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シーク・セルフ・オンライン  作者: 士月十旭
9/18

予想外なお手伝い

チカネと再会した翌日。チカネの協力もあって、前もって決めていた各アイテムを20セットずつ用意することができた。

用意されたアイテムにはこげ茶色の肉球マークのスタンプが押されタグが付いている。

制作者の名を伏せたい生産者のためのギルド側の措置らしい。ギルドに登録したマーク付きのタグを付けることで自身の作品である証になるそうだ。

ブランドのロゴみたいなものだと思う。


マークを登録する時に、タグだと偽装される可能性もあるのではと、アランに聞いたらスタンプとタグがそれぞれ特殊仕様なんだとか。

スタンプは登録した制作者にしか押せない。誰かがどんなに模したものをつくろうとしても不可能。

タグの方は外された瞬間にスタンプが消える。また、外せるのは使用する時だけだと説明された。

そんな特別製のモノをどうやってつくっているのか重ねて聞くと、企業秘密だと笑顔で牽制された。



タグの付け忘れがないか、数が揃っているかの最終チェックを済ませてアイテムはいったんしまう。

鍵を閉め、向かう先はシグの雑貨屋。


俺に対する無理な勧誘と初対面の相手と俺との会話が成り立たない可能性を考慮して、委託販売することにした。

後者はわかる。しかし、俺を勧誘したがる物好きはいないだろう。そう笑う俺を、アラン、シシィ、チカネの3人がかりで他の冒険者たちにとっていかに俺が希有な存在であるかを懇々と長い時間かけて説明された。


