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ハーレムでの任務

(全く、あの男ときたら……)


 再建された王宮の北エリアの庭で私はため息をついた。そこは国王に仕える妃、側室が住まう後宮。広い庭には様々な色合いの花が植えられ、透き通った水が満面とたたえられた大きな池がある。そこに船を浮かべてジータと私は寝転がっている。


 あの反乱を鎮圧したアンドレは、子どもながらに国王になった。金儲けしか目がなかった彼が政治にも手腕を発揮し、あれよあれよという間に反乱による傷跡が残る王国を取りまとめてしまった。

 今や、あの子憎たらしい子供に喜んで仕える人間の多いこと。軍人にしろ、大臣にしろ、毎日、アンドレの命令を目を輝かして聞いて、それを忠実に実行していた。


 それはそれでなんとなく腹が立つが、今の私のため息はそんなことではない。船からきれいな庭を見渡すと、私やジータの他にも可愛い女の子たちがきゃぴきゃぴと遊んでいる。年齢は8歳から15歳くらいまで。

 みんなアンドレが作ったハーレムの人員である。私やジータだけでなく、みんなアンドレが直に口説いて連れて来たに違いない。


(はいはい、確かにあいつは私やジータと遊ぶ時もありましたよ。でも、毎日じゃなかった。あの野郎、空いた日はここにいる女の子みんなとデートしていたに違いない!)


 無論、この私が嫉妬に狂ったとか、騙されたことを怒っているわけではない。そもそもアンドレが遊びたいと言うから、お金を払わせて遊んでやっただけだ。そうとは分かっていてもなんとなく腹ただしいのだ。


「ミコちゃん、何だか楽しいずら」

 船に乗って水面を眺め、そこに泳ぐ魚を見てジータはそう呟いた。ジータは私と同じ9歳。きっと、自分がどういう境遇に置かれているのかもよく理解していないようだ。


「ジータ、あんた元の訛りに戻ってしまったじゃない」

 ジータは元々、田舎の娘でひどい訛りのある言葉遣いであったが、桜蘭亭での厳しい修行でおしとやかな言葉遣いができるようになった。ところが、この後宮に来て自由になったせいか、気が緩んで元のズーズー弁に戻ってしまったようだ。

『教育とは継続なり……』とどこの誰かが言ったかは知らないが、勉強し続けないと人間は退化してしまうようだ。


「わあああ……」

 ハーレムで歓声が上がった。その声だけで私には状況が分かる。アンドレの奴がハーレムにやって来た合図である。ハーレムに属している女の子たちが、アンドレに踊りを見せましょうかとか、歌を歌いましょうかと媚を売るのだ。

 みんな貴族や平民のお金持ちの子女だから、そうするよう親からきつく言われているのであろう。みんな必死である。

(何しろ、あのクソガキと結婚すれば王妃決定だからな)

 11歳の国王と結婚するなんて、とんだおままごと夫婦の誕生だが、王妃は王妃だ。それに娘が王妃なら、その実家は多かれ少なかれ、様々な既得権を得ることが可能である。

(貴族どもの欲望は凄まじいものだな)

 私は本当に感心している。十代の女の子たちが、そのために寵を競っているんだ。


 私とジータはそういうのとは無縁である。2人とも親に売られた身。今はアンドレに身受けされて自由の身だ。

(まあ、この状況は私にとっては悪くはない)

 転生した私は、魔力最強の身ではあるが、まだ9歳のか弱き少女の体だ。護衛の豆蔵は優秀ではあるが、不意を突かれれば殺されてしまうし、そもそも、町へ放り出されたら生きて行く術がない。

 それに私を転生させた神とやらは、私に傾国の美女になれとクエストを与えやがった。今のポジションは傾国の美女を狙える位置ではある。

(そのためには、あのエロガキに媚びないといけないが……)

