02 異世界に送ってあげるよ【完】
異世界ものと言えば『転移』と『転生』だ。
大部分が不慮の事故と事件が原因で起きる。
――たまに神様の采配によるものもある。
昨今の日本においてどれだけの異世界渡航者が居るのか――ぜひとも統計を取ってもらいたい。
それだけの世界が良く分からない部外者によって歴史がかき回されている。
だが、実際にそれらを認識している者は神でもない限り――居ないのが現状だ。
主人公に選ばれた者は己の自己主張を持ち、それだけで最後まで突き進む。時には神すら倒す。
だが――
よく考えてほしい。
君たち主人公に与えられた『能力』は果たして誰に齎されたのかを――
どれほどのこじつけでも抗えないのが運命というもの。それを乗り越えられる事象など――本当にあると思うのか。
よく考えてほしい。
平行世界だの因果だの――それらを生み出したのは一体誰なのかを――
神様だよ。
という答えもまた『真』であるけれど――
同時に『偽』でもある。
例えば――
§ § § § §
これから君たち『冴えない主人公』候補に多くの自動車やら犯罪者、自然災害やらが大量に控えていたとしよう。
――多くの場合、日本人が大半だ。中国やロシア、レソトにブルネイで異世界に飛ばされたなどという事例を聞いた事があるだろうか。
大国ならば魔法の国があっても不思議ではない、かもしれない。
小さな島国である日本国のちっぽけな人間一人程度に世界や宇宙の法則を覆すだけの可能性が本当にあると思うのか。
もし、あるならば既に『結果』が現れていなければ全てが『偽』になってしまう。
「よ~し、オメーら。アクセルとブレーキを間違える練習は済んだな~!」
「酒も大量に飲んでおきやした~!」
「あ~ウゼェ……。誰でもいいからぶっ殺してぇ……」
借金まみれの犯罪者が数百人。
他人の幸福が気に入らないのが数百人。
とにかくスピードを出して人にぶつけるのが大好きな人間を数百人。
最近物覚えが悪くなった年寄り運転手数百人――
それらが日本各地に配置された。
「都合のいい難病患者も数万人程度っ!」
「生意気にも恋人だの幼馴染などが居るいけ好かない奴らの所在地を把握しときましたっ!」
「極少数派の事例もオーケーですぜ!」
人知れず配置されている狂気な凶器が狂喜乱舞――
ある日、ある時、それらは突然牙を剥く。
§ § § § §
日本各地で今日も今日とて殺人事件や交通事故のニュースが起き、その裏側では多くの人間たちが勇者気取りで世界を救う運命に翻弄されているかもしれない。
神様から都合のいいアイテムや能力を授かったり――
時には何ももらえず苦労し、失敗するたびにやり直しを強要されたり――モンスターにされたり――仲間に命を狙われたり――裏切りの果てに世界征服を企んだり――のんびりと平和に過ごそうとしたり――
自分の国をどうにもできないクセに――
他人との関わりを拒否しているクセに――
異世界に行った途端に積極性が目覚める。
そんな奴らを始末する為に今日も多くの仕事人が働いている。
毎日三名以上はどこかしらの世界で活躍している計算になる。
§ § § § §
擬音で例えるとオーケストラが出来上がるのではないかという――日本各地で奏でられている。
同時に――それらと比例して異世界に行かない――公務員などがテキパキと後始末に追われている。
奇麗な死体ならまだしも原型が崩れ過ぎているものも放置はできない。
「……天国や地獄に行ったっきり帰ってこないって言われるけれど……」
「きっと住み心地が良いんだよ、という意見はよく言われるよな。……戻りたくないのか、戻れないのか……」
世界を渡る能力を持つなら出来るはずだ。だが、作品の中では存在していても現実に存在している、という証明は未だに出来ていない。
言ったもの勝ち。
という概念があるけれど、それを素直に受け取るのは果たしてどれだけ居るのやら。
「そうそう。神様が実在するなら奴らも居なければ……」
数多の世界を創造し、破壊し尽くす赤い髪の神様もおっしゃっています。
待てども挑戦者が来なくて、退屈で指数関数的に適当な宇宙を作っては壊しをする単純作業が退屈だと。
主人公がたくさん居るのに何故、ここに来ない、と憤慨中。
他の世界では調子に乗った神様とか眷属と戦っているのに、自分のところは自分が行かないと駄目な点が面白くない、と。
事象に干渉して今日も世界各地で異世界送りを断行中。
時には平行世界も勝手につなげたり――
§ § § § §
そんな破壊の神も役職としては人間と変わらぬ労働者の様な扱いだったりする。
指定された仕事をこなせば、あとは自由だ。その自由な時間で異世界に行って様々な『可能性』を育む『主人公』の到来を待っている。
古代から遠未来まで――
現在までに現れた挑戦者はごく少数。
大戦に発展するほどではないので未だに退屈を覚えている。
そして――よく考えてほしい。
現代社会を生きる冴えない人間たちよ。
キキィ、ドンッ!
