三毛猫と白い小人
アランにより再び1階の作業場に舞い戻った俺の目の前には少年が一人。
手馴れた手つきで使用してただろう作業台の上を片づけていた。
「ようチカネ、今大丈夫か?」
「もう少し待ってください、すぐ終わりますから」
俺より少し低い身長のせいか幼く感じる見た目とは裏腹に、しっかりとした口調の少年は本当にすぐ作業を終わらせた。
「こんにちはアランさん。何の用でした?」
「チカネを紹介したいやつがいてな」
「僕『に』じゃなくて僕『を』なんですね。それで相手の人は?」
「こいつだ」
アランの後ろで成り行きを見守っていた俺の肩に手を置いて、アランがチカネの前へ押しやる。
「おや。誰かと思ったら先ほど端の方で一生懸命竹と格闘してた三毛猫くんじゃないですか」
俺の存在が意外だったのか、耳にかかる長さで整えられたショートヘアーの白い髪と狐を思わせる弧を描いた細い糸目の奥に隠された碧い瞳を一瞬覗かせた。
しかもあえて「格闘」と言ったことから、切ってた時の俺のドタバタぶりを確実に見られている。
「……はじめまして、タタです」
「はじめまして。僕はチカネです。それでまたどうして僕を?」
気恥ずかしさを感じつつチカネに向き合えば、笑顔で応対してくれる。
きっかけを問われて素直に答えようとする俺を遮りアランが前に出た。
「ここでは他人の目もあるからな。わけは場所を移してからだ」
「わけありですか。わかりました。この後予定もないですから僕は構いませんよ」
「助かる。じゃあ行くぞ」
頼む側の俺に否があるはずもなく、アランを先頭にして作業場の中を進む。
「お前ら他の作業者たちの邪魔をしないように、俺とはぐれないようにしろよ。後が面倒くさいからな」
周りの音に負けない声の大きさで俺たちに注意を促すアラン。
髭は剃ってるものの髪がボサボサなおかげか、大声を出し注意をひくようなことをしても昨日のザワつきが起きない。
アランに対し変な感心をしていた俺の後ろで、きっと思わず出た独り言だったのだろう。チカネがぽつりと呟く。
「アランさん、引率の先生みたいですね」
「!?……っぅ」
呟かれた情景を想像した俺は慌てて口を手で塞ぎ、吹き出すのを抑える。それでも顔はうつむき、肩を震わせていた。
その姿は俺の後ろを歩くチカネには当然まる見えになっている。
俺の反応に対するチカネの反応を気にしつつ、アランに急かされて歩調を速めた。
やっぱりというか、当然というか、今日だけで何度開閉したかわからない俺の個室の扉を開ける。
「この後はふたりで好きに話し合え。来訪者の変わり者同士仲良くしろよ」
開けた途端、部屋の中に俺とチカネを放り込んだアランは言いたいことだけ言って丸投げ状態のまま消えた。
俺よりも状況を把握してないチカネに頼るわけにもいかず、とりあえず改めて自己紹介を始める。
「えっと、タタ、獣人族の三毛猫。『料理』『裁縫』『細工』の生産職メイン。今回は必要なモノがあって、アランに相談したらチカネを紹介された」
「なるほど。その必要なモノは後で聞かせてもらうことにします。僕はチカネ、小人族です」
「小人族……?」
「ああ、僕は腕に限らず全体的に身体が細いですからね。なぜか僕の場合は筋肉が外に盛り上がるようにはつかなかったみたいです。見えないだけなので不便もなく、逆に僕は細かい作業がしやすい分よかったと思ってます」
予想外の種族の名に、思わず口を挟んでしまった。
そんな俺に気を悪くした様子はない。それどころかすでに何度か同じようなことがあったみたいで、自分のことを説明するチカネには言い慣れた感がある。
それでも言葉に嘘は感じられず、本当に気にしてないらしい。
