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豆蔵誕生

 後方から、ゴブリンを退治した衛兵部隊が近づいてくるのが見えた。この状況を何とかごまかさないといけない。

 山賊を全部私が倒したとなれば、さすがに目立ち過ぎる。傾国の美女になるには、目立たず裏で暗躍してその座を獲得するしかないのだ。


「008、最初の任務です。山賊退治はあなたがやったことにしてちょうだい」

「エ……ナゼ、ミコト様ガヤッタコトヲ隠スノデゴザルカ……」

「これは神様の命令です。私が目立っては今後の動きにくくなる。それに私のような幼女がこんなことができたなんて誰も信じないし、信じたら信じたらで、魔女だといって異端審問にかけられるかもしれないわ」

「ナルホド……」

「王国の命令で潜入していた凄腕のあなたなら、不審に思われないでしょう」

「仰ルトオリデゴザル……」

「では、008……って、この呼び方、変だわ。何だか人間の名前じゃないみたいで違和感がある」

「ソレデハ、ミコト様ガ新タナ名前ヲ、オツケクダサイデゴザル」


 私は008の腰につけた袋に目が行った。予備のナイフとともに携帯食を身に付けていたのだ。

「それはなに?」

「コレハ……我々ノ非常食デス……炒ッタ豆デゴザルガ……」

「あなた非常食に豆を食べるのですか?」

「ハイ……豆ハカロリーモ多ク、軽クテ長持チ……」

(そんな説明はいらない。それよりも……) 


 私はパンと両手を叩いた。閃いたのだ。

「あなたの名前は豆蔵にします」


 適当だ。本当に思いつき。

(すまぬ豆蔵)

 しかし、豆蔵。涙を流して感動している。この男の精神構造が理解できない。


「ミコト様、アリガタキ幸セデゴザル……」

(おいおい、あなた本当に豆蔵でいいのか!)

(まあ、本人がそれでいいというのなら別にいいけれど……) 


 こうして私は忠実な部下を手に入れた。


 やがて、ゴブリンを退治したケイン率いる衛兵小隊が到着した。そして、驚いた。20人を超える山賊が全員戦意喪失。股間破壊の重傷を負って倒れていたのだ。

しかも、山賊は指名手配犯の『オーガヘッド』に属する連中だ。


 さらに、自分の隊の副隊長までが山賊に混じって倒れている。これをやったのは、王国特務機関の諜報員を名乗る男だ。

 ケインはすぐに魔法で眠らされた旅人たちを介抱し、股間を抑えてうずくまっている山賊を拘束する。20人の山賊のうち、3人は剣で突き殺されていたが残りは股間の打撲で戦意喪失。命には別条ないが、一生男の機能は復活しないと思われた。


(なんてことだ……。まあ、ひどいとは思うが、こいつらがこれまでやってきたことを思えば、同情はできない……)

 山賊オーガヘッドの所業は残虐極まりない。こいつらに殺された人間は数知れないし、捕まえた女性に対しての扱いの酷さは耳を塞ぎたくなる。

当然ながら、裁判にかけられてもほとんど死刑なのは間違いがない。ある意味、こいつらには天罰が下ったとみるべきであろう。

(問題は、これをやったのが一人の男だということ……)


 ケインは山賊を縛り上げ、自分たちを呼ぶために発煙筒を使った『豆蔵』と名乗る男に目をやった。部下に山賊たちを荷馬車の詰め込み、旅人たちの介抱をさせながら、簡単な事情徴収中である。


 ケインは最初はこの不気味な男を疑ったが、現実に旅人たちは全員無事だったし、王国諜報員の印であるバッジを見せられたら信じるよりほかはない。


「豆蔵さん、あなたがこの山賊団に潜入していたことは信じましょう。しかし、いくらあなたでも魔術師が加わったこの集団を一人で倒すことはできないでしょう」


 ケインは若いが優秀な隊長であった。優秀だからこそ、20代後半で隊長に任じられたのだ。王国諜報員を名乗る008の言動にうさん臭さを感じていた。

(こいつは絶対に何かを隠しているはずだ……)


