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美味しいおやつの時間です!

(スパイはヨークとランカスター出身の子……)

 アンドレにスパイ探しを依頼されて1週間。私は豆蔵に命じて、下調べをさせていた。アンドレの花嫁候補として送り込まれた少女たちは、大半はショパン王国の貴族令嬢や大商人の娘、地方豪族の娘である。


「さすがにヨーク自由都市国家出身やランカスター王国出身はいないか……」

 私は豆蔵の調べた書類を見て、そうつぶやいた。

「ミコト様……コノ方トコノ方ハ母親ガヨーク出身デゴザル。後、コノオ嬢様ハ、姉ガランカスター王国ノ有力貴族ニ嫁イデイルデゴザル……」

「……だけど、10歳と9歳と11歳じゃない。そんな子供にスパイなんて務まるかしら?」

「ハア……確カニ……ミコト様ノヨウナ方ハ稀カト……」


 アンドレがまだ子供だということで、この王宮ハーレムに集められた少女たちは幼い者が多い。将来の王妃候補であるから、年回りを合わせているのだ。この辺のところは、少女たちを送り込んだ親たちの思惑がはっきりしとしている。

 そして、そのような幼い少女がスパイなどという高度な任務をすることは難しい。よほど、頭がよくて性格も大人びて、ひねくれた子供でないとできないものだ。


 つまり、私みたいな子どもじゃないと無理な話だ。

(となると……そのお付きの人間が怪しくなる)

 実家の援助が全くない私とジータは、お付きの侍女はいないが他の少女たちはいる。侍女がスパイであるという可能性は高い。


 私は豆蔵にさらに調査を続けるよう指示するとともに、ランカスターやヨークとつながりのある少女たちにそれとなく観察した。

(まずは母親がヨーク出身という2人の少女から……)

 1人は伯爵家令嬢レイラ。年齢は10歳。私より1歳上の巻毛の金髪が美しい少女だ。但し、性格は最低。庶民を見下す高飛車お嬢様である。

とことん、私とジータを見下す。

「あら、何だか臭いわ。この辺り、変な臭いがするわ」

 私とジータが座っている場所近くで、他の少女たちと話しながら、レイラはそう横目で私たちを見て聞こえるような声で話す。

「あら本当ね。臭いわ」

「これは何の臭いかしら?」

 レイラと一緒にいる少女たちもそれに乗っかる。彼女たちはお互いにはライバル関係であるが、共通の敵の前では協力関係になれるらしい。

「ああ~この臭いはおそらく庶民の臭いだわ。庶民も庶民。底辺のゴミために住む動物の臭いだわ」

 そうレイラは私たちに視線を送る。


(はいはい……低俗ないじめの開始のようね)

