよ。寂しくなっちゃうだろうが」
「……?! りゅ……龍ノ宮先輩?!」
なんでそんなに驚くんだ。確かに見た目多少違ってるけど……。
「桃井君、昨日借りたハンカチだけど……ちょっと私の鮮血で染まっちゃって。頑張って洗ったけどピンクっぽくなっちゃったんだ。だから新しいの買って返すから、もう少し待ってほしいんだけども」
「え? いえいえ! そんなの……気にしないでくださいっ」
あら、そう?
いやいや、そんなわけにはいかぬ。ちゃんと返すから!
「まあ、それだけ伝えに来たんだ。じゃ」
「ぁ、龍ノ宮先輩……ちょっといいですか……?」
そのまま桃井君に連れられ、階段の踊り場へと。
なんだい、こんな所に連れ込んで。
「あの……先輩どうしちゃったんですか? なんか……凄い……その……可愛いですけど……」
「ん? アハハ、年寄りをからかうなよ、桃井君。何を言い出すかと思えば。君の方が百倍可愛いぞ」
「そ、そんな事ないですっ!」
そのまま……ジっと見つめてくる桃井君。
むぅ、どうしたんだ、この子。というか本当に可愛いな。ちょっと女装させて田坂の前に突き出してやりたい。そしたらあんな事やこんな事に……
おっと、イカン……思わずニヤついて……
「っ……! せ、先輩……そんな……優しい笑顔で僕を見ないで下さい!」
「えっ……ぁ、うん、ごめん……」
ただBL妄想してニヤついてただけなんだが。
いや、それより……
「桃井君……何か私に用じゃないの? こんな階段の踊り場に……ぁ、カツアゲ?」
「そんな事しませんよ! いや、その……先輩、今日の放課後とか……空いてますか?」
空いてるっちゃ空いてるけど……。
「桃井君、放課後は部活でしょ。バスケ部」
「は、はい。だからその……実は今日、今度の大会のレギュラーを決める試合があるんです……。一年同士の……」
ほほぅ。なんか面白そう。校内対抗レギュラー選抜戦か。バスケとか良く知らんけど。ス〇ムダンクは全巻読破したけど。
「だから……その……今日、その試合を見に来てほしいんです!」
「ん? あぁ、いいよー」
「……! 本当ですか?! 絶対ですよ! 絶対来てくださいよ!」
なんかダチ〇ウ倶楽部のフリみたいだな。心配せんでも行くぞよ。
「……それで、先輩。一つ聞きたいんですけど……」
「なんじゃ?」
「田坂先輩と……付き合ってるんですか?」
……あ? 私と田坂が……?
「……っぶ、あははははは! ないない! 何を言い出すかと思えば……片腹痛いわ! 誰があんな万年反抗期男と……」
「そ、そうなんですね。良かった……」
なんか凄いホっとしてるけど……どうしたんだ、この子。
ん?! ま、まさか……!!!
そうだ、そうに違いない。桃井君は……田坂の事が好きなんだ!
なんてこった、なんてこった、なんてこった!
今日の放課後にバスケの試合を見に来いっていうのは……つまり、田坂との愛を私に見せつける為……!
す、素晴らしい! 素晴らしいぞ桃井君! 私は全力で応援するぞ!
「ぁ、ところで……今日、田坂先輩、大丈夫でしたか?」
「ん? 大丈夫って何が?」
「いえ、昨日練習見に来てくれたんですけど……ハイテンションになった一年が田坂先輩の背中に抱き着いて、コンタクト落として……そのまま踏み砕いちゃったんです」
は、ハイテンションな一年が背中に抱き着いた?
何その決定的瞬間! なんで私……その場に居なかったんだ!
あ、っていうか田坂……だから今日は眼鏡だったのか。
「まあ、大丈夫じゃない? 眼鏡してたし。本人も元気そうに……」
いや、なんか熱っぽくて保健室に行ったんだったな。まあ大丈夫だろ。余計な事言って桃井君を心配させる事もない。何せ二人は……確実に赤い糸で結ばれているんだから……。
「おっと、そろそろ二時限目始まるな。じゃあ桃井君、放課後頑張ってね」
田坂との愛を育むのを……
「は、はい! 先輩も……絶対来てくださいね!」
「いくいく。絶対行くから」
こんな大チャンス、見逃すわけが無い。
桃井君と田坂の……二人の愛を見守るのが……私の使命なのだから!