人間は意外と死なないものだということを。
それでもまだ異世界に憧れを持つのであれば――
君の目の前に夥しい凶器が並んでいる。
保証は出来ないが好きな方法が選べるとしたら――何を選ぶ。
都合よく召喚されるのであればもっとたくさん移動できるし、既に技術的に解決されているはずだ。
「神様も応援しちゃうよ。どしどし死んでくれたまえ」
「……チート能力はその世界だけしか使えないけどね」
「……こいつら勇者になったからって元の世界に帰れないのによく頑張る」
「元の世界に戻るには能力を返還するのが神の法律だから。ちゃんと契約書にサインしないと駄目だよ? 破る方法を勝手に確立したら日本が滅びちゃうけど……別にいいか。……知らなかった、で済まされるほど世の中甘くない」
「こっちは戻ってもいいけど……。責任とれるの? 大抵は自己責任がデフォよ? 無責任の権化の分際だけど」
それでも行きたいですか、行きたいですよね。拒否権はあって無しが如くですし。
さあ、道路の真ん中に立つのです。
都合よく小さな子供を横切らせますから。適当に正義感に目覚めてください。
あなたの前には無限の可能性が待っていますよ。
全国の生きてるだけで何の役にも立たないクソ共。ほらほらほら、早く行けよ。
§ § § § §
今日も日本各地で奏でられる交通事故の音。自然災害にあえぐ人間達の悲痛な声。さっき何でか刺されて今にも死にそうな冴えないサラリーマンとか学生達。
風前の灯が実に多く、多彩な人生劇場が展開されている。
将来的にはゲームしたまま死ぬんでしょうね。
「でもそれはあくまで空想の産物だけど」
そんなに都合よく異世界に行けるわけがない。まして中世ヨーロッパの世界観などに。
更に都合よく事態が進展して短期間でハッピーエンドが出来るなら現実の世界でも同様にやってくださいよ、と多くの抗議が上がるところです。
ただ――世界を救ってさようなら、という事象を簡単に許すほど神様の世界は甘くない。否――神が用意した甘い罠でもある。
先ほどから急に『神』が出てきたが、それは仕方がない。
空想には存在しない概念が付きものなのだから。現実世界に『無い』と言われても別の世界でも同様の結果が『ある』とは限らない。
では、仮に『ある』とした場合、こちらの世界に干渉しないのだから『無い』としてもいいのでは、と――
「……神様が居ない退屈な世界で満足しているのであれば……、それはそれで幸せな事だと思っていればいい」
「……大抵は神殺しに発展するのがお約束……。結構殺されてるよね、間抜けな神様が……」
「後付けで神になった奴らが多いから仕方がない。元々の経緯を辿れば……ちょっと主人公が努力するだけで解決するし」
脅威と感じるなら最初から干渉しなければいい。そして、それを実行しているから『本当』の世界に居る者達はいつまでたっても『異世界』に行けず、普通に死ぬ。
ただ、神様が居ると信じるのは勝手だ。
だから、そのまま死んだところで君が異世界に行ける保証は何もない。
気まぐれな事象。偶然の産物――または故意。
発展し過ぎた科学の果て――
今は無理でもいずれは自力で行けるかもしれない。そして、そこで本当の事実を知るかもしれない。
途方も無くて寿命をすぐに消費して終わってしまうと思われるが――
§ § § § §
全てを否定することは出来ない。
けれども全てを否定することは出来る。
そういう結論を導くのは今ではなくとも、いずれは――
とにかく、世の異世界好きの為に多くの案内人が用意された。どれに巻き込まれるか――いや、どれだろうと好きに選べばいい。
運が良ければ主人公になれる。きっと――
「……ふん。異世界の能力があれば地球を救うのなんて片手間さ」
と、有言実行した勇者を見たことは――残念ながら無い。
本当に居るんですか。
神様と同じくらい存在が不確定で妄想の類の様な主人公なんて――
居るんだったら証明してほしいです。全人類、全宇宙的にも。
それを成すだけの能力や概念は既に出来上がっている筈なんですが――
『終幕』