 女子のいじめは陰湿と言うが、まあ、それは男子に比べて腕力に劣る女子が使えるのが言葉の暴力だからだ。

「臭い」

「汚い」

「貧しい」

 と言ったワードは、人間の尊厳をえぐる言葉だ。そういう言葉を平気で出せる人間は、実のところ深く考えていない。人の嫌がる言葉を選択し、それを口にしているに過ぎない。

 そしてそういう言葉から一番遠いと思っている自分の正当性を確認しているに過ぎない。それに同調する人間も実に浅い人間だ。


 当然、わたしらは無視する。ジータはそういう言葉は耳に入らないようで、先ほどからおやつに出されたスコーンを頬張っている。

 私らが無視しているので、レイラは次の手に出た。今度は直接的な威圧である。

とことこと私らのテーブルに来ると、私をにらみつける。

「ちょっと、あなたたち!」

「はい、なんでしょうか?」

 私はそうレイラに答える。

「今から私たちのおやつの時間よ。あなたたち、ここから出っててもらえないかしら?」

「席は十分あるようだけど?」

 私は部屋を見渡す。ここは中庭にも続いているテラスに面した部屋。4人掛けできる丸テーブルが10もあり、そこに座っているグループは3つほどだ。


 みんな私とジータからもっとも遠いところに陣取っているけれど、席がないわけではない。

 一応、無駄なトラブルを避けるために部屋の最も目立たたない隅に座っている。天気がいいから、外の風が心地よいテラスのテーブルにも行けばいいのだ。

「テーブル席のことを言っているのではないの」

「あ、そうですか」

 あくまでもとぼける私。

「あなたたちのような身分の低い、下賤な女と同じ空間にいたくはないの。分からないの。頭が悪いわね」

 そうレイラはまくしたてる。実に意地が悪いが、これは彼女だけではない。このハーレムの住人の6割は同じような態度を取る。あとは3割が無視。1割くらいは同情。

「頭は悪くないわ」

「ふふふ……そうよね。頭は悪くない。アンドレ様をたぶらかす小賢しい知恵はあるようですから」

(小賢しい……)


 レイラは10歳の少女だ。こういうワードを使うのは、きっと彼女の親や教育をしている人間が普段から使っているのだろう。子どもと言うのは大人の影響を受ける。国民の手本となり、品位を示すべき貴族の娘がこういう教育しか受けられないとは、この国は終わっている。

(ああ……終わっているのは私にとっては好都合だけど)


「私とあなたは出身身分は違うわ。でも、立場は同じ。次期国王の妃候補。気を遣う必要はないわ」

 私はそう言い放った。わがままな貴族令嬢には、かなりのインパクトのある言葉だ。何しろ、普段から自分には心地よい言葉しか耳にしていなから。

「なんですって!」

 レイラは顔を真っ赤にした。そして表情をゆがめた。人間はいじめをするときには、醜悪な顔になるものだ。

「みなさん、お聞きになりましたか。この庶民、身分と言うものを全く理解していないようですわ。まだ子供ですから仕方ないとは思いません。子どもだからこそ、教えないといけません」

 レイラはそう言うとテーブルに置いてあった私の皿を取ると、ひっくり返して床にスコーンを落とした。

「あなたのような身分のものは、床に這いつくばって食べると聞きましたわ。拾って食べなさい」

「ははは……」

 侮蔑する笑い声が一斉に上がる。レイラの取り巻きの少女たちだ。


(こいつら、全員成敗してやる)

 私は心の中でそう宣言した。彼女はスパイ容疑をかけている3人の少女の一人ではあるが、こういう低俗ないじめをするところをみると、どうやらスパイ容疑は晴れたようだ。

(頭の悪い奴はスパイにはなれない)

「行こう、ジータ」

 私はそう言って、まだスコーンを食べているジータの手を取った。仕返しをするにしても面と向かってやるといろいろと面倒くさい。

(陰湿ないじめの仕返しは、その倍返しくらい陰湿にして返してやる)

 こちらは娼館で生き抜いたしたたかさがある。上流階級のお嬢様のいじめなんて可愛いものだ。

「ミコちゃん、まだ食べたいずら……」

「いいから。おやつは持って行って庭で食べましょう」

 退散する私らをレイラたちは笑って見送る。どうやら、勝った気でいるらしい。

全く馬鹿なお嬢様だ。このミコ様が侮辱されておめおめと引き下がるわけがない。


 部屋を出てジータと目立たない中庭のテーブルに移ると、少し用事があると言って私は小動物の飼育小屋に向かう。

 ここにはハーレムの少女たちを慰めるための動物が飼われている。小鳥にハムスター、猫に犬。そしてウサギ。それぞれがいつでも触って遊べるように専用の部屋に放たれている。

 私が向かったのはウサギ小屋。ウサギは可愛い動物だがお尻が少々緩い。コロコロしたフンをすぐに放出する。

 これは乾いていて臭いもあまりしない。よく自分のお尻から出てくる糞を食べているが、これは体内で発酵させたものを栄養源として摂取しているのだ。この時の糞は、コロコロではなくて軟らかい。

 私はコロコロの糞を集めて回る。


(そんなものを何に使うって?)

