吸血鬼事件
メルセデスに言われて私は新聞を取りに、桜蘭亭の事務所に走る。その間にジータはメルセデスのために紅茶を入れる。
普通はロイヤルレディが飲んだり、食べたりするものは1階級上のプリンシパルが用意するものだが、試しにジータにさせたところ、紅茶葉の蒸し具合が絶妙でメルセデスがいっぺんで気に入ってしまい、毎朝の紅茶はジータがすることになっていた。
きっと、のんびりしたジータの性格が紅茶を入れる作業とマッチしているのであろう。のんびりジータの思わぬ才能である。
「ミコト、新聞はまだ桜蘭亭の表門詰め所にあると思うのじゃ」
「それはそうでしょう。まだ、事務所に運ばれて仕分けする時間ではありませんので」
メルセデスは毎朝、各種の新聞に目を通す。経済紙に政治、軍事や芸能、文化に今、都や地方で話題になっていることを新聞から知るのだ。それは外国の新聞も含めて10紙に上る。
普通はそれらの新聞は届けられてから、事務所で仕分けされ、居住区まで運ばれる。プティである私の仕事の一つとして、この新聞取りがあるがメルセデスの居住区の入り口にあるポストへ行くだけなのだ。
ところが今は朝の9時。昨晩は泊り客がいなかったから、メルセデスもお見送りはなく、いつもなら10時くらいに起きて朝食を食べながら新聞を読むのに、今日は1時間も早い。
「この砂時計が落ちるまでに取って来るのじゃ」
「え?」
メルセデスはにやにやしている。どうやら、朝から私に嫌がらせをするようだ。
「この砂時計は4分じゃ。ここを出て外門まで行って帰ってこい」
「メルセデス姉さま、それは無理というものです」
私は一応、そうやって反論した。居住区から外門まで距離にして往復で1キロはある。この桜蘭亭の敷地の広さをなめてもらっては困る。
「できなければ、ほれ、今日はそれを着て1日過ごすがよいのじゃ」
メルセデスが指さしたのは、小さなリスの着ぐるみ。ちょっと前に私がクマのぬいぐるみの中に入ったことがあったが、メルセデスがそれを気に入り、着ぐるみを何着か作ったのだ。
(あ、あんなものを着て1日過ごすだって!)
(ありえない!)
(あんなの着てたら、コーデリア派の子たちにめっちゃ笑われるじゃないの!)
それだけはごめんだ。だが、このクエストはかなり厳しい。屈強な大人なら、全力ダッシュすれば可能かもしれないが、私は8歳の幼女なのだ。
「早くせぬと、砂は落ちてしまうぞよ」
心の準備をする間もなく、メルセデスの奴、時計をひっくり返した。私は部屋を飛び出るしかない。
(うううう……なんで私だけ、こんないじめを受けるのよ~)
普通は涙を流しながら、哀れに走るしかないのだが、そこは私。そんな気持ちは一切ありません。そっちが難題をぶつけてくるなら、こっちはチートな力を使うのみ。
「我、記せし、世界を欲する!」
魔紙を召喚すると魔筆でこう書く。
「門」
齧歯の魔獣を倒した時に手に入れた魔法を使う。これはあらかじめ魔筆で『門』と書いた場所へ移動する魔法だ。この魔法は低レベルなので持続期間は1週間程度で移動距離もせいぜい1キロ以内と短いが、上級の魔法になるほど持続期間と移動距離は増す。
最上級の『門』の魔法なら、永久的にその場所へ移動できる。これを使えば旅するという概念が無くなってしまうだろう。
「一応、走ったふりをしておくか……」
私はその場で激しく足踏みを30秒ほどした。そして、息を切らしたが部屋に入る前に深呼吸をして何事もなかったように入る。
「メルセデス姉さま、新聞です」
「ほう……ちょうど、砂が落ちた。ギリギリセーフじゃ。全く、残念よのう。あのリスの着ぐるみはお主によく似合うのにのう」
(お、大きなお世話じゃ!)
心の中では悪態をつくが、顔は笑顔の私。メルセデスはジータが入れた紅茶を飲みつつ、2人のプリンシパルに足をマッサージさせて新聞を次々と読破している。
彼女の派閥に入って感心するのは、この勉強熱心な姿。この桜蘭亭でナンバー1を維持するのは半端な努力ではできない。常連客はみんな上流階級のお金持ちばかり。教養の点で遊女と侮られないように常に一流の教養を追求しているのだ。
新聞から得られる情報もその一つなのである。メルセデスの意地悪さには頭に来るが、やはり彼女から学ぶことは多い。
そして何より、この居住区の賃貸料、私たち妹分の衣装や食べ物、習い事の授業料全てをメルセデスが支払っているのだ。養ってもらっている以上、反抗はできない。メルセデス並みに稼いでからものを言えと言うことだ。
「それにしても、随分と早いものじゃ。どうやって、新聞をもってきたのじゃ?」
たぶん、軽い気持ちでそう聞いてきたメルセデス。まさか、魔法で外門まで移動して取ってきましたなんて話せない。
「ほほほ……簡単ですわ。お姉さまがこの時間に新聞を読みたいとおっしゃることは予想していましたの。それで豆蔵に命じて早めに届けさせていたのです」
嘘である。
嘘であるが、後で豆蔵に口裏合わせさせるのは問題ない。
「ほう、あらかじめね。しかしおかしいのう。確か豆蔵は昨日から北地区へ使いに出ているはずじゃったが」
(しまった……)
そうメルセデスに指摘されて私は一瞬焦った。だが、メルセデスの余裕の表情を見て、私はこう切り返した。
「おや、そうでしたか。おかしいなあ。先ほど、豆蔵と会ったのですけど。早く帰って来たということかしら……」
いくらメルセデスでも、下っ端の男衆の動向など把握しているはずがないというのが私の下した判断だ。つまり、北地区へ使いに出て不在というのは、メルセデスのはったりということになる。きっと、カマをかけて私をからかったのであろう。
「そうだったかのう……それはわちきの勘違いじゃったか?」
メルセデスはそう言ったが、その後はくすくす笑って新聞を広げ始めた。何だか見透かされているようで嫌な気になる。
「それにしてもこのニュース、気になるのう……」
メルセデスがそう誰に言うでもなくつぶやくと、彼女の世話をしていたプリンシパルのエリスが話を合わせた。エリスは私よりも4歳年上の12歳。
メルセデスのような輝くほどではないが、少し落ち着いた金髪の持ち主だ。本人も物静かなタイプの美少女で性格も気立てがいい。プティとして入ってきた私とジータの面倒見も良い素敵なお姉さんである。
「お姉さま、吸血鬼事件ですか?」
「うむ。これで犠牲者は4人じゃ……」
新聞の見出しにはでかでかと4人目の犠牲者と書いてある。4人とも全身の血を抜かれた悲惨な状態で見つかったそうだ。