そんな中選ばれたのが、俺と面識があり小麦粉と牛乳でお世話になっているシグの店だ。


販売された後からバレる方が面倒なアカツキとユヅには前日に回復アイテムの存在と、都合がつくときに一式セットで渡すむねをメールで伝えてある。

ふたり共に「すぐにはムリ」、「あとで連絡する」と返信が着ていた。

しばらくは平気そうだ。



「おはようございます」

「おう。おはようさん。早速だが、そこの台の左端に空けてあるスペースを好きに使ってくれ。開店まであと30分くらいだからな」


朝のあいさつはしっかりと。背を向けているシグに声をかける。

すでに商品を並べ開店の準備をしていたシグに、表側の台に設けられたスペースを指差し指示を飛ばされた。

指示を受け、商品が見えやすいように手前を低く、種類別にまとめる。少しでも手に取り買ってもらえる配置を考え微調整を何度もくり返す。


「出来たか?」

「ん」

「よしっ。じゃあ後は俺にまかせな。それで売り上げはどうする? 直接渡すかギルドに預けるかどっちがいい」


直接の方が実感が湧くが、もし完売した場合はそれなりの金額になる。あまり大金は持ち歩きたくない。

0ではない可能性を捨てきれず、シグにお願いする。


「ギルドで」

「わかった。売り上げのことは別として今日の夕方くらいに一度は顔見せろよ」

「ん。じゃ、お願い、します」

「おう」


商売の邪魔にならないように後は言われるままシグにまかせ、俺はなかなか出来なかった商店街巡りに向かった。

が、この時俺は失念していた。今まで自分がどこで何をしていたのかを。



意気揚々と通りを歩く俺を招いてくれる店はなかった。

当然だ。どの店も今し方出て来たばかりのシグの店と同じで、開店準備に忙しいのだから。

そもそも開いてる店がない。


あと数分の辛抱で開店時間にはなる。何か気を紛らわせるモノがあればいいのに。


「おい、そこの!」


辺りを物色してキョロキョロしていた俺に声がかかる。

声の主を探せば、店の並びの端に設けられた串焼きの屋台の中からおっちゃんが手招きしていた。

呼ばれるまま近づくと、おっちゃんも準備中にもかかわらず笑顔で迎えてくれる。


「やっぱり。坊主はこの前アランに連れ回されてた子だろ。こんな時間にひとりで何してんだ?」

「まだ開いてなかった」

「何だぁ? 早く来過ぎただけか。ならおっちゃんとこの串焼きでも食って待ってればいい」

「いいの?」

「子どもが遠慮すんな」


まだ開店前だというのにおっちゃんが目の前で3種類の肉を串に刺し焼いていく。

肉の種類は草原で捕れるオシドリとホーンラビ、ウィードウルフで3種類。

味付けはおっちゃんこだわりのタレだけだそうだ。

何だかんだでまだ、肉料理に手が出せないでいたからおっちゃんからのサプライズは凄く嬉しい。


「ほれ、左から順にオシドリ、ホーンラビ、ウィードウルフだ。せっかくだ食べ比べしてみな」

「ありがと。いただきます」


猫舌で焼きたてを食べられないのが残念だけど、冷ましても漬け込まれたタレが肉全体に染み込んでるから美味しい。

紹介された順に食べていくと、順に肉の噛み応えも増していく。

ウィードウルフの肉が筋っぽいのは、筋肉質で基本的に肉食だからだろうか。

今度柔らかく出来る調理方法を考えよう。

よくあるのが、筋切りやレモン汁に漬け込むとかかな。

いいのが見つかったらおっちゃんにも提案してみよう。


「どれも美味しかった。特にオシドリ」

「そうか。坊主は柔らかい肉の方が好きか」

「ん」


それから料理の話で盛り上がったり、アランたちの昔話を聞いたりで、気がつけばどの店も開店していた。

おっちゃんにまた来ることを約束して今度こそ商店街巡りを始める。




料理はいったん休みにして、今度は服飾関係でモノづくりをしようか。

装備もまだ初期の冒険者の服だし。今のままアカツキとユヅに会ったら絶対何か言われる。


デザインの参考に服屋へ行って、いいものがあったら買う選択もありだ。最低限、外套があればごまかせるかも。

傾向を知るだけでも必要な素材やパーツがわかるから、足りないモノは帰りにシグの店で探そう。



カラン……


商店街の中では数少ない扉がある店だった服屋の扉を引くと、乾いたベルの音が鳴った。


「おや、なんだ来たのかい。もうこのまま来ないものと思ってたけどねぇ」


恰幅のいい体を揺らし冗談まじりに俺を迎えてくれたのは店主のエマさん。アランに紹介されたときに俺の小柄な体格について一番心配してくれてたから印象も一番強く残っている。


「それで、今日は何を見に来たんだい」

「大きめのコート」

「ちなみに予算は決まってるのかい?」


ギルドに戻れば今だに手つかずになっている4000Gがある。けど、今の手持ちで何とかしたい。

今日までの間で売り買いを何度か行った結果の今の所持金は、1800G。

ある程度余裕はあると思う。でも一般的な服の値段を俺は知らないから。


「一番安いのだといくら?」


何かしら基準になるものが欲しくてエマさんに質問で返す。


「そうだねぇ……ちょっと待ってな」


顎に手をあて考えた後に一度奥へ姿を消し、両手に1着ずつコートをぶら下げ戻って来た。


「いいかい。左がウチにある一番安いコート。効果や付与がないただ寒さを凌ぐことができるだけのコートで650G。右が『VIT+1』の効果を持つコートで800G。どちらも元になった素材は同じホーンラビの毛皮だよ」


台の上に置かれ2着のコートを見て考える。

両方とも買えない金額ではない。でも効果のわりに高いと感じてしまう。

進んで買おうとは思えなかった。

自分でつくった方が安上がりになる気がするのは気のせいとも思えない。


他が本当にないのか、返事を保留にしてもらって商品が展示された店内に目を向ける。

コートは無理でも代わりにできる手ごろなモノがあればいい。

見渡した中で店に不釣り合いなモノを見つける。


「エマさん、あのかごは?」

「あれは商品にできないモノさ。よくお金に困った冒険者たちからキズモノを最低金額の100Gで買い取るんだけどね。中にはわたしの手では修繕しようがないモノもあって、それがあのかごの中身さ」


