魔獣の仕業
「それで豆蔵、調べはついたの?」
桜蘭亭に戻った私は下僕の豆蔵を呼びだして、ジルドラ侯爵と今回の吸血鬼事件の被害者との関係を調べさせた。私の予想は被害者は侯爵となんらかの血縁関係にあるという1点である。
それを調べるだけなら、豆蔵に命じた3日間だけでもある程度の調査結果は付いてくる。そして私の予想は当たった。
「ミコト様ノ予想通リデゴザッタ……。パン屋ノ若女将は、ジルドラ侯爵ガ若イ時ニ愛人ニシテイタ女ノ娘。恐ラク、侯爵ノ娘ダト思ワレルデゴザル」
「それは侯爵の屋敷での調査で分かっていたわ。女冒険者は?」
「彼女ニツイテハ、確証ガトレマセンデシタ……。冒険者ハ流レモノデスカラ、身元ノ調査ニハ時間ガカカルデゴザル。デスガ、彼女ノ所有スル短剣ニコノヨウナ印ガアリマシタ」
豆蔵が見せてくれた印。それは紋章。短剣の柄に造作されたものだ。
「双頭の蛇じゃない……」
「ハイ……。ジルドラ侯爵ノ紋章デゴザル」
「なるほど。全く関わりがないとは言えないわね。第3の犠牲者の貴族のお嬢様は?」
「コレハスグニワカッタデゴザル」
豆蔵の調査で第3の犠牲者である男爵令嬢であったハンナは、ジルドラ侯爵の娘であるとのこと。ハンナの母親はかつてはジルドラ侯爵の恋人であったことは貴族社会では有名な話で、侯爵は結婚まで考えた仲であったという。しかし、家柄の問題で結婚には至らず、ハンナは男爵夫人になったのだが、結婚して6か月で女の赤ちゃんを産んだという。
(誰がどう考えても、父親はジルドラ侯爵じゃない!)
第4の犠牲者はパンドラ地区のレディ母親は、若いときにジルドラ侯爵家で侍女をしていたという。その後、解雇されて行方不明になったというが、娘が売られてパンドラ地区へ来たと考えられる。
「なるほど……。犠牲者は全員がジルドラ侯爵の娘と言うわけね」
「ソウイウコトニナルデゴザル……」
となると、今回の犠牲者であるルチアも侯爵の血を受け継いでいることになる。
(さて、このことは当然ながらあのお坊ちゃまはもう知っているわよね)
私がそう考えた時にちょうどタイミングよく、アンドレからの呼び出しがかかった。彼もこの事実を掴んだに違いない。
「と言うわけだよ、ミコちゃん」
呼び出しを受けてアンドレとパンドラ地区の外で会った私。アンドレは自慢げに私が既に知っていることをべらべらと話した。
「へえ~。さすがアンドレ様。すごい事実が判明しましたね」
一応、驚く振りをしてあげたのは、せめてもの慈悲である。きっと彼は犠牲者が全てジルドラ侯爵の血縁であったことを知るために、相当のお金を使ったはずだからだ。私はお金をかけることなく、優秀な下僕のおかげで彼が得た情報はすべて知っている。
「……何だか、ミコちゃん、白々しいね。もしかしたら、全て知っていたの?」
「ほほほ……そんなことはありませんわ、アンドレ様」
「君は時々、演技をするからな。今は演技している顔だ」
(ぎくっ……)
この少年、本当にやりにくい。
「一応、そうじゃないかと推理していましたから、事実が分かっても特段驚きがないということよ」
私はそういってごまかした。
「ふ~ん」
何だか疑っているようなアンドレであったが、私を呼び出したのはけっして自慢したいためではない。この事実をもって私と犯人を捜すために呼んだのだ。
「これではっきりしたのはジルドラ侯爵は犯人じゃないということ」
「そうだね。ミコちゃんは侯爵が吸血鬼だって考えていたからね」
「それは初期の段階での可能性としてよ」
確かにそう考えた時期もあったが、その時は情報が少なかったことと、この問題にそれほど興味がなかった時期だからだ。ただ、彼は犯人ではないが、犯人を知っているという推測は成り立つ。それをアンドレに言うと彼も頷いた。
「彼は犯人を知っている。知っている上で自分の手で解決しようとしている」
そうアンドレは確信をもった言い方をした。彼の意見に悔しいが私も賛成だ。私も間違いなくそうだと思っている。
「ミコちゃんは犯人はどういう奴だと思う?」
「……人間じゃないでしょうね」
「ほう……さすがミコちゃん。君、本当に8歳?」
「年齢を言うなら、アンドレ様も10歳でしょうが」
「くくく……では、スーパー8歳の女の子に聞こうじゃない?」
「……犯人は魔物。吸血鬼か何か知らないけど、ジルドラ侯爵と関係あるというのなら、彼のご先祖が倒したという魔獣に関係があるかもしれない」
「僕もそう思うよ。ミコちゃん。侯爵の館に飾ってあった絵があっただろう」
「あの不気味な絵ですか?」
「魔獣の口の近くに言葉らしきものがあったよね」
「あったわ」
「あれ古代文字で『ルクセール・ガ・アレベ・ノイジン』って書いてあったんだよ」
「よく調べましたね」
古代文字を解読するとは恐れ入った。あれは私も気にはなっていた。
「意味はね……。100年後に我は蘇り、復讐を行う……」
(こわっ!)
アンドレの解読した言葉の意味に嫌悪を覚える。どうやら、100年目に封印された魔獣はジルドラ侯爵の血族に復讐を誓ったらしい。どこまで因縁つける魔獣だ。
「次にジルドラ侯爵が訪れる日に次の犠牲者が出る。犠牲者はルチアさん。彼女がジルドラ侯爵とどう関係があるか分からないけど、助けなきゃね」
ルチアとジルドラ侯爵の関係はまだ分からない。しかし、彼女が現在、吸血魔獣に襲われていることは間違いがない。
「分かったわ。このことを桜蘭亭の大人たちに話してみる」
「いや、それはダメだよ」
「なんで?」
「こんなこと誰も信じないさ。例え、僕が話してもね」
(そうかもしれない……)
アンドレに言われて私も自分の認識が甘いことに気が付いた。もちろん、私が話したところで信じてもらえないことは承知している。貴族のアンドレの意見ならとも思ったが、彼の言う通り、黙殺されることが十分予想できた。桜蘭亭にとってはこれはスキャンダルになる。
ルチアだけの犠牲で済むのなら、平気で握り潰すことをするだろう。それにこんなことを話した後では、私もアンドレも監視されて動けなくなる。
魔獣の目論見を邪魔するなら、こちらも極秘で準備する必要があろう。
「さてと……犯人の魔獣を退治する準備をしなきゃね」
どうやら、アンドレ坊ちゃま、魔獣の怖さを知らないらしい。




