真夜中の来訪者
(何か聞こえてくるわ……)
それは歌。女の声の歌声だ。声質からして声の主は若そうな感じ。真っ暗な森の中にポツンと建っている別館でぐっすり寝ているジータと私しかいない状況。広い館でこの歌は怖すぎる。
歌は外からではなくて、館の中で響いている。鍵がかけてあるのに入り込んで歌うなんてことは不可能だ。
(ちょい、ちょい……これは反則だわ。本物の幽霊だったら洒落にならないわ)
私はちょっと怖くなったのでふとんを被ってぎゅっと目を閉じた。すると歌声はだんだん近づいてくる。
夜の静けさにわらわは歌う
闇夜に照らされた古木に刻む。それは悲しみに歌。
一つの悲しみを幹に刻み、1つに怒りを幹に刻む。
幾年と……樹は私の苦しみを記憶に刻んで数百年。
鎖につながれ数百年。
今もわらわは一人で歌う。悲しみの歌を……。
(こ、怖いよ、この歌詞)
歌が近づくと共に、足音もかすかに聞こえる。階段を上って廊下を歩いてくる音。
(1人……2人……3人近づいてくる)
それが人なのか人ならざるものかは分からない。
(もし……幽霊だったら……)
私は魔力無限のチートウィザードだが、魔法を発動させるための『魔字』を知らないために使える魔法は少ない。攻撃魔法はあるが霊体の幽霊に火矢の魔法が効くとは思えない。
コン……コン……かすかに扉を叩く音が聞こえた。私の幽閉されている部屋とは違う部屋の扉だろう。階段を上ると右に3部屋、左に3部屋ある。叩かれた部屋は階段を上ったすぐの部屋であろうと思われる。
「い……な……い……」
悲しそうな女の声が聞こえる。そしてまた歌が続く。
(や、やばい……こっちへ来る?)
私がそう思ったのは歌声がだんだん近づいてきたからだ。きっと階段を上がって右に進んだのであろう。部屋を1つ1つ確かめるつもりなのであろう。
コン……コン……。
扉を叩く音が聞こえた。自分の部屋ではない。隣の部屋だ。そして、扉を開けたきしむ音が聞こえる。
「ここにも……いない……あな悲しや……」
悲しげな声が夜の闇夜に響く。そして、またあの歌。
(やばい、やばい、やばい……)
さすがの私も心臓がばくばくと高鳴った。次は絶対に私の部屋だ。
「ぐうぐう……むにゃむや……」
私の隣ではジータが幸せそうに寝ている。思わず、その安心したような顔のほっぺをつねって起こそうかと思ってしまったが、ジータは私を心配してこの怖い館へ来てくれたのだ。起きないのならそのままにしておいた方がいい。
コン……コン……。
私の部屋の扉だ。乾いた音は部屋中に静かに響く。私の体から嫌な汗がじわりと出てくる。
コン……コン……。
再び、音がする。隣の部屋と対応が違う。ここに私がいることを知っているのだ。私は息を殺して体を硬直させる。だが、そのタイミングでジータが寝言を言った。
「う~ん……ミコちゃん、そんなに食べられないずら~」
「ま、まずいよ……ジータ~っ」
慌ててジータの口を押えたが遅かった。外では冷たく抑揚のない声がした。
「こ……こ……か……」
(や、やばあああああっ……)
扉には鍵がかけてある。だが、そのカギは空しくカチャンと外された。扉がギギギ……と開く。私は布団からそっと顔を出し、入ってきたものを確認する。
(に……人形?)
赤ちゃんくらいの身長の人形だ。ドレスと帽子を被ったその人形は長い金の髪を逆立てている。しかもその顔には……。
(ちょ、ちょっと……目がないじゃない~)
しかもありえないことに、その人形は地面から浮いている。さらに恐ろしいことには、暗い廊下にろうそくの灯。それは人形を両脇に守るように恐ろしい顔をした犬。頭にろうそくの火を灯していたのだ。
「うううううう……」
低いうなり声。
「こ、こわいよ~」
思わず私は叫んだ。突然、人形はさらに空中へ舞い上がり、不気味な笑い声をあげながら部屋中をぐるぐると飛び回った。
「きゃはははは……」
怖い、怖すぎる……。あまりのことに私は思わずおしっこをちびってしまいそうになる。ふとんを被り直してじっとその恐ろしい声に耐えるしかない。
「お前の命はあと2日だ~」
人形はそう金斬り声を上げると扉は再びバタンと閉じた。足音が徐々に去っていく。
(ふう~助かった……というか、私の命があと2日だって?)
あれは何だったと考えながら、ドキドキする心臓をそっと抑える。いろいろと頭が混乱してくるが、8歳の私にはここまでが限界であった。目を閉じて深い眠りに落ちた。