 ケインはそう断定していた。状況証拠や口の利ける山賊からの証言でも、戦ったのは一人ではないことは分かっている。


「ケイン隊長、一部始終を見ていたという女の子がいました」

 そう兵士の一人が連れてきたのは、めっちゃ可愛い女の子。

 そう私です。ミコト。

 私は涙を浮かべて、こう話した。


「このおじさんとマントを着た小さな人が、怖いおじさんたちを倒したんだよ。ものすごいスピードだったよ……それに骸骨姿の怖いのも一緒に戦っていたの……。もうミコト、怖かったよ~、え~ん」


 クサイ……実にクサイ演技の泣き。しかし、幼女には許される。ころりと騙されるケイン隊長。 


 私の証言はケイン隊長には興味深かったようだ。なぜなら、山賊と交戦し破壊された竜牙兵の残骸が3つあったし、山賊の証言からも竜牙兵が出没したことは裏付けがとれていたからだ。


「豆蔵さん……この通りだ。小さな子とはいえ、その証言は状況証拠とも合う。本当のことを言ってくれませんか?」


 ケインは豆蔵にそう詰め寄る。豆蔵はちらりと私を見た。私は目でそっと合図した。そうここからが打ち合わせをした演技の開始である。


「……仕方ガナイ……実ハコレヲヤッタ小サキ勇者殿ニ固ク口止メヲサレテイテ……」

 そう豆蔵は話し始めた。

「小さき勇者?」

「ソウ……ソノ者ハ、ソウソコニイル女ノ子ホドノ身長。疾風ノ如ク動キ、信ジラレナイ怪力ノ持チ主……シカモ竜牙兵ヲ召喚シタノダ……」


「この女の子ほどの身長……ハーフフット族だろうか……いずれにしても、その小さき勇者とやらは、どこへ行ったのだ?」


「我ニコノ場ヲ任セテ、去ッテイッタノダ……」

「う~ん……」


 ケインは唸った。にわかに信じられない話だが、部下から上がってくる証拠は豆蔵の話を次々と裏付ける。その小さな勇者は、まるで兎のような素早さで山賊たちを倒していったのだ。


「キラーラビット……」


 山賊たちが恐怖におののき、誰ともなくそんなことを口走った。この事件は町に帰ったケインにより、『勇者キラーラビット事件』と称されることになる。


「隊長、裏切り者の副隊長はどういたしましょう」


 部下が負傷したグレン副隊長を拘束していた。山賊と同じように股間に重傷を負っている。この副隊長と同行した兵士のことはケインは分かっていた。衛兵隊にいながら、犯罪者と通じていた裏切り者である。

「わわわ……その子供だ、その子供は悪魔だ~」


 そう叫ぶ副隊長。私を見て恐怖におののいている。私はいっそうウソ泣きを激しくする。正体がばれては元も子もない。


 しかし、この状況で私が疑われる要素はほぼない。想像力を最大限に発揮しても、8歳の私が盗賊団をやっつけたなんて考えられるわけがない。


 グレンはハーフフットの勇者を私と見間違えただけだと思われるだけだろう。

「連れていけ、町で裁判にかける」


 隊長のケインは冷たくそう命じた。恐らく、調べれば多数の犯罪が暴かれるであろう。王国の衛兵隊の評判はすこぶる悪い。グレイのような不良な隊員が後を絶たないせいだ。


(しめしめ……うまくいったわ) 


 私はそっと豆蔵に片目を閉じて合図した。

 すべて私のシナリオ通り。一度は疑わせておいて、恐れ入りましたと真実に近い嘘をまぜて話す。状況証拠から、それを信じるしかない。

 

 最初から話しても荒唐無稽な話だと、かえって疑われるだろうと思っての作戦だ。

 いくら優秀なケインでも、キラーラビットと名付けた小さな勇者が、目の前の8歳の幼女とは思うまい。


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