 王妃と言う地位はどうでもよい。寵姫で十分だ。その地位を利用してこの王国を傾ければ、私のクエストは完了だ。


 私とジータはボートから降りて、歓声の輪を遠巻きにしている。30数人が取り囲む中には入る気がしないし、私たちの身分では、それは許されない。

 ハーレム要員といっても、実家の家柄でヒエラルキーが決まるのだ。王族や侯爵家令嬢が一番。次は伯爵家。子爵、男爵令嬢が続いて、騎士階級の娘と実家が大金持ちの娘がその次。娼館出身の私とジータは最下層だ。

 平民以下で侍女よりマシと言うポジションなのだ。身分的にはそうだが、教育という面では貴族令嬢と遜色ない。遜色ないというより、身のこなしや芸事では毎日、実戦で鍛えていた私とジータは貴族令嬢よりも上である。

(この点については桜蘭亭の厳しい教育に感謝しないとね……)

 1年と数か月程度であったが、高級娼館の桜蘭亭でロイヤルレディになる教育を受けたことは、役に立ったと言える。歌に楽器にダンス、食事の作法はいくら素質があっても教育されていなければお手上げだからだ。


「やあ、ミコちゃんにジータちゃん、元気そうだね」

 30数人に囲まれているのに、その人の隙間から私たちを見つけたアンドレはとびっきりの笑顔で私たちに向かって手を振った。

 同時に周りを囲んでいた30数人の視線が私たちに刺さる。私たちに対する侮蔑と嫉妬が入り混じった女の目である。

(気持ち悪い……)

 私はそう思った。そしてアンドレに(不用意に声をかけるなよ!)と心の中で毒づく。

 貴族令嬢どもの嫌がらせなんて屁でもないが、面倒なことになることは間違いないからだ。

「はい、元気でやってますわ。食べ物も美味しいですし、ベッドもふかふかですし……やることもなくて暇ですし……」

 私は皮肉交じりにそう言った。確かにハーレム暮らしは楽だが、実につまらない。これなら桜蘭亭でいろいろと修行をしていた方が刺激があって楽しかった。

「それはよかったよ、ミコちゃん」

 私の皮肉が理解できないのか、笑顔を崩さないアンドレ。そういうところは普通の少年である。ただ、私は知っている。

(こいつは絶対に11歳の少年じゃない。腹黒くてしたたか。そして大人びている)

「どういたしまして……」


 そう私は答えた。貴族令嬢たちは相変わらず、私たちに冷たい視線を向けている。そしてアンドレに今宵の夕食をともにしましょうと誘っている。

 だが、アンドレは微笑みながらそれを制し、そして私のところへ近づいてきた。仕方がないのでドレスをつまんで頭を下げる。

「今からミコちゃんとジータちゃんと食事をしたいんだけど」

(はあ?)

 私は心の中で問い返す。

「ついでに今晩は君たちの部屋で過ごすよ」

(何を言っているのだ、このガキは!)


 アンドレの宣言に周りの女の子たちは凍り付いた。部屋で過ごすと言うことは、大人ならお手付きということである。子どもの私らには当てはまらないが。ただ、アンドレのハーレムができてから、このようなことは初めてである。だから、場の空気は急に凍り付いたようになった。

