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蛇の魔獣

ジルドラ侯爵が逗留する日がやって来た。それは思ったよりも早く、アンドレと打ち合わせをあいた日から3日しか経っていなかった。ジルドラ侯爵はいつものように、レーティシアのサロンを訪れて歓待を受けたが、疲れたので一人で寝ると言って別室へ籠ったしまった。

 一体、このおっさん、何しに桜蘭亭に来たのか分からないのだが、彼がここへ来るとき、剣らしき長い物を布に厳重に包んだものを従者に持たせていたのを私は見ている。


 今晩、何かが起こることを彼は予想しているに違いなかった。ルチアは随分と元気になったようで、いつもと変わらず客の歓待の席で働いていた。

(そろそろ……動き出す頃かしら……)

 私は桜蘭亭の庭に隠れて様子を伺っている。夜は更けて午前2時ほどである。さすがの桜蘭亭も寝静まってシーンとしている。


 耳を澄ますとドアはゆっくりと開く音がした。そして黒い影が足早に庭を移動していくのが見える。

(背格好からしてジルドラ侯爵だわね……)

 シルエットには長いものを持っているように見える。私はその後を付けていく。

「ミコちゃん……動き出したね」

 不意に後ろから声をかけられて私はびっくりした。心臓が止まるかもと思うくらいである。声の主はアンドレ。

 このお気楽お坊ちゃま。子供は立ち入り禁止なのに、いつのまにこのパンドラ地区へ入り込み、桜蘭亭の庭まで侵入しているのだ。厳重警戒の中を彼がどうやってここへ来たのかは考えないようにする。

(どうせ、お金の力でやったことでしょうね)

 私は基本、アンドレを金の力しかないひ弱なお坊ちゃまとしか思っていない。これから起こるであろう出来事に役立つとは思えない。


「アンドレ様、誰か戦える人を連れてきた方がよくないですか。あの人影がジルドラ侯爵なら、この先にやばいことが起こると思うのですが」

「そうだね。でも、もうすでに一人はいるよね。あれは君の知り合い?」

 ドキッと私の心臓が再び脈打った。実は密かに豆蔵を同行させている。彼は私たちに見つからないように姿を消しているから、普通は分からないはずだ。

 そもそも、アンドレに豆蔵にも協力してもらっていることは話していない。だが、洞察力のある彼のことだから、豆蔵が私の下僕でよく一緒に行動していることを知っていての発言かもしれない。

「よくわかりますわね?」


 シルエットの影を追いながら、私はそうアンドレに返す。庭を出た私たちは桜蘭亭の敷地内の森へと足を進めている。

「君とあの下僕のおじさんは、単なる従業員同士の関係じゃないから、そう思っただけだよ。君は本当に不思議な子だよ」

「豆蔵は、私の美貌の虜になっただけよ」

「くくく……そういうことにしておこうか。おや、どうやら君の予想は当たったようだよ」

 闇夜の中、わずかな月明かりに人影が映し出される。私たちが追っていったものだ。明かりに照らされた姿はジルドラ侯爵その人。


 そして木の上で豆蔵が様子を伺っているのが見えた。私に手で合図している。私とアンドレは大木の後ろに隠れて様子を伺う。

「ほらね?」

 得意気のアンドレ。私はため息をついた。下僕を従えたプティなどいないから、私はどうごまかそうかと思案した。私が魔法の天才で勇者キラーラビットと言われていることを彼にぶちまけようかとも思ったが、たぶん、信じてもらえないだろう。


 これから始まる戦闘で活躍する私の姿を見れば納得するとは思うが、それをこの腹黒少年に知られるのは得策ではない。

(困ったわね……たぶん、今からルチアを殺そうとする魔獣とジルドラ侯爵が対決する。彼が勝てばいいけど、もし、負けそうなら私が加担しないといけない)

 ここはジルドラ侯爵に勝ってもらうしかない。そして、私の予想は残念ながら当たってしまった。

 立ち止まったシルエットの先にルチアが、夢遊病者にようにふらっと立っていたのである。そして彼女の目の前に赤いもやもやした光の塊がある。


「邪蛇の魔獣よ……。我はジルドラ家のものなり。今、ここに我が家に課せられた義務をはたそう」

 ジルドラ侯爵はそう言って手にしたものを頭上に掲げ、右手を動かした。白銀に光る剣先が赤い光に向けられる。

「グフグフ……」

 不気味な声が森の中に静かに響いた。

「ミコちゃん、あれは!」

「ち、ちょっと!」

 驚いて大きな声を出しそうになるアンドレの口を塞ぐ。ここで戦闘に水を差すわけにはいかない。

 赤い光の中から現れたのは人型の生き物。しかし、完全に人ではない。長い爪と蛇のような気味の悪い目。そして何より、頭にうごめくのは無数の蛇。

(き、き、気持ち悪い~)


 メデューサという化け物がいるという。上半身は女性の姿だがその容姿は恐ろしく、頭の毛は全て蛇。下半身は大蛇の姿。言い伝えによると、あまりの恐ろしさにその姿を見たものは石になると言われているが、それは嘘だったようだ。

 ただ、石にはされなかったが強烈なエナジードレインを受ける。魔力が最大の私は抵抗ができたが、私の後ろにいたアンドレは見た瞬間に気を失ってしまった。

「ア、アンドレ様……」


 私はアンドレの肩を揺すったが反応がない。呼吸はあるから、単に気を失っただけであろう。そして木の上の豆蔵も動かない。彼も気を失ったようだ。

(どうやら、この場には私とジルドラ侯爵だけになったようね)

 ジルドラ侯爵が気をあてられても、気を失わなかったのは手にした剣の力かなにかであろう。魔力の高い私には、その剣が普通ではないことが分かる。

「魔獣よ、我が家の血脈を絶とうとする目論見、ここで絶たん。ルチア……我が娘はお前などには殺させはしない」


 侯爵はそういうと剣を振る。蛇の魔獣は後ろへと後退する。鋭い目で侯爵をにらんではいるが、明らかに剣を恐れている様子が見て取れる。

 ジルドラ侯爵はルチアの傍から、魔獣を追い払うと意識朦朧としながら突っ立っているルチアを抱き寄せ、魔獣を威嚇しながらそっとその場に横たわらせた。

 その時間を使って蛇の魔獣は何やら口を動かしている。接近戦では剣によるダメージを受けるので、魔法攻撃に切り替えたのだろう。ジルドラ侯爵もそれは予期していたようで、威嚇しながらルチアから少しでも遠ざけようと魔獣を追い立てる。


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