言われて店の隅に置かれたかごを覗くと、確かに服らしきモノがまとめて入れられていた。


「見てもいい?」

「ああ。あとは捨てるだけのモノだから構わないよ。見たところで何にもないと思うけどねぇ」


エマさんの許可を得て、かごの中を漁る。

確かにどれもダメージが酷くてこのままでは使えない。そんな中でも気になるモノを見つけ、外へ引っ張り出す。


俺が取り出したのは黒いローブ。身体にあてがってみると一回り大きい。

損傷は俺の身長からのあまりが出て床についている裾の部分と、腰より少し下の位置に縦方向での破れ。それ以外に目立ったキズはなく生地もそれなりにしっかりしている。

これは使えるかもしれない。背が低い俺だから。


「このローブいくらなら買っていい?」

「何言ってんだいっ。さっきも話したけど商品にならないモノをわたしが売るわけないだろ!?」


声を張り上げ拒否の姿勢を見せるエマさん。

エマさんの言い分はもっともだ。でもこのままでは俺も困る。そこで、俺だから使えるモノの可能性があることをエマさんに伝える。

俺が「裁縫」を持っていることも含めて。


「なるほどねぇ。それでも売るわけにはいかない。どうしてもというなら、ここでアンタが直してごらん。それを見て商品になると判断できたら売ってあげるよ」

「ここで?」

「さすがに店先で作業されちゃ困るからね、奥の部屋を使いな」

「ん」


ローブを手にエマさんに案内された部屋へ向かう。



案内されたのは修繕用の作業部屋。時間は気にしなくていいと言われたから満足のいくモノをつくろう。


ローブは置いといて、まず持ち物の中から必要なモノをピックアップする。

ウィードウルフの牙を3つとホーンラビの毛皮1枚。ビッグスパイダーの糸が1巻きに冒険者の服(上)も出しておく。

細工道具セットと、裁縫道具セットも忘れずに作業台の上へ。


最初は牙を3つともに横向きで2つ並ぶように穴を空けていく。力を入れ過ぎて割らないことに気をつけながら慎重に。

予備を使う必要なく作業を終え、今度はケガをする心配をなくすために牙全体にヤスリをかける。先の尖った部分は入念に。

牙の加工が済んだら細工道具セットはしまう。


次は、メジャーで今の俺の各部位のサイズとローブのサイズを計り、つめる必要な量を調べる。

コートへ仕立て直すつもりだから横は平気そう。

前の持ち主が細身な人だったのか、もしかしたら女性だった可能性もありだ。

まあ、それはいいとして裾の余分な分を切り落とす。切れ端は捨てずに取って置いて、前身衣の真ん中を一直線に上から下までハサミを入れる。

後ろ身衣にもしっぽが生えた位置の少し上の辺りまで切り込みを入れてスリットをつくる。

腰近くの破れは少しだけ拡張。冒険者の服を使ってポケットをつくる。他の切りっぱなしの縁を処理も一緒に済ましてしまう。


次にホーンラビの毛皮を後ろ身衣の背中部分に合わせた形に切り出してそのまま裏地として縫い付ける。

最後のパーツは、取って置いた切れ端の無事な部分で同じ長さの紐を6本つくり内3本は始めに加工した牙の穴に通す。残り3本とでそれぞれをセットに3セットに分ける。


一度上から羽織り前を留めるのにいい位置を決め印をつける。脱いで首もとから順に均等に間隔を空けて3カ所。

ダッフルコートのイメージでさっきセットにして用意した留め具を取り付ける。

糸の後始末をして一応完了だ。

最後にもう一度だけ羽織り違和感がないか確かめる。

手を加えてないフードは大きめだけど顔を隠せてちょうどいい。


裁縫道具セットをしまい台の上をきれいにしてコートに変えた元ローブを持って部屋を出た。



「エマさん今大丈夫?」

「ちょうど手が空いたところだよ。どれ、見せてみな」


声をかける前に聞こえたベルの音は出て行くときに鳴ったものだったらしい。