俺のせいで少し脱線したチカネの自己紹介が再開される。
「では改めて、僕の生産系は『細工』だけです。しかもずっとガラスばかりつくり続けているのでアランさんに限らず周りからは変わり者扱いされてます。タタくんは何でアランさんから変わり者と?」
「薬草で料理した」
「それは……、もしかして必要なモノに関係してます?」
「待ってて」
口で説明するよりも実際に見てもらおうと、状態回復茶を用意する。
チカネを座らせ、テーブルの上にそれぞれのお茶が淹れられたカップを並べて置く。
「状態回復の効果があるお茶。これを売るために入れるモノがほしくて」
「飲んでも?」
「ん」
興味深そうにカップの中身を覗いていたチカネが俺の承諾を得て、嬉々としてカップに口づける。
「美味しい。今は効果がわからないから残念ですが、確かにこのお茶の色は活かしたいですね。でもこれは薬草じゃないですよね」
分類では薬草と言えなくもないが違うものである。
チカネの指摘は俺が「薬草を料理した」と言ったからだろう。
レシピ意外は隠すつもりもないので、薬草茶、薬茶クッキー、各状態耐性向上の飴も用意し説明する。
「すごい。面白い! タタくん、協力する代わりにこれから僕がすること止めないでね!」
興奮してか見た目の年相応に近い言葉でチカネがまくしたてる。
持ち物の中から金鎚を取り出すと、躊躇いもなく自身の手に振り下ろした。
「っ!?」
チカネが何をしたいのかわからない。
今俺がしなきゃいけないことがわからない。
突然のチカネの奇行にパニック状態の俺は、チカネがくぎをさした必要性がないほどにその場で動けずにいた。
見守るだけの俺をよそに、チカネはテーブルに置かれた薬草クッキーを1つ食べる。何かを確認して今度は薬草茶を飲んだ。
「おおっ、本当にHPが回復してる。疑ってたわけじゃないけど、実際に目に見えて効果が出るとすごいのがわかる。タタくんは変わってるかもしれないけどすごい人だよ!」
まだというか、より興奮気味なチカネの発言から自らを実験体にして効果の確認をしたらしい。
言われて自分は鑑定のみで効果の確認をしてなかったことに気づいた。
売り出す前でよかった。チカネには悪いけど今ので立証された。それでも、もし次の機会あったら違う方法にしてもらおう。心臓に悪い。
「街の中でダメージ?」
「HPが完全に0にはなることはないけどある程度のダメージはあるみたいだよ」
まだ頭がうまく働いてなかったようで、俺の口から出たのはチカネを心配する言葉ではなく気になることへの質問だった。
対してチカネも確証がある情報じゃないのか断言はしない。
今回は結果的に何事もなかったけど、無謀過ぎる。初めの印象ではもっと物事に対し慎重に対応するタイプだと思ったのに。
《新しいスキル「食薬」を覚えました》
気づかれないようにため息のつく俺へアナウンスが流れる。
「『食薬』?」
「何?」
「『食薬』知ってる?」
俺の呟きに反応したチカネへ先ほどの経緯を話し、初めて聞くスキルについて聞く。
「いや、僕も初めて聞く。どんなスキル?」
聞かれて開いたウィンドウをチカネとふたりで覗き込む。
『食薬:食材の組み合わせにより、調理された料理に薬と同等の効果を与える。また、「鑑定」を取得していると食材自体の効果を観ることができる』
凄いスキルでした。
しかし、チカネの暴走の後に覚えるかたちになったのはチュートリアルでニィが言っていた「行動と成果」が大きく関係してるのかも。
俺がつくっただけではだめで、チカネの行動により成果が認められた。
そう考えるとSPを使わないで新しくスキルを覚えるのは凄く大変?
