バンデットスレーヤー
「ちっ……ガイン殿、馬車を盾にして戦いましょう。時間を稼げば衛兵がやって来るはず」
「そうともさ、兄貴。ここを死に場所と定めようぞ」
(ああ……こりゃだめだ)
再び、馬車の中から状況をそっと伺った私は絶体絶命のピンチだと思った。
なぜって?
そりゃ決まっている。グラッスス兄弟。口では勇ましいこと言ってはいるが、足が小刻みに震えている。しゃべる表情にも余裕が感じられない。
そして夏でもないのに大量の汗。勇ましく戦うというより、どのタイミングで逃亡するか考えていそうである。それを見越したガインのおっちゃんは、戦うという選択を諦めて、違う方法を選択した。
「ま、待ってください……山賊様」
ガインのおっちゃんが、この絶体絶命のピンチを逃れようと知恵を働かす。交渉である。見逃してもらう代わりに通行料を払うという提案だ。
だが、山賊のリーダーはいやらしい笑いを浮かべて、抜いた蛮刀を舌で舐めた。
「ふん。そんなはした金、いらねえよ。俺たちはなあ、あんたが運んでいる女が欲しいのだ。知ってるぜ。今日、運んでいる女は相当いい値で買ったのだろう。都で高級店に売る女だ。そっちの方がいい」
「そこを何とか……山賊様」
ガインのおっちゃん粘る。無駄なくらい粘る。
私もおっちゃんの虚しい哀願は無駄だと思っていたのだが、それがおっちゃんを見くびり過ぎていた。実はガインのおっちゃん。この時間稼ぎで、とんでもないことを企んでいたのだ。
それは導火線。時間を稼いでいる間に火を付けた棒と見習いの青年が用意した導火線を手にもって、こう脅したのだ。
「これを見ろ、爆薬だ。俺が導火線に火を付ければ木っ端みじん。女はみんな死ぬ。そして、お前たちも無事には済まされない」
脅しである。捨て身の脅し。というか、私らの同意もない道連れ自爆作戦だ。
「な、なんだと、このクソが!」
山賊たちは一挙に形勢逆転されて怒り出す。爆破されては元も子もない。
「さあ、爆破されなかったら、おとなしく俺たちを通せ!」
(さすがおっちゃん。迫真の演技)
(カッコいいです、ガインのおっちゃん!)
(ただ、私らに同意なく道連れというのは止めてだけど)
しかし、山賊たちには奥の手があったのだ。
その効果が表れ始め、山賊のリーダーと副隊長グレンはにやりと笑った。
突然、ガインのおっちゃんがぱたりと倒れた。ハンスさんももライアンも、グラッスス兄弟も旅人たちも地面に倒れこむ。
「ミコちゃん……あたし……何だか眠いずら……」
私の隣で不安そうに縮こまり、私の手をギュッと握っていたジータが目を重そうに閉じてしまった。コレットもキャサリンも眠っている。
辺り一面、いつの間にか、辺りは白い霧のようなものが立ち込めている。
「ジータ……起きて、眠っている場合じゃ……」
私はジータの体を揺すったが起きる気配はない。これは明らかに精神に作用する事象の変化である。
(これは眠りの魔法。山賊の中に魔法が使える者がいる……)
私は馬車の中から、そっと正面の山賊たちをうかがった。杖をもった老齢の男が何やら呪文を唱えているのが見えた。
魔法使いで罪を犯したアウトローが、こうやってならず者の用心棒なるということだが、まさにそのままズバリといった感じだ。
(あら……みんな寝ちゃいましたよ。このままじゃ、私たち山賊たちにお持ち帰りされてしまう)
男たちはここで皆殺し。女は全員拉致されて、アジトへ連れていかれて散々にもてあそばれる。ゴブリン退治をした衛兵隊が駆けつけたときには、もう犯行は全て行われてしまっているであろう。