客に向け振っていた手がそのまま俺の方へ差し出される。

その手にそっとコートを乗せた。


受け取ったエマさんはモノを広げ前後ろ、表裏、細かく縫い目を確認して機能性を確かめる。

コートを試着させた俺を遠目で見てひとつ大きく頷いた。


「いいだろう。そのコートはアンタのモノだよタタ。代金200Gの支払いが済めばね」

「ホント? 200Gでいいの!?」

「ああ。元は捨てるはずだったモノだからね、それで十分さ」

「ありがと」

「なに先行投資だよ。タタには頼みたいことができたからね」


エマさんの言葉の意味がわからず頭に?を浮かべる俺をエマさんが笑う。


「気づいてないのかい。それより、アンタの面白い発想と腕を見込んだわたしからの頼みだ。かごに残っているモノをそのコートと同じように仕立て直して欲しい。やってくれるかい?」


《クエストが発生しました。》


『クエスト「キズモノ商品を生まれ変わらせろ」


 クリア条件:エマの店にあるキズモノ商品を期日以内に仕立て直し、エマの店に納品する。

 失敗条件:期日を過ぎる。商品価値が認められない。

 制限期日:5日

 報酬:エマのお古のミシン、スキル「リメイク」の獲得


 クエストを受けますか?   はい/いいえ』


アランの時と同じようにクエスト発生のアナウンスが流れる。

確認すれば、魅力的な報酬が並んでいる。今度も俺に迷いはなかった。新しく期日が決められていたけど大丈夫だろう。


「やる」


「はい」を選択し、エマさんに了承の意志を伝える。


「助かるよ。じゃあまた5日後に直したモノを見せに来ておくれ」


かごの中身を受け取りエマさんの店をあとにする。

早くギルドに戻って何がつくれるか確認しないと。コートを着たまま気持ちがはやり足早に進めてた足を止め、向きを変える。

戻る前に一度シグの店に寄って今日は来れなくなることを伝える必要を感じて。




シグの店に近くにつれ冒険者の数と聞こえてくる喧騒が増えてくる。何かあったのだろうか。

人集りはシグの店にできていた。


「おいっ、押すなよ!」

「俺には薬草茶をくれっ」

「薬茶クッキーと解毒蜜カドミキャンディーくださぁい」

「あーっ!? 極の方が売り切れてるぅ!!」


いろいろ凄いことになっていた。


とりあえずシグに会おうと人垣の隙間をぬってもみくちゃにされながら何とか店内に入る。


「シグ、これ何事?」

「ああん!? って、いいところに来た。元の原因はお前なんだ手伝え!」


本来なら嬉しいはずが、今までにない客の量に対応仕切れず半ギレになってるシグに捕まる。

シグの話では、初めこそ俺が用意したアイテムを手に取る冒険者は数人だった。が、使用した誰かが宣伝でもしたのか、人が人を呼び現状のかたちが築かれたらしい。


それからは一度入った店から外に出ることも不可能な状況に、シグに言われるまま商品を包み客へ渡す。という作業を商品がなくなるまで手伝うことになった。



「はい。活醒蜜イサミ茶に鎮混蜜チコミキャンディーね。今ので肉球印のアイテムは終わりだ。また入荷したときに来てくれ」

「次の入荷っていつだよ!?」

「くそーっ、出遅れたぁ」

「おい誰かこの肉球印の生産者の情報持ってるヤツいねぇの!?」


シグが最後の商品を渡し、品切れを宣言すると周りから落胆の声やアイテムを入手しようと画策する声が上がる。

アランたちに言われたことがこの状況になり実感することでようやくわかった気がした。



今度アカツキたちに渡しに行くときは気をつけよう。

とりあえず連絡がくるまではエマさんの依頼に専念しなくちゃ。


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