「『調合』の料理版ですか。タタくんには合ったスキルみたいですね」
チカネもようやく落ち着いたのか口調が戻っている。
「それと少し気になってたんですが、タタくん話すの嫌いだったり苦手だったりします?」
「何で?」
「いや、話してくれている間すごく頑張ってくれてる感じがしたので」
「疲れるから」
「?」
首を傾げるチカネに俺のモノづくり以外に対する省エネ思想を説明する。
この話をすると大抵相手側に呆れられるか叱咤される。
けど、チカネは違うようで、俺の言葉について考え何度か頷いている。
「タタくんがどんな人かなんとなくわかりました。僕もガラス以外のことが疎かになることがあるので似たようなものです。無理しない程度で話してください。わからなければ今みたいに聞きます」
「ありがと」
結果としてそうなってしまうチカネと、もとから拒絶気味な俺では厳密には違う。それでも共感してもらえたのが嬉しくて声を小さくお礼を言う。
お礼もまともに言えない俺にチカネは笑顔で告げる。
「タタくんフレンド登録しましょう。お友だちになってください。それで僕を『チーくん』と、タタくんを『タッくん』と呼ばせてください。あだな呼び憧れなんです」
暴走の時とはまた違うテンションのチカネに気圧されつつ、負けじと交換条件を提示する。
「なら『です・ます』禁止」
「わかりま……わかった」
「ん」
あとで聞いた話しではチカネ自身に話し方に対してのこだわりは特になく、なるべく印象を悪くしないためにしてただけだったらしい。
でも俺は話を聞きながら、チカネの中での無意識な線引きの表れでもあるような気がした。
フレンド登録を済ませ友達になった俺とチカネは本題に戻り、お茶用のガラス瓶について話し合っていた。
「お茶の色以外でも見分けがつくデザインにしようよ」
「例えば?」
「共通する4つの記号みたいなモノをデザインに取り入れるとか。タッくんが考えた水筒と同じようにラインを入れるとか」
多少は瓶に差をつけてもいいと思う。でも懲り過ぎるとチカネの負担が大きくなる。
シンプルでわかりやすい共通する4つのモノ。
「トランプ」
「あっ、わかりやすい。それでどうデザインに取り入れる?」
マークを元にデザインを考える。チカネへの負担も少なめに。
ふたりで意見を出し合い、使いやすさとつくりやすさを考慮に入れて穏やかな雰囲気のままデザインをまとめることができた。
最終的に決まったデザインは、ボトル部分に装飾はなしで蓋のつまみ部分の形をトランプのマークのモチーフにするというモノ。
お茶の色からのイメージで、解毒蜜茶がスペード、痺癒蜜茶がクラブ、鎮混蜜茶がハート、活醒蜜茶がダイヤとした。
「チーくん出来そ?」
「大丈夫だよ。ボトル部分は統一だからスキルで量産できるし、蓋も楽な方だよ。難しくてもその分経験値になるしね」
「そう」
「それよりタッくんの方だよ。水筒だけでもスキルを使わないと、生産に負われてタッくんがやりたいモノづくりが出来なくなるよ」
心配したチカネから逆に心配され、モノづくり出来ない発言に慌てる。
確かに切り出すだけでも時間がかかった。
水筒はあくまでも器で入れる薬草茶がメインの商品になる。
自分の手でつくれるのがベストではあるけど。
「水筒は…スキルでつくる」
「うん。その方がいいよ。タッくんの気持ちもわかるつもりだけど、抜けるところで手を抜かないと後が苦しいと思うから」
スキルでの量産はあまり楽しくなさそうで本当は嫌なのが顔に出てたのか、チカネは相変わらずの笑顔だけど眉が下がりハの字になっていた。
販売までの準備期間を3日とり、2日後にまた集まる約束をする。
その後各自必要な素材を集め、アイテムづくりに奔走した。
途中、ユヅから届いたメールの内容が、クエストをクリアするのに苦戦中のため約束の延期を告げるものだったことにほっとすることもありながら俺の準備期間は過ぎていった。
後日。周りの人たちから知らされることになるのだが、とある2日間の冒険者たちの話題が草原、森、竹林を駆け回る神出鬼没の三毛猫と、鼻歌を歌いながら大量のガラス瓶をつくる白い小人の2つのことで持ちきりだったそうだ。
チカネが楽しんでいたようでよかった。