とりあえず眠ることにする
「さらにこれを授けよう」
小さな腰に付ける小さなポーチだ。ウサギか何かの毛で作られた普通のもこもこしたポーチ。こんなのもらっても嬉しくはないが、ちょっとだけ可愛いと思ってしまった。
「これは魔法のポーチだ。中には様々な魔法の品や生活に必要なものを無尽蔵に収納できる」
「こんな小さなポーチなのに?」
まるで未来の猫型ロボットの腹にあるポケットである。このカバンに加えて、先ほどお試しで使用した性能の悪い魔筆と魔墨の液体が入った容器ももらう。
さらに3枚の『封』と書かれたシールをもらった。これはあらかじめ書いていた魔紙を丸めて、このシールで止めておけば発動を任意の時に行えるものらしい。人前で堂々と魔紙を召喚して字を書く時間がないときもあるし、子供の私が魔法を使えることがばれたらまずいことになるだろう。
(この封印シールは役に立ちそうね。たった3枚なのはしょぼいけど)
ありがたく受け取っておくことにする。
「それではお前の健闘を祈る」
「あっ、ちょっと待ってよ」
魔法やらドラゴンの牙やらの説明で、思わず丸め込まれそうになったけれど、根本的なことを抗議することを忘れていた。
おもむろに私はジータの首を締める。神様はジータに憑依しただけであるから、神様に直接ダメージを与えているかは分からない。
「ぐげえええっ……突然、何をするのじゃ、やめろ、止めるのじゃミコト」
苦しんでいる。どうやら、憑依中は神様にもダメージを与えられるらしい。
「神様、あなたは私に言ったよね?」
「何を……グググッ……苦しい……それ以上締めると……この娘も死んでしまうぞ」
私はちょっとだけ力を緩める。記憶にはないが幼馴染設定のジータを殺してしまうのは、今の状況からするとよくない結果をもたらすと考えた。
「この王国とやらを私の美貌で傾けろと」
「ああ。お前はこのジョパン王国を滅ぼす傾国の美女となるのだ」
「あの~」
私はポクポクとジータの頭を拳の甲で叩く。ドアを軽くノックしている感じだ。
「神様聞きますが、傾国の美女って普通大人ですよね。バインバインのお色気たっぷりで馬鹿な国王をメロメロMAXにしてしまうのですよね」
「ああ、そうだとも」
「私の体、見てます? 私は8歳。バインバインどころか、ちょいーんのナインのツルペタンだわ」
「8歳でバインバインだったら、気持ち悪いぞ」
バシっとジータの後頭部を叩く。今は神様だから、ダメージは神様に支払ってもらう。
「この姿でどうやってこの国の王様を籠絡するのです。それとも、この国の王様はロリコン? 犯罪者? 社会から抹殺するために警察呼んだ方がよいかしら」
「ミコトよ、お前が今の姿でこの世界に生まれ変わったということは、それが最もよい選択だからだ。国を傾けるのはすぐでなくてもよいのじゃ」
「意味がわからないわ。いっそのこと、私のとてつもない魔力を使って力で傾けてはどうでしょう」
「それは無理というものじゃ。国を傾けるという行為は、目立たぬように行わなかれば成功しない」
「目立たない?」
「そうじゃ。いくら無敵で強くとも派手に行動し、人に知れれば、必ずそれを阻むものが出るものじゃ」
神の言うことは賢い私なら理解できる。要するに目立たないように陰で暗躍し、徐々に国を蝕み滅ぼす。これが傾国の美女たる所以である。
(そうだわね。力づくで国を滅ぼした美女はいないわ。ガンのように徐々に体を蝕み、命を奪う。そういうアプローチが重要だわ)
「カエルを熱い湯に入れれば、驚いて飛び出し命は失わないが、自ら徐々に温めるとカエルは気づかずに茹って死ぬ。お前がやることはそういうことじゃ」
「……なんだか、分かりにくい例え話だわ。それってかったるいし、めんどうくさいなあ」
そうは言ってみたが、もしそのルートを選択したら、傾国の美女ではなくて、魔王である。まだ私は人間をやめる気にはならない。それに力を誇示する魔王は、必ず勇者に滅ぼされる運命だ。
「面倒だと思うには、お前の勝手だが、約束は約束だ。国を傾ければお前は元の女子高生に戻る。できなければ、力を全て剥奪した上でこの世界に残ることになる」
(マジですか~)
私は考えた。今が余裕なのはとんでもない魔力を授けてもらったから。
ただの8歳だといくら私が賢くても、一人じゃこの世界じゃ生きていけないだろう。
「やりますよ、やらせていただきます。8歳だけど王様を悩殺して国を傾けます」
「うむ。期待しているぞ」
そう言うとジータの目の色が変わった。どうやら、神の憑依が解けたらしい。
「あれ……ミコトちゃんどうしたずら?」
不思議そうな顔を顔で私の顔を見るジータ。私はしげしげとこの幼馴染らしい少女の顔を見た。のんびりした口調でいかにも頭が悪そうな少女。
(コイツ、この先、絶対に生きていけないよな……能力もなさそうだし)
先ほどの私の能力鑑定力によると、ジータの魔力は0である。戦闘力もない。他の能力はまだ分からないがごく一般人であり、取るに足らない人間の一人。私のこれからの野望には基本的に役に立たないだろう。
(どうする……見捨てるか……)
そんなことを考えながら、私はジータに背を向けて横になる。少々、臭いこの部屋で今日は夜を明かすしかない。目を閉じるとそっとジータが背中に体を寄せてきた。
(温かい……)
ジータの体のぬくもりが伝わってくる。スースーとジータの寝息が聞こえてくる。私の鉄の心が解かされていく。私も甘い。
(仕方がないなあ……こんな奴でも体を寄せれば暖が取れるし、身の回りのことをやらせるにはちょうどいい。頭も悪そうだから、私の命令にも従うだろうし……。しばらくは、傍に置いてやるか)
(この王国を傾けるか……でも、あの神様、まだ何か隠してるっぽいのよね……)
あの怪しい自称神様。まだ、何か重要なことを隠していると私は感じたが、もう夜更け。考えているうちに、やがて睡魔が私にも訪れた。
私はその誘惑に抗うことなく静かに目を閉じた。