少年王誕生
「ど、どういうことだ、なぜ、こんなことになっている!」
エルリック伯爵はそう怒鳴り声を上げ、周りのものに当たり散らしていた。報告に上がって来ることは、全て腹立たしく、そして自分に不利なことばかりであった。
「軍の中に反乱分子がいるとは、ルーベンスみたいな無能な男を信頼した私がばかっただった」
99%勝ちを予想し、最後のとどめを刺すはずであったのに、そこからの大逆転。最前線の部隊の裏切りで浮足立った反乱軍は、疑心暗鬼に陥って同士討ちを始めた。今、この王宮内でも逃げ出す者、政府軍につくと言って反旗を翻す者、大混乱状態である。
(こ、こういう場合にあの作戦書はどうなっていた?)
ここまでうまく行ったので、あまり見返すことがなかったが、謎の人物から手渡された作戦書があることを伯爵は思い出した。
不可能と思われたこのクーデターが、あと一歩のところまで行ったのだ。こういう時の対処法があるのではと思ったのだ。
「おい、作戦書を持ってこい!」
そう近習に命じると、手渡された分厚い冊子を読み返す。慌ててページをめくる指が震え、そして目も泳ぐ。
(あ、あった)
伯爵の目に留まったのは、内部に裏切り者が出た場合の対処法という文字だ。作戦書の後半部分で、小さく書かれていたのでこれまで気が付かなかった。
(なになに……)
『反乱が成功する寸前で裏切りが起こった場合、それはこの計画の根本を覆す事態になる。なぜなら、圧倒的に有利な状態にも関わらず、裏切りが出るという事態がありえない状況であるからだ。そういうことが現実に起こったのならば、この反乱計画自体が仕組まれたものではないかと疑わなくてはならない』
(ど、どういうことだ?)
エルリック伯爵はこの文章にひどく違和感を覚えた。こんな一文があった記憶が全くない。それに『この反乱自体が仕組まれたもの』というのは一体どういうことだ。考えれば考えるほど、エルリックは自分が壮大な陰謀の片棒を担がされたのではないかと思い始めた。
人間、成功している時は気が付かないが、失敗に転じると真実が見えてくることがある。まさに今がそうだ。
(あの男……あの男が私を陥れる勢力の回し者であったら……)
計画書を持ってきた黒づくめの男。素性も分からない男は、背後に外国の勢力を臭わせていた。おそらくは隣国の帝国であろうと思い込み、それなら考えられると信用してしまった。今から思えば、あまりのも浅はかな根拠であった。
それでもあれよあれよという間にクーデターはほぼ成功してしまったので、エルリックはこの作戦が仕組まれたものだとは夢にも思わなかった。
「くくく……どうです、伯爵。成功すると思った瞬間にすべてが嘘だったと知った瞬間は?」
背後で子どもの声がする。聞いたことのある声だ。振り返ると10歳くらいの少年が立っている。後ろには屈強な黒いスーツを着た男たちが数人。
「き、貴様は……アンドレ・カッシーニ」
「はい、ご名答」
少年はそう答えた。大人に対して、ひどく礼儀を欠いた響きがある。そして、エルリック伯爵は少年の背後に立っている黒づくめの男の一人に、自分に作戦計画書を手渡した男を発見した。
「ま、まさか……この計画は、お前が!」
「なんのことですかね?」
すっとぼけた感じで少年は答えた。
「でも、あなたのおかげで面倒くさい人間は全部始末できましたよ。貴族性を廃止とか言っていた共和主義者の男も変に民衆に人気がありましたからね。裏であなたとつながっていたと聞いたら民衆も離れますね」
「あ、ありえない……こんな子どもがこんな大それたことを……」
エルリック伯爵の声は沈んでいた。何もかもがつながっていく。そもそも、この少年は王族に連なると言っても、順位は低く王になれる可能性は0であった。そして何よりもアンドレ・カッシーニという少年は、商才に長けており、蓄財をなして政治には全く興味ない感じであった。
「ふふふ……。僕の狙いは当たりました。僕は前から腐った現国王の体制は嫌いでしてね。すべてが古臭く、かびの生えたような保守的な考え。そして帝国への隷属。もう犯罪的ですよ。だからといって、その反対勢力はあまりに愚かで無能力。あなたのようにね」
エルリック伯爵は顔が真っ赤になる。10歳の少年に無能呼ばわりされる屈辱は耐えがたいものがある。