ちなみに魔力無限大で防御力999という数値もちの私には、こんな低レベルの魔法は効果がない。つまり、戦えるのは私一人しかいない。
(しょうがないわね。自分の身は自分で守らなければ……)
私は行動を起こした。まずは戦力。私は腰に付けたポーチから、竜の牙を取り出した。これを地面に撒くと竜牙兵が現れるという。私は馬車の幌の隙間から牙をばら撒く。
「混沌の先兵、龍の申し子、竜牙兵、我の召喚に応えよ!」
神様に教えてもらった超恥ずかしい言葉を唱えて、右手の平を地面に撫でまわすようなジェスチャーをする。誰も見ていないから、我慢する。
するとどうだろうか。地面がもくもくと盛り上がると、そこから頭に角の生えた骸骨が生まれた。右手には剣。左手には盾を持つ戦士だ。
「な、なんだ!」
「なんで化け物が現れるのだ」
これには山賊たちも驚いた。突然、地面から何の前触れもなく骨の戦士が現れて、剣を振りかざして襲い掛かってきたからだ。その数7体。竜牙兵は1体でベテラン戦士3人と同じ力をもつ。
その竜牙兵が7体も現れて、山賊たちに斬りかかる。大混乱に陥る山賊たち。
「さて、私も戦いますか」
私は馬車の後ろからそっと地面に降りた。武器は馬車に中にあった鋼鉄でできたお玉である。野外で使うから家庭用よりも大きなもの。だからと言って、このままじゃ武器にもならない。だから、私は魔法を使う。
「我、記せし、世界を欲する」
空中に現れた魔紙(MOP)。本当はここで『大虐殺』と書いたら、山賊全員を地獄に送りこめればよいのだけど、残念ながらケチな神様のせいで使えるのは、1人を眠らせる『眠』と1人を魅了する
『魅』。そして力を強化する『強』の3つである。
この状況で使うとしたら当然、『強』しかない。私は目の前に10枚の魔紙を召喚している。
「強×10」
一度に10回の複数発動。私の∞魔力のなせる業である。『強』の魔法は私の身体能力を強化する。まずは筋力の増強である。
これを使えば幼女の私の力でも、怪力自慢の成人男性をはるかに上回る。そして鋼鉄製おたまにも強化の魔法を使用する。これで平凡な調理器具が、破壊力満点の山賊スレーヤーとなる。
「ふうふう……なんだか、みなぎる筋力を感じるわ~」
見た目はただの幼女である。しかし、その筋力はダンプカーと衝突エネルギーと同じ力。足の筋力は通常の大人の3倍で動くスピードを出せる。そして、攻撃力999という数値。繰り出す技は通常の人間では出せないレベルのものである。
私は竜牙兵と交戦中の山賊たちにひょこひょこと近づいた。一応、正体はばれないように体はマントで覆った。顔を隠さないとと思ったが、適当なものがない。
一応、ガインのおっさんの股引きがあったのでそれををかぶり、穴を開けて目を出した。両足部分が兎みたいになっている。何だか、滑稽な格好でなりは小さいから、威圧感は全くない。
「な、なんだお前は!」
竜牙兵との戦闘で混乱する山賊の一人は私を見下ろして、こういった。1体の竜牙兵を3人がかりで破壊し、肩で息をしている。たぶん、状況に混乱してのことだと思う。
私は右手の甲を自分の額に当てて、この男のステータスを見る。神様からもらった個人情報公開の能力だ。
ロッパ 男 38歳 山賊 オーガヘッドの一員 魔力0 攻撃力67
殺した人間9人。先日も村を襲って2人を殺した。かなり極悪である。
(ああ、こいつは処刑しても大丈夫な奴ね)
私は上を見上げてニヤッとわらった。大男のロッパのちょうど股間くらいが私の身長だ。
私の強化の魔法でダイヤモンド級に強度の増したお玉が光る。