草原と森
あれからすぐ解散となりアランとシシィは自分たちの持ち場に戻っていった。
「採取用ナイフ?」
「ん」
商店街も気になるけど、まずはフィールドに出て採取できるモノを調べることにした俺はまた受付にいた。
護身用としても最低限採取用ナイフを持っていこうと、扱いがないかシシィに聞く。
「うーん、いくつかあるからちょっと待って」
一度奥に引っ込み、浅いケースを手にシシィが戻ってくる。
受付台の上に乗せられたケースの中にはサイズと形が異なるナイフが3本。
「採取に使えるのは左から採取用ナイフ、初心者用ナイフ、サバイバルナイフの3つよ。ちなみに値段が順に100G、150G、250Gになるわ。どれにする?」
理想はサバイバルナイフだけど、気になる点がひとつ。
「『短剣術』なくていい?」
「ああ、そういうこと。『採取』は持っているのね?」
「ん」
「なら問題ないわ。ただし、本来の威力よりは落ちてしまうから戦闘になったら気をつけなさい」
「ん」
シシィからの確証を得て、改めて3本のナイフを鑑定してみる。
『採取用ナイフ:小型で安全に扱える採取専用のナイフ。素材を傷つける心配がない。
効果:なし』
『初心者用ナイフ:初心者でも扱いやすいよう考えられたナイフ。採取にも使えるが傷つけやすい。
効果:STR+1』
『サバイバルナイフ:アウトドアに適したナイフ。細い枝なら楽に手折れ、殺傷力がある。料理、採取にも使えるが少し質が落ちる。
効果:STR+3』
やはりサバイバルナイフが俺の使用目的には一番適している。
「これにする」
「そう。じゃあ250Gのお買い上げね」
サバイバルナイフを指差しシシィへ告げると、すぐ会計に移ってくれた。
俺もすぐウィンドウを開き代金分を取り出す。
「これから採取にいくなら少しだけタタちゃんにアドバイス。日が落ちると出現するモンスターが攻撃性の高いモノになるから気をつけなさい。ないとは思うけど森に入るようなら先セーフティーエリアを見つけることをおススメするわ。そこに入ればモンスターに襲われることはないから」
「ありがと」
代金と引き換えに選んだナイフと親切なシシィからのアドバイスを受け取る。
「いってらっしゃい♪」
受付を離れ外へ向かう俺の背中にかけられた声に振り返れば、笑顔で手を振るシシィがいた。
応えるように小さく振り返し生産ギルドを出る。
たどり着いた草原にいるのは俺と同じように採取に来た者や心許ない装備でレベル上げに勤しむ冒険者たちばかりだった。
俺も邪魔にならないよう、人のいない離れた場所で採取を始める。
手始めに薬草を傷つけないよう丁寧に採っていく。
次第に慣れ手早く採取できることに調子に乗って採っていると、途中でブザー音と共にウィンドウが表示される。
『これ以上薬草は持てません』
持ち物リストを確認したら薬草が「×99」になっていた。
どうやら同一アイテムを持てるのは99個までみたいだ。
捨てるのも勿体ないないので、試しに薬草の葉を少しだけ傷つけみる。すると手元から薬草が消えた。
もう一度確認したリストの中で薬草(劣)の個数が1つ増えている。
傷つけたことで別アイテム認定にされたらしい。
理屈はいまいちわからないけど、今回のことでアカツキたちに貰った冒険者の服が無駄にならなくて済む。
貰った時は出来たらいいな止まりだったから。
薬草はもう十分なので他を探す。
途中、遭遇したオシドリやホーンラビと数回戦闘にもなったがいろいろ採取することが出来た。
新たに発見したのは毒消し草、痺癒草、鎮混花、活醒草の4つ。意外と採れる。
それぞれ状態異常を直す効果を持っていた。
毒消し草はそのまま毒。痺癒草は麻痺に、鎮混花は混乱。活醒草は魅了を直すのに適している。
ぱっと見違いがほぼない。俺も鑑定をしたからわかったくらいだし。
とりあえずすべて持てるだけ採っておく。
新たな素材を求めて森に足を踏み入れる。
草原と違いすべてが新しいことばかりでワクワクするのを抑え、シシィのアドバイスに従ってまずはセーフティーエリアを探す。
念のためサバイバルナイフを装備させる。