「じゃあ、行こうか」

 そう言ってアンドレの奴は私とジータの手を取った。周りの女の子たちが沈黙する。そしてギンギンの視線で私とジータを突き刺す。


 そして小声でアンドレに聞こえないように私とジータの悪口を言う。アンドレやジータには聞こえていないが、悪口なら心に声でも聞こえてしまう私には問題なく聞こえる。

「あら、国王陛下をどうやってたぶらかしたのかしら……」

「さすが娼館からやってきた下賤の身ですこと」

「国王陛下もまだお子様ですから、ああいう下品なものの方がおもちゃとして好みなのかもしれませんわ」

「娼館って何ですの?」

「お金で男にいかがわしいことをさせる仕事をしているところですわ」

「不潔よ、不潔……」

 まだ10代の貴族令嬢だ。娼館なんて言葉も聞いたこともない令嬢もいるだろう。

「まあ、いいですわ。食事をして夜を過ごしたところで、所詮はまだ子供のお遊び。きっと国王陛下もお戯れで誘ったのですわ」

「早く声をかけられれば、それだけ飽きられるのも早いことですし……」

 そう言ってみんな散っていく。アンドレもまだ10歳だし、結婚とかはもっと先だから、まだ焦る必要はないというのだろう。まあ、それは正しい判断であろうが。


「そう言えば、ジータちゃん。預かったお金は順調に増えているから、もうすぐ例の件は始動できると思うよ」

 アンドレはそうジータに言った。少し前にジータに投資話を持ち掛けていたアンドレであったが、メルセデスがバーンハート中将に見受けされた時に妹分にいろんな恩恵があるが、ジータはお金をもらった。それをアンドレに託して投資して、その利益で都の孤児たちに食事を与えている。

 以前、馬車から見た孤児たちに何とかしたいと思ったジータの夢がかなったわけである。

「さて、君たちを食事に誘ったのは少し頼みたいことがあってのことなんだ」

 テーブルに御馳走が並べられ、いざ、食事を始めようとした時にそうアンドレが私に言った。

「頼み事?」

 嫌な予感がした。というより、こういって来るだろうことは予想してた。ただ、私たちと食事を楽しもうなどと言う可愛い子供ではない。

「そうだよ。単刀直入に言うよ。ハーレムに紛れ込んだスパイを特定してほしいんだ」

「スパイ!?」

「スパイって何ずら?」

 スパイの意味が分からないジータのことは放っておいて、私はアンドレの話を聞く。

 アンドレが国王を務めるショパン王国は、東にファルツ帝国という大国と隣通しで、軍事同盟を結んでいる。

 国の力的に結ばざるを得ない状況があるのだが、ここまで関係をうまく作って来れた。帝国軍は駐留部隊をこの国に派遣しており、この都にも司令部が置かれている。

 メルセデスが結婚したのが、この派遣軍司令官のバーンハート中将である。

 帝国がショパン王国と同盟を結び、派遣軍を送ってる理由は、敵対する西のヨーク自由都市国家とランカスター王国の存在。

 この2国は長年仲が悪かったが、近年、帝国に対抗するために歩み寄り、密かに軍事同盟を結んだとされる。


 この2か国はショパン王国を隔てて、ファルツ帝国とは不倶戴天の敵なのだ。よって、軍事的に余裕が出た2か国は帝国に対して攻勢を強めているのだそうだ。

(なるほど……。大国同士に争いに挟まれたこの国は情報収取にはもってこいの場所。そして下手をしたら大国同士の戦場にされてしまう)

「このハーレムに王国内の情報を流すスパイが紛れ込んでいるって情報を得たのだけど、誰かわからないんだよね~」

 そうアンドレは呑気に話している。

(全部、お前が連れて来た奴らだろうが!)

 私は何だかむかついた。自分でハーレムを作っておいて、その中にスパイがいるようだから、探せと私とジータに言っているのだ。

「あら、そんなことでしたら、一発で解決しますわ」

 私はそう冷たい口調でアンドレに目を目を見ずに続けた。

「ハーレムを解散して、みんな実家に返せばいいじゃない」

 至極当然である。だが、アンドレはこう答えた。

「みんな僕に協力したいと言って送り込んできた子たちだからねえ。無下にできないんだよ」


(へえ……そうなのか)

 私は何だか心が晴れやかになってしまった。

「僕が選んでこのハーレムに入れたのは、ミコちゃんとジータちゃんだけだよ」

 アンドレが私の耳元でそんなことをささやく。

 ドキッと心臓が痛くなったが、心の中で首を振る。

(まてまて、これはこいつの作戦。ときめいてどうする。それに私だけならまだいいが、ジータも誘っているから完全に二股宣言だろうが!)

 それでも顔がにやつくのを抑えられない。そんな私の顔を見て、アンドレの奴、勝ったというどや顔をしやがった。

「じゃあ、スパイ探しの方をよろしく。ヨークとランカスターの2か国から来ているから、複数はいるから、くれぐれも注意してね。子どもと言っても油断はできないよ」


 そう言ってアンドレは片目をぱっちりと閉じた。


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