パパンツィンの甦り
メキシコの伝説
パパンツィンの甦り
モクテスマ(モクテソマ)・ショコヨツィン皇帝にはパパンツィンという名の妹がおりました。
とても美しく、かわいらしい少女で、皇帝はトラテロルコ王に嫁がせました。
しかし、不幸なことに、結婚して数年も経たないうちに、夫は死に、彼女は未亡人となってしまいました。
でも、パパンツィンは夫と暮らしたトラテロルコの宮殿に暮らし続けました。
1509年にこの娘は重い病気に罹り、ほどなくして亡くなってしまいました。
彼女の葬儀が執り行われ、メキシコ・テノチティトランの支配者である彼女の兄であるモクテスマ・ショコヨツィンは軍のもっとも高い身分の高官を多数連れて、個人的な立場で参列しました。
美しい娘の亡骸はトラテロルコの、彼女がよく水浴していたという池にごく近いところにある、美しい庭園の中の地下納骨堂に納められました。
その地下納骨堂の上には、重い石が載せられておりました。
葬られた翌日のこと、この宮殿に仕えている召使いの内の一人の娘である美しい少女がそのあたりで遊んでおりました。
そして、池の近くを通っていた時のことです。
前日葬られた王女がよく水浴していた方向に目を向けた時のことです。
その王女が泉の階段の一つに寄りかかるようにして瞑想に耽り、静かに座っている様子を見た時の驚きは大変なものでした。
その少女は王女がいつもの習慣となっている水浴をするつもりだと思いました。それはいつものことでしたから。
その時、「こちらに来なさい、ココトン、来なさい」と自分を呼ぶ声を聞きました。
その少女は恐れずに近づいて行きました。
王女の近くに行った時、王女は宮殿の責任者と結婚していたその子の母を呼んでくるようにその女の子に頼みました。
その少女は動揺せずに言いつけに従いました。
しかし、その伝言を母に伝えると、母親は吃驚して娘に言いました。
「何をお言いだい、娘よ。パパンツィンはお亡くなりになられたのよ。昨日、葬ったばかりよ」
でも、その小さな少女はついて来るように母親の服を引っ張りながら、王女から言われたことを繰り返し言い張りました。
仕方なく、娘が王女を目撃したであろうところに娘と一緒に行くことを承知しました。
まさに、その場所に王女パパンツィンを見た時の彼女の驚きはいかばかりだったことでしょう。
王女を見て、彼女は気を失って倒れてしまいました。
これを見てその小さな女の子は恐れおののきながら走り、母親を補佐するために宮殿に居る他の人々を呼びました。
しかし、近づいてきた人々はこの光景に恐れおののきながら卒倒してしまいました。
彼らを落ち着かせるために、パパンツィンは私は生きているのよ、怖がることはないのよ、と告げました。
宮殿の執事(家令)を呼んで来るよう頼みました。
執事は着くや否や、王女の言葉に耳を傾けました。
王女は彼に、起こったことを兄のモクテスマに知らせるよう、頼みました。
しかし、彼はモクテスマに知らせることに抵抗を示しました。
というのも、彼はモクテスマ皇帝がこの知らせを冗談かペテンと思い、そのようなことをした彼を罰することを危ぶんでいたからでした。
パパンツィンは、それならば、テスココの支配者、ネツァワルピリ王を呼ぶように命じました。
この王はこの血族の王女からの招請に極めてすみやかに応じました。
テスココ王が到着した時、王女は彼女の部屋に居りました。
とても勇敢であったネツァワルピリは彼女の言葉に耳を傾け、彼女の兄でメキシコ・テノチトランの支配者であるモクテスマ・ショコヨツィンに彼女の伝言を伝えることに同意しました。
モクテスマに会って、彼の妹は生きているということを確言しましたが、このメキシコ皇帝は信じることが出来ませんでした。
しかし、ネツァワルピリが、妹君が大変重要なことをお話ししたいので、自分に会いに来て欲しいと望んでおられると言いました。
モクテスマは仕方なく承諾し、宮廷の重臣たちを数名伴って、トラテロルコに赴いた。
「お兄様、驚かないで下さい」
王女はモクテスマに言いました。
「私はあなたの妹で昨日葬られましたが、今は生きています。お兄様に話さなければならない大切なことがあり、こうしてお呼びたてした次第です」
モクテスマとパパンツィンは二人して腰を下ろし、その他お供の者もパパンツィンの周囲に座りました。
そして、パパンツィンは話し出しました。
「死んだ後、つまり、魂が肉体から離脱して眠りから覚めた後、私は地平線が視界から届かないような無限に広がる平原におりました。その平原には沢山の道が縦横無尽に走り、途方も無い水量を有し耳を聾するほどの音を立てて流れる河が一本横切っておりました。その河を渡ろうと思った時、身体の周りが星の王のように輝き、更には朝の太陽のようなテュニカを纏う一人の美しい若者がこのような神秘的な印(十字架のようなしぐさ)を私の額に向かって示したのです。彼はきらびやかな羽根で飾られた翼のようなものも具えていました。私をじっと見つめ、私の手を取って、このように言ったのです。「立ち止まらないで、女よ。この河を渡るには未だ早すぎる。神はお前を愛しており、お前は未だそのことを知らないが、神はお前を守っている。来なさい」そして、このようにして、彼は私の手を取り、沢山の死人の髑髏とか骨のある河の岸辺に向かって私を連れて行ったのです。恐ろしい呻き声、哀れみを求める声も聞こえて来ました。河の上流の方を見ると、白い肌をして、私たちの服とは違う服を着た数人の男が乗り込んでいる数艘の巨大な船が見えました。男たちは黒や金色の顎鬚を生やし、頭には兜を被り、奇妙な武器を携えていました。その白いテュニカの男は私に言いました。「神はお前にお前の土地でこれから起きること、大きな不幸によって脅かされることを証言させるために生きさせることをお望みになっている。聞こえて来た呻き声はこれらの嘆かわしいことに苦悩するお前の祖先たちの心から生じたものだ。その巨大な船の中に見たあの男たちはやがて到来し、あれらの武器をもってお前の国の民の領国を征服する者たちである。しかし、真実の神に対する知識も与えるであろう。戦争が終わり、お前たちの贖罪が始まる時、お前は罪を消し去る清めの水を受ける最初の女になるだろう、そして、お前はお前の国の他の人々の模範となるのだ」
モクテスマはこの話をびっくり仰天して聴きました。
その後、妹が行った啓示に大変困惑しながら、彼は随行の者全員とテノチトランに帰りました。
帰り着くや否や、彼は聴いたこと全てに関して瞑想するために宮殿に閉じ篭りました。
国の賢人たちは王女は気が狂っているとか、間違いなく病気に罹っているとか言っていましたが、彼はもはや、妹のことをこれ以上は聞きたくはありませんでした。
にもかかわらず、超自然的なことがいろいろと起こり、且つ海岸から到来するいろいろな知らせ、巨大な船に乗ってやってきた奇妙な服を着た外国人に関する知らせを聞くと、彼の心は意気消沈して行きました。
不幸にも、予感は的中し、彼の国家は消滅しました。
モクテスマが妹のパバンツィンに再び会うことはありませんでした。
スペイン人が到着すると、彼女は1524年に洗礼を受け、そしてドーニャ・マリア・パパンツィンとなり、諦念に満ちた晩年を深い信仰心を持って生きたということです。
- 完 -