道中鑑定は後回しで、マーカーが見えるモノを可能な限り採っていく。
強運が働いてかセーフティーエリアまでの路でモンスターに襲われることはなかった。無事エリアに入り、休憩がてら採ったモノの確認をする。
限界まで採った回復素材の草花5種の他にも結構ある。
オシドリの羽根×5
ホーンラビの毛皮×1
ホーンラビの角×1
頑蔓草×4
ベニイチゴ×6
オレンジェ×3
コモモ×1
モンスター素材と食材の果物は何となくわかるので、頑蔓草だけ詳細を視る。
『頑蔓草:頑丈な長い蔓を持つ草。その頑丈さから蔓で編また網や綱が常用されている。
効果:なし』
うん。そのまんまだ。
他の素材も予想から大きく外れるモノはなかった。
一通り調べ終え、おやつにクッキーを食べてひと息つく。けど飲み物が欲しくなる。
生産ギルドに戻ったら考えてみよう。
まだ少し日が暮れるまで時間があるから今度は森に出現するモンスターに重点を置いて調査しようとセーフティーエリアを出る。
森で遭遇する率が高いのがハニービー。ビッグスパイダーにツインビートルなどの虫タイプが多い。
角が2本が縦並びに生えたツインビートルは少しわかりづらいけど、基本名前でモンスターの特徴がわかる。
あとはポイズンスネークと、まだ遭遇はしてないけどどこかで狼の遠吠え響いていたからウィードウルフとは違う狼が奥にはいるのかもしれない。
痕跡で見つけたのは熊らしきひっかき傷が残された木が何本かあった。
まだ正体が不明な狼と熊に気をつけ散策していると何度目かのハニービーと遭遇する。
ランダムに飛ばされてくる針を警戒しつつ、翅を落とすことに集中する。リーチが短い俺と宙を飛ぶハニービーの相性はあまりよくない。
ハニービーの攻撃は針と体当たりの2パターンだから楽だけど。
体当たりで迫ってきたのを横に逃げてすれ違い、ハニービーが旋回するまでに翅を狙う。
片側の翅を失い安定して飛べなくなったハニービーの針攻撃を凌ぎ、早足で逆サイドにまわる。
この状態のハニービーは高さもあまり上がれなくなるからジャンプすれば飛べない俺でも狙える。しかし届いても翅が生えた背中部分までで、残った翅を切り完全にハニービーを地に落とす。
最後に胴の関節部分を狙ってナイフを突き立てる。
消えてく粒子を見ながらハニービー相手ならダメージなしの戦いが出来るようになったと確信しホッとする。
ダメージを受けるのが嫌とは言わない。ただ回復するために飲んだ初級ポーションが俺にはまだ苦くて。
回復アイテムについても考えよう。出来るだけはやく。
また翅か針だろうと思いながら獲得したアイテムを確認する。すると新たに増えたアイテムの名を見つけ、歓喜した。
リストに増えていたのはハニービーの密玉。
いわゆる蜂蜜だ。
レシピの幅を広げることが出来る!
それからは他のモンスターとの戦闘を回避しながら密玉を求めてハニービーを探した。
運よくその後遭遇したハニービー3体からも密玉を得ることが出来た。
しかし、密玉に夢中になり過ぎた俺は街まで安全に戻る時間には遅くなっていたことに気づけていなかった。
森に陰りではなく陽が入らなくなったことに遅まきながら気づいた俺は、今まで以上に周囲を警戒してセーフティーエリアを目指す。
今日は森で一晩明かすことになってしまった。
ログアウト制限までにはまだ時間はあるけど、いったん戻ってもいいかも。
ここなら安全だろうし、この後出来ることなさそうだし。
セーフティーエリア内で蒸しパンを食べてつつ今後の予定を考える。
一度ログアウトすることに決めた俺は、木にもたれるように座り食べ残した蒸しパンをしまうことを忘れてログアウトした。
「ふぅー」
見慣れた自室に戻ってきた俺はVRギアを外し、用意して置いた水で喉を潤すことでひと息つく。
時計を確認すると2時を少し過ぎていた。
昼ご飯には遅いけど、多めに食べて夕食分も兼ねてしまおうとカレーを温め直すのにキッチンへ向かった。
近づくにつれ漂ってくるカレーの匂いに、アキたちも戻っていたのかと入っていくとそこにアキたちはいなかった。
「ほぁーっ! ひゅうふぃ!!」
「飲み込んでから」
