第5の犠牲者
アンドレと別れて、私とジータが桜蘭亭に戻ったのは夕方。プティはロイヤルレディの身の回りの世話や勉強をしないといけないのに、アンドレと遊んでしまったおかげで今日1日が終わってしまった。まあ、桜蘭亭にとってはアンドレから金が払われるので問題ないであろうが。
「おや、こんな可愛い子が桜蘭亭に入ったんだな。誰のプティだ?」
帰って来た私らの姿を見た客がそう出迎えたロイヤルレディに尋ねた。この桜蘭亭でナンバー3に格付けされるレーティシアである。癖のある赤毛で顔もそれほど美人ではないが、愛嬌のある性格で話も上手なために常連客も多い。
今日来た客は最近、レーティシアの常連客になったジルドラ侯爵である。年は50代後半と言うことだが、見た目は若々しく40代前半に見える。
おっさんだがダンディな出で立ちで、金払いもいいのでレーティシア付きのNレディやプリンシパルは、お小遣いをもらおうと必要以上にかしずいている。
「あの子らはメルセデスが最近引き取った子らですよ。あの年で既に大貴族のお坊ちゃまに目をかけられているから、かなりの逸材と言ってよいでしょう」
そうレーティシアが説明をする。私とジータはマナーに従って、その場で頭を下げている。姉さん格にあたるレーティシアの許可がないと、この場を去れないのだ。
「ほう……あのメルセデスのところのプティか。なるほど、2人とも将来が楽しみな美人さんになるだろうねえ」
「あら、侯爵様。こんな子供がお好みなんですか?」
「おや、レーティシア。焼きもちを妬いているのか?」
「わたくしの妹たちを差し置いて、他人のプティに目をやるのはいけませんわ」
「くくく……初奴じゃ。お前のそういうところがたまらなくよいのだ。こんな子供をそんな風には考えるわけがないではないか。わしにはこんなに魅力的な彼女がいるのに」
そう言ってジルドラ侯爵はレーティシアの腰に手を回す。それにしなだれるようにレーティシアは、身を預ける。この辺のところは、百戦錬磨のロイヤルレディだ。男心をうまく掴んでいる。
レーティシアが(早く姿を消せ!)と目で合図をしたのを見て、私とジータはそそくさと姿を消した。夕方からはプティの私らは食事をして、勉強して寝るだけなのだ。
翌日、ジルドラ侯爵は泊っていったらしく、朝、玄関でレーティシアの見送りを受けて帰ろうとしていた。私はメルセデスと昨晩一緒に過ごした客が帰るために、馬車の準備ができたかを知らせる役であったから、偶然、その場面を目にしていた。
「侯爵様、昨晩はありがとうございました。また来てくださるとうれしいです」
「もちろんだとも、レーティシア。今はお前に溺れておる。お前が桜蘭亭にいる間は、ちゃんと通うよ。来週また来るよ」
「はい、侯爵様。それまでお体に気を付けて……」
軽くキスをするレーティシア。いい年をした侯爵は、もうメロメロMAXでレーティシアを抱きしめて、名残惜しそうに体を離すと迎えに来た馬車の中へと消えた。
(あ……)
朝からロイヤルレディの手練手管の技を見せつけられた私は、ジルドラ侯爵の馬車が動き出し、後ろで待機していたメルセデスの客の馬車が動き出すのを見て、メルセデスを呼びに行こうと思った時に、目に焼き付いたものがあった。
ジルドラ侯爵の馬車の後部に、侯爵家の紋章が描かれている。それは2匹の蛇がお互いのしっぽに食らいついた図柄である。
(双頭の蛇……アンドレの言っていた紋章のような……まさかね……)
そんなことを考えていると、前からふらふらと歩いてきた女の子が私にぶつかってきた。
「あっ……」
「……」
私より大きな体のその子は、私にぶつかるとその場でへなへなと崩れ落ちた。体中のエネルギーが切れてしまったみたいで、だらりと力が抜けてその体重に比して重く感じる。。
「ど、どうしたの?」
「……」
返事がない。意識がないようだ。この状態に気づいた大人たちが慌てて駆け寄ってきた。私はその子を抱きかかえた時に首に付けたチョーカーが少しずれて、その白い首筋に2つの咬み跡があるのを見てしまった。
(こ、これは……)
大人たちがその女の子を抱きかかえて、医務室へと運んでいった。
「どうしたのかしら、ルチアさん」
「ルチア、最近、様子がおかしかったからねえ」
周りにいたプティやプリンシパルの女の子たちが噂をしている。倒れた子はレーティシア付きのNレディのルチア。年齢は16歳。
ここ1週間ほど、貧血で倒れることが多くあり、昼間もぼーっとしている日々が続いていたそうだ。医者は疲労から来る貧血だろうと診断したが、病状はあまり回復していない。
「ルチア、侯爵様がお帰りになると倒れるんだよね。あの子、絶対に侯爵様から援助を引き出そうとしているのよ」
「それよ、それ。ジルドラ侯爵様って、ああ見えて結構、浮気症だからね。レーティシア様の後の品定めで、ルチアを一番最初にご指名するって噂よ」
「やっぱりね……私、昨日、見たから……。侯爵様が夜、お手洗いに起きて、その後、ルチアさんの部屋の辺りを歩いていたのを……」
「えっ……わたしは今朝方、ルチアさんが庭のガゼボの方から歩いて来たのを見たわ。もしかして、侯爵様と逢引?」
「しっ……レーティシア様に聞こえるわよ!」
どうやら、昨晩、ルチアは夜中に出歩き、侯爵もレーティシアと寝た後、起きだして外に出たらしい。
(……ますます、怪しいわね……。もしかしたら、ジルドラ侯爵が吸血鬼なんじゃ?)
あくまでもプリンシパルやNレディたちの噂話である。しかし、ルチアの首の傷と双頭の蛇の紋章は気になる。
(そうなると、ルチアの体のどこかに蛇の紋章がないか確かめないと。それがジルドラ侯爵の紋章なら、ますます怪しいわね)
まずはルチアの体を調べる。いくら女同士でもこれはなかなか難しい。ルチアはレーティシアのNレディだから、派閥が違うこともあって接触する機会がないのだ。




