プティ誕生
「ガインさん、待っていましたよ。今回は将来楽しみな逸材を連れてきたと聞いてますからね。どんな娘かわくわくしていました」
館の応接室へ通された私は、部屋に入るなり、そうガインのおっちゃんに気安く近寄り、握手をしてきた太った中年の婦人を見た。
高級な香水をプンプンさせて、高級そうな生地であつらえたドレスを着ている。
(この人がこの店の主人だろうか……)
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私はジータとソファに座って出されたジュースを飲んでいる。門に入ってから、ここまでの待遇はすこぶるいい。この店の従業員たちは私とジータをお姫様のように扱っている感じがする。
その太った女性の後に、痩せて小柄な、人の良さそうな中年男性が入ってきた。一言も話さず、ニコニコとパイプ煙草をくゆらせている。
「この子たちね……」
中年の女性は私とジータを見る。その目は愛想のよかった先ほどの目とは違い、足の先から頭のてっぺんまで小さなことを見逃さないという厳しいものであった。
「エンリエッタ様、オーボエ様。髪の黒いのがミコト、水色なのがジータです。ともに8歳です」
「うむ……」
エンリエッタと呼ばれた太ったおばさんは、私とジータに近づいてくる。そして、立つように命じた。私とジータはソファから立った。
「なっ!」
このおばさん、突然、私のワンピースの裾をめくりあげた。思わず、手でそれを遮ろうとしたが、その手をぴしっっと打つ。
「痛っ!」
「隠すんじゃないよ、お前の査定をしているんだ!」
遠慮なくめくると足のふとももを手のひらで触る。内ももを触るからくすぐったくてしかたがない。そして、足から足首まで触ってくる。
「ひゃあああああっ……」
気持ち悪い。これを変態男にやられたら、ショックを受けるが、太ったおばちゃんでも
十分にトラウマだ。
「いい感じだね。これは大人になったらいい体になる。男がほっとかないね。そして……」
エンリエッタは私の形のよい顎を親指と人差し指でつまむ。
「この面は間違いなく美人になる。これは逸材だね……それにこの反抗的な目つきもなかなかいいね」
ガインのおっちゃんもそんなことを言っていた。ちょっと生意気な感じの方が客受けがいいようだ。
(一体、どんな趣味だよ!)
ジータも同じように査定される。査定はエンリエッタだけが行い、オーボエと呼ばれた人の好いおっさんは一言も言わない。ニコニコしてエンリエッタのやることを見ている。
(いや、あの優し気な表情の奥底で、私らを値踏みしている……)
私にはそう思えた。こんな店を経営しているだろう2人である。その眼力は侮れない。
「それにこの黒髪の方は、本当に農村出身かい?」
そうエンリエッタは私のことを疑う。私を立たせるとテーブルの上に置いてあったリンゴを私の頭の上に乗せる。
「これだ。この安定した立ち姿……お前、ちょっと歩いてみなさい」
エンリエッタにそう言われて私は頭にリンゴを乗せたまま歩いた。リンゴは落ちない。
「これだよ。農村出身の子供がこんな歩き方ができるわけがない。これは貴族の娘の歩き方。出身はかなり身分の高い家の子供に違いない……」
そうエンリエッタは断言する。彼女に言わせれば姿勢だけで生まれが分かるのだという。ジータはというと典型的な農村出身の娘だが。そう言われてもガインのおっさんは首をかしげるだけである。出身は農村と言われて私を買ったが、それ以上のことは知らないのでエンリエッタが言うことをうのみにするしかない。
私に聞かれたところで、私もこっちの世界の私は奴隷として売られる前は全く分からない。
「2人とも、確かに逸材だ。それは認めるよ。だけど、400万ガルは随分と高くついたね。その倍で買い取る私らのことも考えてくれないかい?」
値段交渉になって、そうエンリエッタは不平を言う。どうやら、私もジータも相場よりも随分と高いらしい。
「どうします、あなた?」
そうエンリエッタは先ほどから何も言わないオーボエに尋ねた。この2人、どうやら夫婦らしい。
オーボエはゆっくりと頷いた。それは交渉成立の合図であった。
「亭主がそう判断したんだ。わたしは尊重するよ。この子らはこの桜蘭亭の将来のシュバリエ候補ということだね」
そうエンリエッタはため息をついて、ガインのおっちゃんに代金の決済の手続きに入る。交渉成立である。
「ミコト、ジータ……ここでしっかり勉強し、いい女になって稼ぐんだ。ロイヤルレディ、シュバリエになれば、大金持ちの奥様も貴族の令夫人も夢じゃねえ。いいか、努力して成り上がるんだぞ」
コレットやキャサリンのしたように私らの頭を撫でるガインのおっちゃん。ここまで苦労したけれど、奴隷市で競り落とした値段の倍で売れたなら、このおっちゃん、大儲けである。
「ねえ……ミコちゃん、ガインさんはどこ行くずら?」
「コレット姉さまやキャサリン姉さまは?」
「わたすら……どうなるずら?」
立て続けにそう私に質問してくるジータ。どうやら、よくないことが起こることをこの子なりに感じ取ったのであろう。
「心配することはないよ。今日からあんたらの家はここ、桜蘭亭だよ」
そうエンリエッタは、部屋を両手でぐるりと差した。
「ミコト、ジータ、あんたらは桜蘭亭の子供だよ。わたしはエンリエッタ。今日からは女将さんと呼びなさい。そしてこの男の人はこの店の主人。亭主様と呼ぶんだよ」
そうエンリエッタは自己紹介した。私とジータは今日からこの店の見習いとなった。一番年若の見習い『プティ』である。