いたのは口いっぱいにカレーを頬張ったユヅだった。
なぜかスプーンを突きつけられ憤慨している様子だけど、俺の注意には素直に従って口の中のものをなくす。
「待ってるって言ったのに連絡もなくてっ、暁兄たちとは会ったんでしょ! さっき聞いたよ」
どうやらアキたちとは入れ違いだったらしい。
そういえば言われてたけど、すぐ会おうって意味だったのか。あの時はそのうち会えればいいと思っていたし、アキとの約束も忘れてたくらしだし。
それにユヅのアドレス知らない。
「ごめん?」
ユヅの言葉が足りない気もするけど、俺の勘違いや情報収集不足でもあるから謝っておく。
疑問形になってしまったが、謝られたことで満足したようだ。
「夕兄は今何してるの?」
「森で素材集め」
「やっぱ生産メインなんだね。レベルは? 少しは上がった?」
自分の分のカレーをよそいユヅの向かいに座ると質問が始まる。
言われてステータスの確認をしていなかったことに気づく。森に戻ったら一番にしてみよう。
「じゃあわたしも戻るね。その前に夕兄のアドレスちょうだい! 夕兄また忘れそうだし」
「ん」
どこからかユヅが持ってきたメモに手早く書いて渡す。
ユヅから少し遅れて俺ももう一度《SSO》の世界へ向かった。
戻った森の中は真っ暗。それでもセーフティーエリアは月と星の明かりがセーフティーエリア内全体を照らしほんのり明るい。
手元を見る分には問題なかった。
さっそくステータスを確認する。
まずLVが3になり、スキルも「速度上昇LV.2」、「採取LV.4」、「料理LV.2」、「鑑定LV.3」と上がっている。
そのおかげでBPが10とSPが14も貯まっていた。
さらにスキルにいたっては取ろうと思っていた「短剣術LV.1」が増えてもいた。
貯まったそれぞれのポイントでステータスを上げ、外でも料理が出来るように「火魔法」と「水魔法」のスキルを新しく取る。
結果、ステータスも更新された。
タタ LV.3
HP:100→110 MP:100→100
STR:8→9 VIT:8→9
INT:7→8 MND:7→8
AGI:15→15 DEX:15→20
LUK:25→25
BP:10→0 SP:14→4
相変わらず偏ったステータスだけど生産中心の考えを変える気はない。
今後は魔法の練習も少しずつやっていかなきゃ。どこかでキョウに聞こうかな。
夜明けまでうずくまって寝ることにする。
体全体をくるめれる大きめの上着も欲しいなと思いながら。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
日が昇り、辺りが明るくなったのを確認して街へ戻る。
森から出たところでメールの受信メッセージに気づき開く。
『ユヅ>タタ兄? 今はクエスト中だから無理だけど、街に戻ったらまた連絡する。友だちも紹介したいから、今度は忘れないでね!』
寝ている間に届いたようだけど、2通目が届いてはないからまだユヅも街に戻れてはないみたいだ。
やりたいことがいくつか出来たし、早めに戻って少しでも進めよう。
ユヅと会ったら一度は強制連行されそうだもんな。
朝の早い時間だからか、モンスターとの遭遇もなく街に戻って来れた。
そのまま生産ギルドへ向かう。
通り道の商店街もまだ閉まっている店がほとんど。
「おはようございます?」
「おはよう。お帰りタタちゃん」
そっと扉を開け顔を覗かせると、シシィが笑顔で迎えてくれた。
シシィが座る受付に近づき、使う予定のない素材の買取をお願いする。
取り出すためにリストを開くと、記憶にないアイテムが1つ増えていた。
「ハニーベアの蜜壷?」
「ちょっとタタちゃん!? ハニーベアに会ったの?」
「会ってない」
「おかしいわね。今タタちゃんが口にしたアイテムはハニーベアと友好関係にならないと貰えないの。もし出会ったら攻撃しちゃダメよ。ハニーベアは攻撃されると二度と友好関係にはならないから」
興奮気味なシシィの話ではハニーベアが集めた蜂蜜は極上のようで、遭遇率も極めて低いらしい。
でも本当にいつ? 蜜壷を手にいれれた経緯がわからずシシィと2人で首を傾げた。