「そして民衆を扇動して革命を起こそうなんて動きも出てきた。軍の腐敗も甚だしい。よって、僕が全てをリセットしようと思いましてね。あなたに反乱計画を持ち掛けて、成功させるように仕向け、まずは現王制を破壊してもらう。そして、僕にとって役に立たない人間を結集させておいて、それを狩り取る。まさに一石二鳥」
「……分からない。もしそうだとしても、この土壇場での逆転は理解できない。お前らは追い詰められていた。最初から仕組まれたものだとしても、勢いで私が勝つ可能性もあったはずだ」
確かに綿密に計画されたとはいっても、計画通りになるとは限らない。勢いに乗って成功してしまうことだって十分考えられる。
「もちろん、そのリスクはあったけどね。でも、僕にはとんでもない切り札があるものでそのリスクは限りなく0なんだよね~」
「切り札だと?」
「これから死んでいくあなたが知る必要はないでしょ」
アンドレはそう言うと窓の外を見る。反乱軍の司令部が入っているエリアから黒い煙が上がっている。どうやら火災が起きたようだ。
「あれはもう一人の首謀者、誰でしたっけ、あのデブの欲深いおっさんがいる辺りじゃないかなあ。あ、ルーベンス大将でしたっけ。今頃、ローストポークになっているんだろうなあ」
「ロ、ローストポーク!」
くすくすと笑うアンドレ少年。これで終わりだと指を鳴らした。黒づくめの男たちがエルリック伯爵に向かう。ひょろひょろした体格の伯爵は屈強の男たちになすすべもない。たちまち、取り押さえられて床へねじ伏せられる。
「シナリオの最後。首謀者は失敗を儚んで服毒自殺と……」
そうアンドレ少年が命じる。10歳の少年とは思えない言葉だ。それを聞いたエルリック伯爵は泣き叫んで命乞いをする。
「助けてくれ、命だけは……。裁判を受ける……」
「あれ、確か僕が捕まったら串刺し刑でしたっけ。随分、残酷な刑をすると言ってましたよね。それに比べれば苦しまずに死ねるのだから感謝しなくっちゃ」
「や、やめてくれ……」
「同情なんてしないよ。あなたがこの反乱でやって来たことに比べれば、どうってことない。あなたは命乞いをする王族をみんな粛正したじゃない。それが自分に回って来ただけだよね。それに裁判になっても有罪は確実」
アンドレは言葉を切った。ニヤニヤと笑っている。
国家反逆罪で有罪なら、間違いなく死刑だ。絞首刑かギロチンで執行されるのだ。それを聞いた伯爵は力が抜けた。全て終わったと悟ったようだ。
*
「ミコト様……反乱軍ノ首謀者、始末シマシタ……」
そう豆蔵が報告をする。私はキラーラビットに変身して、反乱軍の本拠地である王宮に豆蔵と共に侵入した。前線での裏切りの横行に大混乱をしているので、潜入は難しくはなかった。それでも抵抗する護衛の兵は、ファイアアローの大量発射で追い払い、敵軍の首脳部いる部屋を爆破。
なんとか逃れたルーベンス大将は豆蔵が始末した。
太った醜い男が地面に倒れている。
「あ~あ」
私はため息をついた。実際、身に降りかかった火の粉を振り払っただけなのであるが、結果的にアンドレ少年が一番得をする行為に加担したことになる。しかも、決定的な役割を果たす羽目になったのだ。
「ミコト様、不機嫌ナヨウデスガ……」
豆蔵がそう言ったが、その通りなので答える必要はない。私が気に食わないのは、あの少年がこの事態を計算していたこと。さすがに反乱自体まで計画していたとは思わないけれど、便乗して私を巻き込み、一番得をしたのは間違いなくあの少年だ。
ルーベンス大将を暗殺して、反乱軍の指揮系統を壊滅させたことで、追い詰められた政府軍は盛り返し、日和見を決めていた地方駐屯部隊も我先に駆けつけて、勝敗は決した。
勝った政府軍は、アンドレ少年を王に担ぎ上げ、臨時の軍政府を樹立。いち早く、それを承認した帝国の駐留軍司令官バーンハート中将は、反乱が起きていた時も、毅然と国王派について、戦った功も認められて王国の最高顧問に就任する。
バーンハート中将と言えば、メルセデスの上客でいずれ見受けすると言っていた青年将校で、宣言通り、メルセデスを妻に迎える。
そして同時に国王となったアンドレから、私とジータに呼び出しがかかった。王宮に来て自分に仕えろという命令であった。




