桜蘭亭へ
「わあ……これが都!」
「すごいずら……」
馬車から顔を出し、町の景色を見て私らは思わず、感嘆の声を上げた。これまでも、大きな町に立ち寄ったことはあったが、都ほど華やいだところはなかった。それに人々の多さは群を抜いている。
(さすがは、このショパン王国の首都だわ……)
一国の首都というのは、どこもこれくらいの華やかさはあるだろう。建物の多さ、歩く人、馬車の数、市場の物資の多さ。首都を見るだけで、その国の力を図ることができよう。
もちろん、賢い私はそういうプラス面だけに惑わされることはない。町を歩く人を観察し、職のない浮浪者や今日の食事を得るために盗みをする人間の姿もちゃんと記憶している。
これまで見てきた地方都市の治安の悪さは、この首都でも推し量ることができる。子供は一人で遊んでいないし、一歩踏み込んださみしい横道には目つきの怪しい人間が、昼からたむろしている。
「さあ、お前らを引き取ってもらう場所が見えてきた」
御者席でガインのおっちゃんが指を差した。その方向を見ると、黒く塗られたレンガの壁が見えた。それは人が簡単に超えられない高さで、白い壁と青や赤、黄色と言った華やかな町の家々と比べると異様さが際立った。
「あれが夜の街、パンドラだ」
ガインのおっちゃんがそう話した町は、いわゆる歓楽街。風俗店を集めた区画だ。町の風紀を乱さないと同時に、きちんと政府が管理していくために設けられた色町である。
「この門をくぐると、許可証を持っていない女は二度と出られない。お前たちがここから生きて出るには、努力しないといけない。いいか、希望は絶対に捨ててはいかんぞ。ここは、努力したものだけが成功する街なのだ」
ガインのおっちゃんはそう私たちに言い聞かせた。この街にある店に売られたら最後。生きて門をくぐるには、借金を返して許可証を手に入れるか、大金持ちの男に見初められて見受けしてもらうかしかない。
そうやって出ていく女もいるが、そうならないうちにここで死んでしまう者の方が多い。
男相手に春を売る商売というのは、いつの時代でも暗い影を落とす。しかし、この街パンドラでは、奴隷として売られた女は手厚く保護される。
食事も与えられるし、殺されもしない。過酷な労働も原則ないし、面白半分で殺されたり、傷つけられたりすることもない。
従順に商売に励む限り、身の安全は保障されるのだ。田舎の飢餓に苦しむ村やモンスターの襲撃におびえる暮らしとどちらが幸せなのだろうか。単純には答えは出てこないであろう。
ガインのおっちゃんは、コレットとキャサリンの2人をパンドラの中でも高級店に連れて行った。ここで2人を売るのだ。
「いいか、コレット、キャサリン。お前たちは2年後に店に出られる。この店はそこそこレベルの高級店だが、働くお前たちを大事にしてくれる。いっぱい稼いで自分で自由を取り戻すんだぞ」
おびえる2人の髪の毛を撫でて、愛想の良さそうな店の主人に引き渡した。何も分からない幼いジータとは違い、私は2人が2年後にどういう仕事をするのか、おおよそ理解している。
ガインのおっちゃんは、女を買って売り飛ばす倫理的には、最低の仕事を生業としているが、非道ではない。彼女らが将来、自由を取り戻せるように売る先を配慮している。
高級店は超高級店に比べて、1人の男を相手にして得られるお金は少ない。だが、その分、時間をかけなくてよいから、回転を早くすることで超高級店よりも多く稼げることにもつながるのだ。
高級店で売れっ子になれば、3,4年で借金を返し、自由を手に入れることも可能だ。元々、仕入れ値も安い彼女たちなら可能性は高い。
(コレット姉さんやキャサリン姉さんくらいの容姿じゃ、そのルートが最善だわ。それにあの店は繁盛店みたいだし……)
8歳の幼女の上から目線だが、私の洞察は間違ってはいないだろう。
問題は私らである。私もジータも仕入れ値でいけば、破格の値段である。当然、そこそこの高級店では借金は返せない。それに中級店では子供を育てて店に出すという育成システムはない。必然的に超高級店になる。
私とジータが連れていかれたところ。
この夜の街パンドラでも、1,2を争う超高級妓楼。
『桜蘭亭』である。
きらびやかな門構えは明らかに他の店とは違う。そもそも、門があり、馬車で入らないと車止めまでいけないのだ。玄関まで馬車で5分は走らないとたどり着けない。途中に手入れされた人工の池や川、森があるのだ。
これがパンドラになければ、大貴族のお館だろうと思ってしまう場所なのだ。