(決まっているじゃない!)

うさぎの糞を持って、もう一度食堂へ戻る。テーブルに並んでいるおやつに仕掛けをする。チョコレートチップが入っているスコーンに仕掛けをするのだ。

 チップを取るとウサギの糞を代わりに押し込んでおく。お茶を楽しんだレイラたちが、次にスコーンを食べることは分かっていた。

毒を入れられることを警戒して、王宮内の警戒態勢は相当なものだが、このハーレム内はさほどでもない。

 ここのいる住人がまだ子供で、さほど重要ではないからだろう。これが年頃で本当に王妃候補となるならば、毒殺も警戒しないといけない。

 

侍女がレイラたちの注文を受けて、スコーンを取りに来る。皿に私の魔改造した特製スコーンが盛られる。

 やがて、テーブルで叫び声が聞こえる。私は満足してその場所へと足を向ける。

「な、何ですか、これチョコレートじゃない!」

「わああっ……ペッ、ペッ」

 口から吐き出して大騒ぎをしているレイラたち。

「あら、貴族のお嬢様はグルメでいらっしゃるわね。ウサギの糞入りスコーンをお食べになるなんて。庶民ではとても真似できないですわ~」

 嫌味たっらしく私はそう言った。レイラは涙目で私をにらみつける。

「あ、あなたがこんな酷いことを!」

「あら、私がそんなことできるはずがありませんわ。きっと、他国からの暗殺者がレイラ様を暗殺しようとしているのですわ」

「他国の暗殺者?」

 私が変なことを口にしたので、レイラはきょとんとした。

「他国って?」

「ランカスターとかヨークとか?」

 私はレイラの表情を見る。彼女がどちらかの国のスパイなら、顔色が変わるはずである。

 

だが、変化はない。それに冷静になったレイラは、私の言葉がいかにでたらめなのかに気付いた。

 そもそも、レイラを暗殺する理由がない。彼女は現在、王妃候補でも何でもない。大勢のハーレム要員の一人に過ぎない。そして何より、食べたのはウサギの糞入りスコーン。毒でも何でもない。

 

ただのいたずら。いじめである。

 正確に言えば、いじめへの反撃を喰らっただけであるが。

「あ、あなた……こんなことをしてただで済むと思っていないでしょうね!」

 そう息巻くレイラ。もうこのバカお嬢様には用事がない。スパイ容疑は晴れたただのいじめっ子に過ぎない。

「思っていないわ……。でもね」

 私は小声でレイラに囁いた。

「私はこれでもバックにある組織がいるの。気に入らない人間は簡単に消せるわ。あなた、消えたいの?」

 急に真顔の言葉にレイラは息を飲んだ。私の言っていることはでたらめであるが、それを信じるにたる証拠がいくつもある。

 

このウサギの糞入りスコーンを使用人に気づかれずに紛れ込ませたこと。

 貴族でもないのにこのハーレムにいること。

 国王アンドレが特別扱いをしていること。

 どれをとっても、私が身分を偽っている理由になる。

(どれも私が神様からもらった魔力によるものですけどね)


「あ、あなた……まさか……」

 レイラが何を勘違いしたのか分からないが、ビビっているのは間違いがない。

「分かったら、このことは秘密よ。絶対にしゃべってはダメ。しゃべったら、そこでおしまい。あなたたもあなたの家族も……。秘密を守れば何も起こらないわ。あなたはこのハーレムで楽しく暮らせる。うまくいけば、国王陛下に見初められて、王妃も夢じゃないわ」

 コクコクと頷くレイラ。もうビビり過ぎておしっこを漏らしてしまいそうだ。

「それじゃ、よろしくね。私やジータには構わないでね」

 すとんとエネルギーが切れたように椅子に座るレイラ。

 私のささやかな復讐は終わったが、これでスパイ容疑の一人は容疑が晴れた。残りの2人を調べないといけない。

(あ~。めんどくさい)


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